第二話 遭遇
「………………は?あれ?森は?」
シャルさんが言うにはここは森林地帯だったはず。今目の前に広がる荒野は森林地帯の影も形もなく、見る限り植物が生えてるようには見えない。
「どうなってるの?シャルさん」
『うーん、これは推測だけど世界大戦の影響、かな。戦争には核兵器も使用されてたし、この一帯の森を吹き飛ばすことも出来るだろうね。あー、あと放射能も。けど今は放射能は検知されてないから安心してね』
「核兵器。よく無事だったね研究所、また博士に救われた。ッ!そういえばこんな人里離れた場所が狙われるくらいだし、近くの交通機関とかはもう、ないんじゃない…?」
『可能性は十分にあるね。各地が無差別に爆撃されたとなると主要都市はもうダメだろうし。けど、レパルス帝国は世界で随一の軍事力を持っててめちゃくちゃ強かったから!そう易々と戦争に負けたりはしないよ!とりあえず当初の目的通りティグルスに向かおう!きっと、博士なら全てを知ってるから』
「そうだね。わかった」
戦争は思ったよりも過酷みたいだ。こんな中を一人で移動した博士の安否も心配だし、一刻も早く博士の元へ行かないと。
『都市スルトまでのルートを表示するね。この辺りじゃ一番栄えている都市だし、移動手段も豊富だよ。街がめちゃくちゃになってたとしても何か手掛かりはあるかもしれないから』
と、シャルさんが喋った瞬間、目の前に矢印が表示された。地面に矢印があるように見えるけれど、実際は私の視界に映し出されているみたい。とてもわかりやすくてありがたい。
「なるほど、道案内ありがとうシャルさん」
『どういたしまして!』
矢印の刺す方向にはだだっ広い荒野が広がっている。目を凝らしても何も見えない。不安が募っていく。けれど、
「いくしかないよね」
覚悟を決めて一歩を踏み出した。
それからどれほど歩いただろうか。シャルさん曰く、かなりの距離を歩いたとのことだけれど、生憎景色が全く変わらないので進んでいる実感が全く湧かない。
幸いシャルさんがいった通り不思議と疲れというものは全く感じない。足が痛むということも、喉の渇きも空腹も感じない。すり減るのは神経だけ。
これで少しでも景色が変わるというのなら何も文句はないのだけれど…。人とか動物とか少しくらい会ったっていいんじゃないだろうか。
『ん!アルテ、1キロ先に何かいるよ』
こういうのはフラグっていうんだよね。そういうのは覚えてる。じゃなくて、
「生き物?人だったらいいんだけど、動物とかなら襲い掛かられても困るし」
『いやー、そのどちらでもないんじゃないかな』
「?」
『生体信号が見られないんだよね。ただ、敵意は感知したから間違いなく私たちをどうにかしようって感じだね』
「生き物じゃない?もしかして私と同じアンドロイドとか?」
『あんまりゆっくりしてる場合じゃないかも!時速80kmで接近中。あと30秒で接敵するよ!』
「速!どうすれば!?」
『武装を展開して!アルテは元々軍事利用の為に改造されたアンドロイドだから色々攻撃手段を持ってるんだよ!さあ、早く!』
「そんなこと言ったって、武器の出し方分かんないよ!?」
『なんかこう、自分で、感じない!?武器出ろー!みたいな!?』
「ふざけてる場合じゃないでしょ!」
『……うぅーー、あーもう!仕方ない!これはしたくなかったんだけどな。非常事態だからやるしかないよね!一度アルテのボディの制御権をあーしに移すよ!終わった後に必ず返すから許してくれる!?』
「え!?わ、わかった!シャルさんを信じるよ!」
『ありがとう!それじゃちょっと我慢してね!』
そう言った後まもなく体の自由が効かなくなった。目は見えるし耳も聞こえる。ただ、動けない。
(何これ?体が動かない。ッ、声も出ない?)
いつも通り疑問を口にしたつもりが、言葉は喉に詰まって外に出ることはなかった。どうやら口も動かせないらしい。
「安心して。アルテの声はあーしにも聞こえてるから」
(シャルさん!?その声、私の…)
私は今、いつも聞いている、と言うかしゃべっている声が違うところから聞こえるという不思議な体験をしている。シャルさんが私の体の制御権を掌握した。つまり私の声で喋っているんだ…。どうりで私は喋っても声が出ないわけだね。
「ちょうどいつもと逆の立場だね、アルテ。それじゃあ、お仕事にかりますか!体、借りるよ。武装限定解除、『レールガン』起動。」
私、いや、シャルさんの声と共にすぐに私の右腕が変化を見せた。完璧な肌感を再現していた私の右腕は元の姿からは想像もつかないほどに無骨で冷徹な武器へとその姿を変えた。筒状に形成されたその武器は、その材質は何なのかさえも分からない。全てを飲み込んでしまいそうなほどに黒く、一切の光を反射しないその塊は、最早美しいと思ってしまうほどに見事なものだった。
「リミッター設定、30% エネルギーチャージ開始」
シャルさんはおもむろに右腕を前方に向け、狙いを定める。右腕は徐々に光と共にエネルギーの収束を始めた。
接敵まで残り10秒ほど、高速で移動しているため、土煙が立ち上りさっきまでは、はっきりとは見えなかったが、距離が狭まるにつれて近づいてくるモノの正体が見えだした。
四足歩行の動物?ライオンのように見えた。しかし、ライオンではない。私の記憶が正しければ、ライオンは太陽に照らされてもあんなにギラギラ光らない。
「エネルギーチャージ率20%」
目を凝らすうちに全貌が見えてくる。ガシャガシャと、本来生物が鳴らさない音を立て、こちらに迫ってくるそれは、機械のように見えた。
「チャージ完了。発射」
瞬間、空間が揺れた。そう錯覚するほどに強力で速い。いつのまにか準備が完了していたレールガンをシャルさんは迷うことなく発射。レールガンの膨大なエネルギーによって撃ち出された弾丸は鉄の獅子を打ち倒した。
高速移動の反動で、機能が停止し、足の動きが止まった後も地面を転がるように移動し、私たちのほぼ目の前でついにその動きを止めた。
「対象の沈黙を確認。周囲に動体反応なし。オールクリア。装備を格納。……ふぅー、あーしにかかればざっとこんなもんよ!」
(やばすぎでしょ、私の体。なんでこんなものが…)
「あー、さっきも言ったけどアルテは元々戦争のために生み出されたんだよ。アルテ一人で戦局を一変させるほどの兵器を多数保持してるってこと」
(さっきのレールガン?もその兵器の一つ、ってこと?)
