第三話 希望に隠された罠
機械獣、ヴァンガードを倒した後、ごねるシャルさんをなんとか宥めて、歩き出してから数分後。機械獣との戦闘に夢中になって気づかなかったが、前方に街が見えていた。
「シャルさん!ほらあれ!街が見えたよ!やっとここまで来たぁ。目的地が見えればやっぱり気持ちもだいぶ楽になるよ。後もうちょっと頑張ろっか、シャルさん」
『おー、ヴァンガードのせいでぜんっぜん気づかなかった。あれがスルトだね。目測だと、あと4キロぐらいかな?』
「え、4キロ?まだ結構あるじゃん…。もう疲れたよシャルさん。一旦休憩しない?」
『そうだね。もう大分長いこと歩きっぱなしだし、一回休憩しよっか。ついでにアルテの体のことも色々試しとこう。さっきはあーしが代わりに戦ったけど、ほんとはあーゆうのあんまりしたくないからさ』
「あー、確かに。武器の出し方教えてもらっておいた方がいいよね」
自分の体のことなのに記憶がないせいで自分に何が出来て、何が出来ないかが全く把握できてない。自分の体も満足に扱えないなんて、笑い話にもならない。それに、あんな危険なのがあちこちうろついているなら、尚更自衛手段を持たないと。とはいえ、
「もうちょっと威力低いやつとかない…?」
あんなめちゃくちゃな武器を振り回す度胸は、持ち合わせてないけど。
「ここが、スルト。この辺りで一番栄えている都市?」
『まあ、栄えていた、かな』
博士の研究所から歩き続けて数時間。やっと辿り着いた最初の街は、人も、電気も、動物も、すべてが消えたゴーストタウンだった。
街の至る所で高く聳え立っていたであろう高層ビルは、そのほとんどが原型を保っていない。上半分が消失しているもの、隣り合ったビルに寄りかかっているもの、完璧に地面に倒れ込み、街を押し潰しているものもある。道路には車がごった返し、人々がこの災禍から逃げようとした痕跡が見て取れた。
「めちゃくちゃになってるかもとは、思ってたけど。流石にここまでとは…」
『この様子だと、この街で移動手段を確保するのは難しいかもね。安全そうなところを探索してみよっか。瓦礫に巻き込まれないよう気をつけてね』
「探索ね、了解」
探索、とは言ったものの何から手をつければいいかも分からない。まずは生存者を探すべきだろうか。それとも、食料?私に食べ物は必要ない。となれば、情報だろうか?そうだ。私たちに足りないのは情報、そうと決まれば近くで情報が手に入りそうなところを探そう。
できればデータの方が好ましいけれど、無理なら新聞だって何でもいい。新聞ならニューススタンドにあるだろうし、これほど大きな街ならどこかに情報局があるかもしれない。
「シャルさん、この街に情報局はある?」
『情報局?あぁ、なるほど。ちょっと待ってね。んー、あった。近いよ、ここから真っ直ぐ行って大通りに出た後すぐ右にあるっぽい』
「よかった。きっとあると思ってた。ありがと!真っ直ぐだね」
『うん!そうそう。まっすぐ!』
「………この道を?」
『………この道を』
「………まっすぐ?」
『………まっすぐ』
人々の車でごった返す大きな道路のそのさらに先、私たちの視線の先にはビルがある。道を分断するように倒れ込んだ、ビルが。
「………そもそも情報局は無事なの?」
『情報局は国にとっても大事な機関だから建物はとっても頑丈な作りになってるはず、そう簡単には崩れないよ!……たぶん。』
「最後の言葉は聞かなかったことにするよ」
そもそもこの街で何かを期待するのが間違いなんだ。あればラッキーぐらいの精神で行こう。道が塞がれていたって、回り道をすればいい。流石に崩壊したビルの中を通り抜けてまで時短したいとは思えないしね。目的地は決まった。回り道も決まった。となれば行動あるのみ。時間は有限だからね。
「回り道するしかないね。あのビルを通り抜けるのはやめとこう」
『そうだねー。流石に危険か』
そうして、話はついて、ビルを避けるように歩き始めたその時。ちょうど倒れたビルの手前、何かが動いたように見えた。
「?いま、何かが…」
『どうしたの?アルテ』
「いや、今ビルの手前の方で何かが動いたような…」
