第32話 牧場に遊びに来ただけなのに
牧場に遊びに来ただけなのに、蜂と仔牛と崖までセットだった。
春の日差しがぽかぽかと降り注ぐ。
放課後、新入生たちが集まる声が遠くまで響いていた。
「遊びに行こう!」
ジャックは仔牛ジュニアを引き連れて走り出す。
大きな牛たちは遠くの方でのんびり草を食んでいる。牧羊犬の吠える声も聞こえる。
オリバーは、鼻歌で学校で習った讃美歌を口ずさむ。
クローバー、タンポポ、スミレが牧場いっぱいに咲いている。
風に揺れる花の匂いを吸い込むと、春が身体の奥まで入り込んでくる気がした。
母さんが「タンポポを摘んでお料理にするから」と言っていたのを思い出した。
遊びながら、ちゃんと役にも立つ――これもお仕事の一部だ。
子どもたちは花の蜜を吸ったり、摘んだタンポポをかごに入れたりして楽しむ。
「オリバー、それ食えるの?」
「食べられる。ちゃんと洗えば」
「へえ…俺、草って全部牛の物だと思ってた」
ガイルは真顔だ。 いや。まあ。気持ちは分かる。
そこへ――ブンッ。
小さな蜂がジャックの周りを飛ぶ。
「うわあん!」
ジャックが泣きながら逃げ出す。
ジュニアもつられて跳ねる。
オリバーは咄嗟に手を振り、風を出す。
蜂はふわりと後ろに吹き飛ばされた。
背中に汗が張り付く。
「怖かったよう……」ジャックが目をこすりながらも、もう泣いていない。
「すげえ!動くものに当てられるようになったんだな、オリバー!」
レオが目を丸くする。
「何々?何があったの?」ガイルも駆け寄る。
「俺も蜂、嫌いだぜ、よろ~」ガイルは笑ってバシバシと、肩を叩く。
痛いって。
けれど――悪くない。
普段の生活でも、自分の力が役に立つ。
単純だけど、それが誇らしい。
その時、ジュニアが急に駆け出した。
「ちょ、待て!」
仔牛は柵をすり抜け、向こう側へ。
その秋には小さながけと、きらりと光る小川。
「あぶない!」
レオが一番早く反応した。
飛び込むようにしてジュニアの前に回り込み、身体で仔牛を止める。
オリバーも風で仔牛の足元のバランスをそっと整える。
「よし、大丈夫だ!」
レオが息を吐く。
ガイルが崖下をのぞき込んで「うわ。これ落ちたら母ちゃんに怒られるレベルじゃすまねえな」
オリバーもうなずいた。
ジャックは走ってきてギュッととジュニアを抱きしめる。
「もう勝手に走っちゃダメ!」
…さっきまで一番走っていたのは君だ。
帰り道、三人と一頭は見事に草だらけだった。
ズボンにも、髪にも、どこから入り込んだのか分からない種までついている。
ガイルが笑いながら言う。
「俺たちって、牧場に遊びに来ただけなのに、大冒険だな!」
「本当だよ!大冒険だよ!」ジャックは誇らしげに胸を張る。
なんでこんなに草だらけなんだ?!」レオが腹を抱えて笑う。
「でも、楽しかった!」
心の底から、そう思えた。
春の風が、やわらかく吹き抜ける。
小さな危険も、草だらけも、全部ひっくるめて――
それは冒険だった。
完全な正解なんてないけど。
仲間と一緒に笑って帰れるなら、それでいい。
今日の風は寒くない。




