第19話 落ち葉と風の向き
秋の空は高く、澄んでいた。
前期試験が終わった日の午後。
子どもたちはぐったりと芝生に座り込んでいる。
「みなさん、お疲れ様でした」
ノア先生の声は、いつも通り穏やかだった。
「今日の実習は、水球と風魔法の応用で――遊びましょう」
一瞬の沈黙。
「……遊び?」
疲労が一気にほどけ、歓声が上がる。
向かったのは校庭ではなく、裏山だった。
落ち葉が一面に広がり、柿の木がいくつも立っている。枝には、まだ少しかたい実が残っていた。
「注意は、相手の痛がることはしないこと。ケガをしないこと」
子どもたちは首をかしげる。
ノア先生は軽く手をかざした。
透明な球体が空中に生まれ、落ち葉が吸い込まれていく。
ふわり、と高く上がり――
弾けた。
落ち葉が、ひらひらと降り注ぐ。
歓声が上がる。
続けて、先生が柿の木を指差す。
落ち葉が渦を巻き、ひとつの柿に集中する。
連続で打ちつけられ、柿が落ちた。
「まだ少しかたいですが……まあまあ美味しいですね」
校長先生が感心したようにうなずく。
「ああ。あれは、そのやり方でしたか」
「い、いえ、内緒に」
子どもたちの笑い声。
「さあ、自由にやってみましょう」
⸻
だが、難しい。
水球のように形が安定しない。
「円球となれ……」
オリバーは、慎重に空気を集める。
空気は目に見えない。
だからこそ、感覚が頼りだ。
「あ!出来た!」
誰かの声に、周囲も詠唱を始める。
⸻
柿の木の下。
レオがうなる。
「狙いが定まらねえ」
ガイルが真剣な顔で枝を見上げる。
「俺、あの柿食べたい!」
「欲張るなよ」
レオが笑った。
そのとき。
ガイルが勢いよく手を突き出す。
突風。
枝が大きく揺れる。
至近距離での風に、目が開けられない。
ボキッ。
嫌な音。
オリバーが目を開けた瞬間――
折れた枝が、レオの頭上に落ちかけていた。
助けないと。
詠唱は浮かばない。
空気が冷える。
足元の落ち葉が一斉に浮き上がる。
体の奥から風が湧き上がる。
落ち葉が枝にぶつかり、風が横へ弾き飛ばした。
枝は地面に落ちる。
静寂。
レオが、はっきりオリバーを見る。
「ありがとう。助かった」
胸の奥が震える。
自分の風が、人を守った。
怖くない。
今日は、怖くない。
⸻
少し離れた場所で、ノア先生はその一部始終を見ていた。
枝の軌道。
風の起こり方。
詠唱は、聞こえなかった。
けれど風は迷いなく動いた。
先生の視線が、オリバーに向く。
強さではない。
暴走でもない。
守ろうとした風だった。
ノア先生は、ほんのわずかに目を細める。
そして、何も言わない。
「ケガはありませんね」
穏やかな声だけが落ちる。
それ以上は、踏み込まなかった。
⸻
「レオ、ごめん!俺、そんなつもりじゃ……!」
ガイルが青ざめている。
「強く出せばいいって思ってた」
ノア先生は軽く風を送り、ひとつの柿を落とす。
「欲張らず、ひとつを狙うのです」
ガイルは頭を下げる。
「……俺、強いだけじゃダメだな」
ぽつりとつぶやき、オリバーを見る。
「さっきの、すげえな」
レオが笑う。
「オリバーの風、速いんだ。頼りになる」
頼りになる。
その言葉が、胸の奥であたたかく広がる。
⸻
帰り道。
落ち葉を踏みしめながら、三人は並んで歩く。
「今度さ、ちゃんと狙う練習しようぜ」
ガイルが言う。
「三人で」
レオが頷く。
「俺ら、チームみたいなもんだろ」
チーム。
その響きが、静かに胸に残る。
風は、ただ吹くものだと思っていた。
でも。
前に立つ者もいる。
支える者もいる。
もし、前に立つ誰かがいるなら。
その背中を守れる風になろう。
秋の空は高く、風は穏やかだった。




