第17話 今、風を選ぶ
今日の授業は、風魔法だ。
雲ひとつない空が高く広がり、残暑の光が校庭を照らしている。
地面には、等間隔に木の棒が立てられていた。
「今回は、うまくできると良いですねえ」
ノア先生が穏やかに微笑む。
「上手に風の精霊にお願いをします。具体的に願ってください。――“あの棒を倒して”と」
水は、目で見てわかる。
だが風は違う。
見えない。触れられない。
だからこそ、意識がぶれる。
前回は――
無意識に漏れた風を思い出してしまい、詠唱が止まった。
思い出に、引きずられた。
(今、に、集中)
順番が回ってくる。
オリバーは棒の前に立った。
自分と、棒。
それだけ。
余計なことは考えない。
息を吸う。
「我が親愛なる精霊よ」
足元の空気が、ひんやりと冷える。
草が、かすかに揺れる。
自分のまわりに、円を描くように。
圧力がかかる。
なのに、浮きそうな感覚。
体重が曖昧になる。
でも――立っている。
今、ここに。
「集え、大気のうねりよ。疾風となれ」
棒をまっすぐ見つめる。
棒を倒す。
それだけ。
指先を向ける。
どっ、と風が吹いた。
一直線に。
棒は、後方へ弾かれるように飛んだ。
草が大きく波打ち、すぐに静まる。
風は、止まった。
沈黙。
「……おお」
誰かの声が漏れる。
ノア先生が、にこにこと頷いた。
「よく出来ました。上手に制御できていましたね」
胸の奥が、じんわり温かくなる。
やった。
出来た。
「今」が、できた。
「やったじゃん」
レオが近づき、拳を差し出す。
コツン、とグータッチ。
頬がゆるむ。
その瞬間――
胸の奥が、かすかにざわついた。
(……でも)
うまくいった時ほど、次は失敗する。
今までは、そうだった。
油断すると、暴れる。
喜びすぎると、崩れる。
怖い。
また、漏れるんじゃないか。
風が勝手に吹くんじゃないか。
喉の奥が、少しだけ締まる。
……違う。
今。
棒は倒れた。
風は止まっている。
空は青い。
足は、地面についている。
深く、息を吸う。
吐く。
自分は、ここにいる。
今日は、うまくいった。
それだけでいい。
未来の失敗は、まだ起きていない。
過去の失敗は、今ではない。
今は――成功だ。
胸のざわつきが、静かにほどけていく。
レオが笑う。
「なんだよ、顔。にやけてるぞ」
「……うるさい」
でも、否定はしない。
怖くない。
今は、怖くない。
風は、ちゃんと自分のものだった。
青空の下、
オリバーはそっと拳を握った。
次も、きっと。
――今を、選べる。




