第15話 今、ここにいる
学校からの帰り道、
少し先にジャックの姿が見えた。
――ひとりじゃない。
オリバーは足を止める。
言い争う声が聞こえていた。
「なんでだよ!」
「だって、それは!」
向かい合う二人の肩は強張り、
握りしめた拳が小刻みに震えている。
その瞬間だった。
片方の少年の足元の空気が、じわりと揺らいだ。
乾いた熱気が立ち上る。
髪が逆立つ。
同時に、ジャックの周囲がひやりと冷える。
草がわずかに伏せる。
――まずい。
感情に引きずられている。
と、そこへ近所の大人が駆け寄った。
「おい! 漏れてる! 気をつけろ!」
怒鳴り声と同時に、
熱も冷気も、すっと霧散した。
二人は、ばつの悪そうに俯く。
頬が赤い。
「まだまだ子どもだな、坊主たち」
頭を軽く撫でると、大人は去っていった。
しばらく沈黙。
「……僕たち、怒って、感情といっしょに出ちゃったんだね」
ジャックが小さく言う。
「あーあ。帰ろうぜ」
さっきまでの険しさは、もうない。
「あ。兄ちゃん! おかえり。待ってたんだ」
にこにこと駆け寄ってくる。
まるで、何事もなかったかのように。
「兄ちゃん。今日、夕飯なんだろうなあ。お腹すいた!」
……怒って、感情といっしょに出る。
感情に引っ張られる。
だから――。
オリバーは、さっきの光景を思い返す。
自分も、同じだ。
風は、いつも感情といっしょに漏れる。
父は言った。
「感情と魔力を切り離せ」と。
ノア先生は言った。
「今、に集中するといい」と。
――今。
思考と感情を、分ける。
……これ、どこかで。
深呼吸や、胸を軽く叩くやり方を教わったときの感覚に、似ている。
――今。
ただ、自分がここに立っているという「今」。
過去でも、未来でもなく。
呼吸を感じる。
足の裏の感触を感じる。
自分は、今、ここにいる。
魔法とは――。
生きるとは。
自分とは。
何をしたい?
守りたいのか。
怒りたいのか。
怖がりたいのか。
それを、選べるはずだ。
「兄ちゃん? 聞いてる?」
「ああ……なんだっけ?」
「えーと……あ! 今日の晩ごはん、スープだ! いい匂いする!」
ジャックが笑う。
その無邪気さに、オリバーは少しだけ肩の力を抜いた。
今日は、ジャックに教わることが続くな。
ふたりで玄関の扉を開ける。
夕暮れの空気は、静かだった。
風は――吹いていない。




