第10話 期待という言葉
ノア先生は校長室で、窓の外を見ている校長先生に向かって口を開いた。
「オリバーは、一年生にしては全体を俯瞰して見ています」
「ですが……何かを、怖がっているようにも見えるんです」
校長先生はすぐには振り向かず、ゆっくりと外の校庭を眺めていた。
「勉学にはとても真摯です。実習も真面目に取り組んでいます」
「ただ、力の制御をしている時、どこか別のところにも意識を割いているようで……」
ノア先生の言葉に、校長先生は静かにうなずいた。
「そうですねえ。私も、同じ印象を持っています」
「あの子は、何かを抱えていますね。心の中に」
振り返り、穏やかな声で続ける。
「それが不安なのか、恐怖なのか」
「あるいは、まだ言葉にできない“荷物”なのかは分かりませんが」
「うまく導きたいものです」
ノア先生は、少しだけ強い調子で言った。
「どうすれば、よいでしょうか」
校長先生は肩をすくめ、わずかに笑う。
「冒険者タイプなら、能力の限界を試させれば済むのですがね」
「あなたも、すっかり教育者ですな」
いたずらっぽくウインクする。
「昔の話です。内緒でお願いします」
ノア先生は苦笑した。
「まずは……交流でしょうか」
誰に言うでもなく、ノア先生は小さくつぶやいた。
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魔法実習が終わり、子どもたちはそれぞれ帰り支度を始めていた。
「今日も楽しかったねー」
「また大きくなった!」
日差しは強く、草の匂いを含んだ風が校庭を抜けていく。
その中で、ノア先生はオリバーに声をかけた。
「オリバー君、実習はどうかな」
「理解が早いですね」
その言葉に、そばにいた子が振り返る。
レオも、つられてこちらを見た。
オリバーの胸が、きゅっと冷えた.
褒められている。
それは分かる。
でも、胸が躍るよりも、冷たい水をかけられたような感覚が先に来た。
――「理解している」は、「できている」じゃない。
その違いを、自分は知っている。
どれだけ知識を覚えても、
どれだけ理屈が分かっても、
実際に判断し、対応できるかは、まったく別だ。
それは魔法でも、人との関わりでも、同じだ。
「……そんなこと、ないです」
そう言うのが、精一杯だった。
笑えたかどうかは、分からない。
ただ、視線を逸らしてしまったことだけは、はっきり覚えていた。
期待という言葉は、
まだ自分には、少しだけ重かった。




