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第四話「逆プロポーズ応援団、爆誕!」

 王都に春が満ちる頃、クラリスの“逆プロポーズ計画”は、第三回目の告白未遂を経て、いよいよ新たな局面へと突入していた。


 彼女の決意は、もはやいくさに臨む将のそれに近い。


「……ここまで来たら、もう個人戦じゃありませんわ」


 クラリス・エヴァンスは、屋敷の奥まった一室で、侍女リサと向き合っていた。


 机の上には、地図・予定表・人脈図、そして何やら“印付きの貴族名簿”までが並べられている。まるで軍略会議のような光景だった。


「殿下にプロポーズをする。確実に、そして華やかに。それには、私一人の力では限界がある。ここからは――“組織力”ですわ」


 リサは胸に手を当て、神妙な面持ちで頷いた。


「お任せください、令嬢様! わたくし、クラリス様の恋の成就のためなら、どんな無茶でも!」


「ありがとう、リサ……では、まずは最重要人物の協力を得ます」


「誰を……?」


 クラリスが、すっと差し出した一枚の手紙。それは、王宮内でも最も近くで殿下を支える人物――


 カイル・ハーウッド殿

(アレクシス殿下直属従者/恋愛事情に過剰に気づく男)


 その名を見たリサは、目を輝かせて手を打った。


「なるほどっ! あの方なら、間違いなく殿下の様子を一番近くで見ておりますし……なにより、ニヤニヤしてましたもの!」


「ええ。絶対気づいてる、あの目は」


 そして、数日後。


 王宮の裏庭にある、古びた温室。

 昼休みに差し込まれた極秘の会合の場にて――


「……つまり、俺に“協力しろ”と?」


「はい。殿下とクラリス様が自然に再会できるよう導線を作っていただきたいのです。あと、たまには席を外していただければ、助かります」


 カイルは腕を組み、目を伏せて笑った。


「……なるほどなるほど。あの方、最近なんですよ。会議中にも“彼女は元気だろうか”とか“偶然会えないかな”とか、“偶然の定義”を辞書で調べだしたのは」


「完全に脈ありですわそれ!!」


 リサがテーブルを叩いて叫ぶ。


 クラリスはため息をつきながら、机に指を添えた。


「……では、あなたは“殿下の気まぐれを装った予定変更”を。リサは“偶然の遭遇”の舞台を整えて」


「「了解!」」


 こうして、“逆プロポーズ応援団”は正式に結成されたのだった。



 ***



 作戦は、数段階に分かれていた。


 第一段階:“遭遇率を高める”


 殿下の移動経路にあわせて、クラリスの用事や散歩が差し込まれる。


 例:

 - 殿下が視察に行くと聞けば、クラリスがその場所で本を読んでいる。

 - 殿下が夜に庭園を散歩するなら、クラリスが“迷ったふり”で出くわす。


 カイルは巧妙に殿下の予定を捻じ曲げ、クラリスたちは“天然っぽさ”を演出するよう細心の注意を払った。


 第二段階:“接触を増やす”


 共通の課題を作る。手紙のやりとり、演習見学、資料整理など。カイルの導きによって、殿下から「偶然頼みごとをする」ように仕向けられる。


「クラリス、少し手を貸してもらえるか?」


 と殿下が言えば、


「喜んで……殿下のためなら、何時間でも」


 と、完璧な笑顔で返すクラリス。


(……で、でもこの“意味深な沈黙”はなんなの……!? 言いたいこと、また言えなかった……!)


