第108話 したたる水の魔法
あれから俺たちはすぐに負けた。
相手は上級生だった。
悔しかった。
でも不思議とそれだけじゃなかった。
「メンバーが変わると合わせるのが大変だと思ったけど」
オリバーがジャックの頭をなでながらいう。「でも、出来たね」
最高の笑顔だ。
びしょ濡れのエマもこっちを向いている。
「負けちゃったけど。気分は悪くない」
髪から雫が垂れている。
それが強い光に当たる。
まぶしい。
「おう!来年もやったるぜ!」
俺は慌ててそう言った。
二人は頷いてくれた。
――
そんなことがあったのはもう数日前。
もう実はもう、ボート大会のことなんて考えていなかった。
前期試験だったからだ。
――
「終わったー!」
ガイルが両腕を上にあげた。
「どうだった?」レオ。
「もう無理」ユイト。
「死んだー」ガイル。
口々に言う。
(赤点にならない程度には……)
自信はない。
机にうつぶす。
「オリバー。なんだかんだ言っても、いつも俺より良いじゃん」
レオはそう言うけど。
「そんなことないよ。いつも必死だよ」
実際、必死だった。
前世でも勉強は普通レベルだった。
ましてやこの世界のことなんて全くわからないのだ。
そんなことを言っていると ノア先生が教壇に立った。
「みなさん。お疲れ様です」
「さて。……?。」
ノア先生はガイルを見る。
「俺、まだ何にも言ってねえ!」
「おや。本当ですね。」
いつも通りのニッコリ。
「さて、今年も、柿を取ってもらいます。」
「やったあ!」
歓声が上がる。
「ただ、今年は趣向を変えたいと思いまして。今日これから一つ、魔法を習得していただきます。」
「え?もう、午後だよ?」
「出来るかなあ」
心配そうな声が出る。
「まあ、途中までの状態でも楽しめますので。柿は、そう……明日の4時間目あたりに取りましょう。そのまま昼食のデザートになるように。」
「やったあ!」
「今日は学んで、明日料理?」
「上手く出来なくても、それなりに楽しめれるってことだろ?」
「最高かよ!」
――
校庭に集まる。
校長先生も一緒だ。
午後の日差しが強い。
ノア先生は草を一本取った。
「みなさんは水球は出来ますよね?」
生徒が頷く。
「水球の中にものを入れることも出来ると思います。」
ノア先生は手に取った草を中心に水球を作る。
「おおっ」声が上がる。
ノア先生の水球はいつ見てもきれいだ。
完璧な真球。
滑らかな表面。
今回はその中心にオブジェのように草が一本。
作品のようにゆらめいて立っている。
「理論としては、この水球の表面にのみに、風を起こして温度を奪ってしまうのです」
ノア先生の水球はみるみる風に包まれる。
表面一センチくらいだけに。
「見えないけど、なんか空気が動いている?」
「表面が揺らいでいる?」
「なんか霜っぽいのが出来てる」
それはみるみる間にパリパリの氷になり、ついには水球そのものが凍ってしまった。
「と、こうなるのです」
ノア先生は水球だったものの表面を撫でる。
中にはさっきの草が見えた。
そのまま凍っている。
「すげえ!」
「どうなっているの?」
校長先生が呟く。
「……これは!ノア先生。いつも美味しそうな氷菓子を食べておられましたが!」
「え?見てたんですか?」
生徒が笑う。
「さて、みなさん。やってみましょう」
ノア先生が合図をした。
――
「ムズイ!」
「出来ませーん!」
生徒が降参をしだす。
「諦めたら美味しい凍った柿が食べれませんよ」
ニッコリしながら生徒の間を歩く。
「くそう。いやでもやる気が出るじゃん」
ガイルとレオが真剣な顔つきで水球とにらめっこしている。
「コツがあるのです」
「まさかさあ、『美味しくなあれ』とか?」
ケントが恐る恐る意見を述べる。
「まあ、それもあながち……」
校長先生がボソボソ言う。
「違います。」ピシャリと否定して説明を始める。
「水球のごく表面のみ、空気を動かすのです。そういうイメージです。空気が動けば熱が勝手に奪われるのです。あとはその繰り返しです」
水球の表面。
一センチくらいに見えた。
風。
(水球が地球なら大気みたいな感じかなあ)
地球に雲がある映像を思い浮かべる。
ただしイメージの中で、段々雲は早いスピードになる。
グルグルグルグル。
ついには氷河期の地球が頭の中でできた時。
「おい。オリバーやったな!」
レオに背中を叩かれた。
見ると目の前の水球は完全に凍っていた。
「できたあ!」
「早かったなあ。俺もやるぞお!」
「良く出来ましたね」
ノア先生がすぐそばに立っていた。
「ありがとうございます」
「なかなかじゃな」
校長先生も褒めてくれる。
ちょっと照れる。
――
授業の終わりには、みんなほとんどが氷の水球が出来ていた。
「ああー冷てえ。気持ちいいー」
ガイルは頭のてっぺんに乗せていた。
「これ、いいな」
レオも頭に乗せて、顔から雫が垂れている。
「最高」ユイト。
「今度、これ、毎日作ろうぜ」
「明日、柿を凍らせるんだよね」
「楽しみ」
「そっかあ。上手に氷が作れない時は!」
「それはそれで!」
「おいしい!」
ノア先生の思わぬ優しさに気がついて、でも、明日の柿を思い浮かべて、ニコニコが止まらなかった。
まだ、日差しは強い。
氷はひんやり。
最高の予感しかしなかった。