「そう。レールガンっていうのは、電磁気力を使って弾丸を高速で撃ち出す兵器のこと。まず大気中のマグナを体に取り込んでエネルギーに変える。で、次にそのエネルギーを使ってめっちゃ電気を流す。すると、電磁気力が増幅されるから、最後に弾丸を撃ち出すだけ。ただ弾丸を撃ち出すって言っても膨大なエネルギーの奔流をこの体から逃がすために強力な電流も弾丸と同じく撃ち出すから弾丸だけじゃなくて電流もまたこの武器の”弾丸”なんだって。このレールガンの他にもいろんな装備が格納されてるけど、見る?」
(ちょ、ちょちょちょっとまって、情報量が多すぎて処理しきれない。とりあえず他の装備の見学は後でいいよ。まずは、えっと、ライオン倒してくれてありがとう)
「いいよいいよ!アルテを守ることも私の大事な役目の一つだからね!」
(で、次に、マグナって何?)
「マグナは大気中に含まれるエネルギーの名前。あーしらには見えないけどそこら中に漂ってるらしいよ。昔は、そもそもそんなものがあるってことも分かってなかったんだけどね?それがあるって分かって、手に入れる方法が確立されてからはすごかったらしいよ。マグナは元々あったエネルギーの比じゃないくらい強力でさ、人類の技術力は数百年分の進歩を遂げたって言われてる。でも、マグナがどこから来て、どうやって作られてるのかはまだ分かってなくて、その正体は謎だね」
(なるほど。マグナ、ね。覚えておくよ)
「そうするといいよ。にしても、すっかり全部忘れちゃってるねぇ。まあ、旅は始まったばっかりだし、段々思い出していけばいっか。他に聞きたいことは?」
(あ、じゃあ最後に一つ。あのライオンは何?)
レールガンによって体を貫かれた機械仕掛けの獅子は先ほどの喧騒が嘘のように静かに地に倒れ伏している。壊れた面からはパーツがポロポロとこぼれ落ち、火花が散っている。パッと見ただけでもその体が機械で出来ていることは明白であった。
「あー、あれね。あれはレパルス帝国が作った
機械獣、”ヴァンガード”。さっきのは、タイプ:レオンかな?ヴァンガードの仕事は都市の警備や戦争で前線に出て戦うこと。基本的には市民の盾となるよう設計されている、はずなんだけど…」
(めっちゃ襲いかかってきたね…)
「おっかしいなぁ。犯罪者でもない限りこうして人に襲いかかるようなことはまずありえないんだけど。敵兵と勘違いされたのかな」
(謎は深まるばかりだね)
「ますます博士に事情を説明してもらわないといけなくなってきた。さあ、おしゃべりはこのあたりにして旅を再開しよう。体、返すね」
その言葉と同時に私の意識が表へと引っ張り出された感覚がした。案の定、手も足も動く、ちゃんと元に戻ったようだ。手を閉じたり開いたりして体の感覚を確かめる。
「あー、あー、うん。ちゃんと声も出る」
『さっきはごめんね。いきなり体の制御権を奪うような形になっちゃって』
「いいよいいよ。そうしないと私たちはあの機械に殺されてたわけだし。それに、シャルさんのかっこいいところが見れて私は嬉しかったよ?」
『へっ!?そ、そう?いやー、かっこいいとか言われちゃうとなんだか照れますなー!』
「ちゃんと聞いたことには答えてくれるし、結構賢いんだね」
『それは、一応ナビゲーションシステムですから!それぐらい出来て当たり前だよ!」
シャルさんの声からとっても自慢気な雰囲気が伝わってくる。声だけで姿は見えないが、胸を張ってドヤ顔している姿が目に浮かぶ。普段の感じから思っていたけどシャルさんはあまりシステムっぽくない。褒めればちゃんと照れて、嬉しがる。ので、あまり調子に乗らせておくのは癪だ。
「いつもはちゃらんぽらんだから、そのギャップでさらにカッコよかったよ」
『いやー!それほどでもって、え?いま、なんて?ちゃらんぽらんって言った?』
「後どれぐらいかなー?」
『ねぇ、聞いてる!?今、ちゃらんぽらんって言ったよね!それ悪口じゃない!?」
「さてと、もうちょっと頑張って歩きますか」
『ちょっと!?アルテ!?さっきのは流石に聞き捨てならないんだけど!?いつもあーしのことちゃらんぽらんだと思ってたってこと!?ねーちょっと!聞いてる!?無視しないでよー!?』