 第三段階:“周囲から固める”


 王宮の侍女たちに“殿下とクラリス様、似合うわよね”という噂をそれとなく流し、空気作りを進行。


「殿下、最近よく笑っていらっしゃる気がしませんか?」


「わかります~! あれはクラリス様の影響よ、絶対!」


 完全に“囲い込み”に入った。


 そんなある日。


「クラリス様。殿下が“あなたにだけ見せたいものがある”と、礼拝堂裏の回廊へ……!」


「……なにそれ! プロポーズされる側みたいな雰囲気じゃありませんの!?」


「たまには受け取る側も悪くないってことですわっ!」


 全速力で駆け出すクラリスと、背後で拳を握るリサ。




 一方その頃、王子側の陣営でも――


 アレクシス・ルヴァン・フレイアス殿下は、執務室の窓辺で淡い春光を見つめていた。


「……また“偶然”会った。三度目だ。……いや、四度目か?」


 呟きながら、手元の記録に視線を落とす。


 視察先で本を読んでいた。

 散歩中に道に迷っていた。

 資料の山を抱えて、偶然部屋に来た。

 ……どれも“自然な接触”を装っている。だが、それを鵜呑みにするほど王子は甘くない。


「カイル」


「はっ」


 背後で控えていた忠臣が、軽く腰を折った。


「……あれは偶然か?」


「どうでしょうな。“偶然とは、積み重ねた意思の果てにある必然である”と、どこかの詩人も言っておりました」


「ふっ……それはつまり、君の仕業ということだな」


「私と、殿下の未来の伴侶の意思の仕業でございます」


「……おかしなことを言うな。まだ彼女が、私を選ぶと決まったわけではない」


「しかし殿下は、とうに選び終えておられる」


 アレクシスは黙りこみ、静かに椅子を立つ。

 棚の奥から、小さな花瓶を取り出した。


 その中に咲く、一輪の野の花――白い小花は、儚げな外見とは裏腹に、王宮の庭の端で静かに生き続けてきた。


「……彼女に、これを見せたい」


 その言葉は独り言のようであり、祈りのようでもあった。


「“偶然”、彼女とすれ違える場を整えてくれ」


「承知しました」


 カイルが恭しく一礼し、音もなく扉の向こうへと消えていく。


 そして――


 礼拝堂裏の回廊。

 差し込む光が石の床に長く伸び、静謐な空間に小さな気配が生まれた。


 アレクシスが待っていたその場所へ、クラリスが姿を現す。

 偶然、のように見せかけた再会。だが、どちらの胸にも隠された思惑が渦を巻いている。


(まさか、あの殿下が“待っている”なんて)


(来てくれた。……本当に、来てくれた)


 二人の視線が交わる。


「……クラリス。君に、見せたいものがあるんだ」


 と、自然に――だが確かに、新たな“段階”への扉が、今ゆっくりと開きはじめていた。



 ***



「……で、用件は?」


 クラリスを誘っておきながら、殿下はただ、石造りの窓辺に立ち、彼女の方を見ないままでいた。


「実は、これだ」


 差し出されたのは、一輪の小さな花。

 王宮の庭園でも、端にしか咲かない野の花。


「この花の花言葉、知っているか?」


「……“想いを隠す勇気”」


「……よく知っているな」


「ええ、“殿下に贈るつもり”でしたから」


 その瞬間。沈黙が生まれる。


 心音だけが聞こえるような、張り詰めた時間。


(……今だ。今なら……言える)


「殿下――」


「クラリス、私は……」


 また、同時だった。


 しかも、今度は同じ言葉の出だしだったせいで、互いに譲り合って、また沈黙。


「……ど、どうぞ、先に」


「いや、君からで……」


「いえいえ殿下こそ」


(あああああああもう、どっちでもいいから“言って”!)


 お互いの心の声が、静かにすれ違っていった。


 数時間後。王宮の裏庭のベンチ。


「……未遂ですわ」


「未遂ですね……」


 リサとカイルが、並んで腰かけて紅茶を飲んでいた。


「もう、お二人には閉じ込めイベントとか、雨宿りイベントとか……“強制発生型”じゃないとダメですわね」


「まったく同感です。さて、次はどう仕掛けますか?」


 カップを傾けながら、ふたりの目が光る。


 恋の行方は未だ未定。

 だが、“応援団”の本領は、ここからが本番である。


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