『なにかって、街がこんな状態なんだからどうせ野良犬とかだよ。それか猫とか。あーし的には犬の方がいいかなぁ。めちゃでかいやつ。可愛いんだよねぇ、懐いてくれるし。あの大きな体とあのモフモフした毛並みをもう……』
「いた」
『ほんと!?犬?猫?どっち!?』
「人」
『なんだ、人かぁ。ってひと!?どこ!?』
「あそこ」
さっき、何かが動いたように見えた場所。それよりも少し奥、ビルに近い場所。そこに男が立っていた。男はこの距離からでもわかりやすいほどに真っ赤な服を着ていた。とても派手で、とても、見覚えがある。あのような服をなんと言っただろうか。ちょうどサーカスの団長が着ていそうな…。
そんなことを考えていると、男は私たちとは逆方向を向き、全力で走り出した。
「え!?逃げた!?ちょ、ちょっと待って!!そこの人!逃げないで!私たちはあなたの敵じゃない!!」
『あ、ちょっ、アルテ!待って!』
私は全力で男の人の後を追いかけ始めた。男の人とはかなり距離があいていたが自分でも驚くほどのスピードで、男の人との距離を縮めていく。そこら中にある車を出来るだけスピードを落とさないよう乗り越え、男を見失わないようにする。今見失ってしまえば、この広い街で、もう一度出会うことは困難だ。この機会を逃すわけにはいかない。
『待ってアルテ!何かおかしい!これは罠かもしれない!あの人、私たちを誘い込もうとしてるのかも!』
「それでもいい!何か手掛かりが掴めるかもしれない!」
男は私たちから逃げるように走り続け、ついにビルの前に到達した。が、止まるそぶりは一切見せずそのままビルの中へと入っていった。一瞬、諦めようかと思ったが、やはりこの機会を逃すのは惜しい。私も、そのままビルへと走っていく。
『ッ!?まさかビルの中へ入る気!?危険すぎる!アルテ!人探しならもう一度仕切り直せばいい!でも、この中で何かあれば取り返しのつかないことになる!諦めよう!』
「いや、諦めない!ここであの人から情報を得る!私が、決めた!シャルさん!あなたは私のナビゲーションシステムなんでしょ!?だからサポートをお願い!私が大丈夫なように!」
『えぇ!!??無茶苦茶じゃん!むうぅ、あーもう分かった!覚悟を決めるっきゃない!あとで後悔しても知らないからね!』
「そうならないよう、信頼してるよ!」
そうして、私たちもビルの中へと足を踏み入れた。その光景を見ていた者がいるとも知らずに…。
ビルの内側は思ったよりも、安定しているようだった。すぐにどうこうなるわけではなさそうだ。しかし、割れたガラスや物が地面に散乱し、内装はとても荒れていた。
入った場所は大きな部屋で、会議室のように見えた。壁には大きな穴が空いており、そこから隣の部屋へと移動する。隣の部屋にも、その隣の部屋にも壁に大きな穴が空き、通路のようになっていた。
……あまりにも、都合が良すぎた。シャルさんのさっきの言葉が、頭をよぎる。罠、いや、ここまで来たらもう引き返せない。最大限注意して進む、私に出来るのはそれだけ。
最後の大部屋に入る。その部屋の端に外が見えた。同時に、赤い服の男の背中も視界に捉える。男との距離は10メートルにも満たない。
追いつける!部屋の中を疾走し、男の背中へと手を伸ばす。そしてついに、私の手が男の背中に届き、そして、
すり抜けた。
「は?」
間の抜けた声が響く、確かに私は男の背中に触れて、掴んだ。はず、なのに
『アルテ!!上!!』
いつの間にか私の体はビルの外へ出ていた。私の上を影がよぎる。避けなきゃ。そう考えても体は動かない。さっきまで警戒していたはずの思考が、男に追いつけるという興奮と、手がすり抜けたことへの動揺によって、尽くかき乱されていた。
上から落ちてきた物体に私は踏み潰され、地面に倒される。それは私の体を地面に押さえつけ、体を固定する。体が縫い付けられたかのようにびくともしない。首を捻り、私の上にいるそれを確認する。そこにいたのは、ピエロだった。
赤と青の派手な衣装、馬鹿らしいほどに膨らんだ赤い鼻、ニンマリと笑う顔。その顔は塗装が剥げて、銀色の面が顔を出している。キリキリと音を立て、私の顔を覗き込むそのピエロは、道中に出会ったあのライオンと同じく、
機械だった。
そのニンマリと笑う顔は、罠に嵌った私を嘲笑っているようにみえた。