第29話 風を見る人たち
校庭には、カマクラがいくつか残っている。
窓は結露で曇り、指でなぞると、下校する子どもたちの姿がぼんやりと見えた。
校長室は暖かい。
ストーブの上のやかんが、静かに湯気を立てている。
「ノア先生、紅茶でよろしいですかな」
「恐れ入ります。私がやりますのに」
「いやいや。ここでは私がおもてなし役ですぞ」
校長はカップを置き、穏やかに尋ねた。
「どうですかな。仕事は」
「うまくいかないこともあります。難しいです」
「生徒は一人ひとり違いますからなあ。十数年前にも、ずいぶん手のかかる生徒がおりました」
ノアは小さく笑った。
「今なら、その大変さがわかります。……色々ありました。少しでも恩を返せればと、教職に就きました」
カップの中を見つめる。
湯気がゆらぐ。
やがて顔を上げた。
「そうですね。あの面白い子、オリバーは――魔力の量は平均的です」
「ほう」
「ですが、風を“押す”のではなく、“読む”ようになりました」
「読む、ですか」
「はい。状況を見てから動く。彼は急がない」
校長は静かに頷く。
「面白いですな」
「魔法は技術ではありません」
ノアは窓の外を見る。
「考え方です。一方向にしか物事を見られない者は、強くなっても折れます」
校庭のカマクラに、夕日が淡く触れている。
「今回の雪合戦でも、子どもたちは成長しましたな」
「あの子は、風です」
「目立ちはしないが、流れを変える。以前の彼なら、恐怖に飲まれていたでしょう」
「しかし今は?」
「怖がりながら立っています。いい仲間ができました」
ノアはカップを包み込む。
「仲間といることで、臆病な者も逃げる以外の選択を持てる。立ち止まり、考え、方向を選べるようになる」
静かな声だった。
「よい出目になることを、祈りましょう」
校長は紅茶をひと口含む。
「ずいぶんと、静かな指導ですな」
ノアは視線を落としたまま答えた。
「口で教えるより、転ばせた方が覚えます」
「実戦主義ですか?」
一瞬の沈黙。
「……昔は、誰の言うことも聞きませんでした」
「存じておりますよ」
「だからこそ、今は待つのです」
校長は小さく笑った。
「おや、クッキーがありましたな。どうです?」
湯気がゆらぐ。
窓の外では、残ったカマクラが静かに夕暮れに溶けていく。




