第八話「婚約再締結と、主従たちの乾杯」
王都は、数年ぶりの“華やかな騒動”に湧いていた。
王子が平民落ちの元令嬢と婚約再締結――
しかもその形式が、“婿入り”。
保守的な貴族たちが卒倒しそうな知らせであったが、庶民からは喝采があがり、若い貴族の間では「もはや時代は“逆プロポーズ”だ」と妙な流行まで生まれ始めていた。
それほどに、この婚約再締結は“革命的”だったのだ。
そして、王宮。
かつて披露宴が行われた広間――今は再び整えられ、慎ましやかだが格式のある“婚約再宣言の場”として用意されていた。
アレクシス・ルヴァン・フレイアス殿下。
そしてクラリス・エヴァンス。
ふたりが並んで立つ姿に、誰もが息を呑んだ。
クラリスの装いは、白に近い銀のドレス。
その姿は、かつての伯爵令嬢よりも気高く、平民よりも自由だった。
彼女は“王子に選ばれた”のではない。
“王子を選んだ”のだ。
誓いの言葉は、シンプルだった。
「――あなたが、私を手放さないと誓うのなら、私も、あなたを守り抜くと誓います」
「……ならば、私はあなたの未来に、何度でも婿入りしよう」
場内の誰かが、ぐすっと鼻をすする音を立てた。
拍手は、はじめは遠慮がちだったが、やがて会場を満たす大きな祝福の渦となった。
披露宴が始まったのはその日の午後。
“逆プロポーズ完遂記念パーティー”のような空気が支配しており、司会の高官もどこか照れくさそうだった。
「それではここで、クラリス様よりご挨拶を……」
「はい、皆さま……本日はお越しいただき、ありがとうございます。改めまして――“婿入りしていただきました”ことをご報告いたします」
場内が笑いに包まれる。
そしてその横で、王子がしれっと一礼する。
「このたび、エヴァンス家の婿として迎えていただいたこと、光栄に思っております。肩書きは減りましたが、愛情は増やしましたので、どうかご容赦を」
「……上手いこと言ってますけど、婿入りという事実は変わりませんわよ?」
「受け入れたのは君でしょう?」
また始まった軽口に、列席者たちは一層の笑みを見せた。
だが、誰もが知っている。“このふたりにはこれが一番似合っている”と。
夜。
披露宴が終わり、主賓が去った後の王宮中庭。
テーブルの隅で、ワイン片手に疲れた顔を見せているのは、主従ふたり――
「……終わったな」
「……終わりましたねぇ……長かった……」
リサとカイルである。
「思えば、最初の“偶然の遭遇作戦”から、“未遂コレクション”を積み上げて……」
「“雨宿り作戦”と“鍵閉じ込め事件”もありましたな……」
「応援団として、なんとか成し遂げられてよかったですわ……」
ふたりは、ワインを干してから改めて杯を掲げた。
「「逆プロポーズ、成就に――乾杯!」」
グラスが小さく触れ合い、夜空にちいさな音を響かせた。
ふと、リサが笑みを浮かべて呟いた。
「……さて、次はわたくしの番ですわね。クラリス様に続いて、“婿を迎える”準備、始めようかしら」
「……それはそれは。では、私も“婿入り予備軍”として、身辺を整えておきますかな」
「冗談ですの!?」
「……冗談でしょうか?」
視線が交差する。
けれど、それはまた別の物語。
こうして。
かつて婚約破棄された令嬢は、自らの意思で王子を迎え入れた。
それは、恋の逆転劇にして、真実の愛を証明した物語だった。
――そして今日も、王宮のどこかで。
「“偶然の定義”って、何でしたっけ?」
「……また調べてらっしゃる……」
――ふたりの恋は、まだまだ終わらない。
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