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平穏を望む転生魔王、今度こそ世界を変える  作者: 彼岸茸
第十一章

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42 狂信者の最期

本日 2 回目の投稿です。

 床や壁、天井の魔法陣が淡い光を放つ中、リウス=ヴァルドは呪文の詠唱を続けている。

 その目はゼギスとシエラに鋭く向けられていた。


 光ノ騎士団の聖騎士が隊列を組み、彼を守っている。


「嫌な魔力の流れだ。止めなければ」

「はい」


 室内に漂う、神々しさと禍々しさが入り混じった異質な魔力を見て、ゼギスが目を細める。

 シエラも異常な雰囲気を肌で感じ取った。


 放っておけば、想定外の事態に陥る可能性がある。

 とても看過できるものではない。


 そうでなくとも、リウスを討ち取っておかないと、洗脳や迫害の被害者が新しく生まれてしまう。

 彼を守っている聖騎士も彼の被害者だ。


 ゼギスは深く息を吐いて、幽輝剣(アトルムルクス)を構える。

 やることは先ほど階段の踊り場でしたことと同じだ。

 剣と自分の体に【腐朽】を付与し、聖騎士の鎧も盾も武器も無効化して、順番に斬っていくだけだ。


「シエラ、援護を頼む」

「任せてください」


 ゼギスに頼られたシエラは気合いを入れ直す。


 一斉に聖騎士が動き出す。構えが揃い、踏み出しの一歩の足音がきれいに重なる。


「……哀れな奴らだ。今、楽にしてやる」


 ゼギスが一人、また一人と斬り伏せていく。

 崩れ落ちる聖騎士は呻き声一つ上げない。


 シエラがその様子に悲痛な表情を浮かべる。自我も意識もなく、人間としての死すらもどこか歪な彼らを救えないことが、彼女の胸を刺した。

 それでも、ゼギスへの支援の手を抜かない。彼が前の敵にだけ集中できるよう、結界魔法で聖騎士の動きを制限する。


 シエラを標的にする聖騎士がいれば、ゼギスが優先的にそちらを倒す。

 普通であれば、数の暴力で圧倒的に不利なはずだ。

 しかし、ゼギスは一撃で仕留めていく上に、ゼギスに聖騎士の刃は届かない。


「ちっ、数が多い」


 どこにこれだけいたのかと思うほど、聖騎士が出てくる。


「そうです。お前たちはそやつらの足止めに徹しなさい。死を恐れることはありません」


 リウスが詠唱の途中で、聖騎士に告げる。その言葉には何の感情も乗っていない。

 彼の中では、聖騎士はいくらでも補充が利く、使い捨ての駒でしかなかった。


「どうして、そんな酷いことができるんですか!?」


 思わずシエラが問いかける。


「仮にも神聖教会に身を置いていたお前なら分かるでしょう? 死はそれで終わりではない。彼らは正義のための礎です」

「分かるわけないでしょう!」


 シエラにしては珍しく声を荒げる。

 それほどにリウスの所業が許せない。人の命を蔑ろにし、魂を弄ぶのを許せるはずがない。


「それはお前の信心が足りないだけです。私は自分の命など惜しくはありません。この魔法が完成した暁には、私は天に召されることでしょう。ですが、それでお前たちを葬ることができるのなら本望です」


 【耀命葬界】。

 リウスが唱えている魔法だ。命を媒介に発動するこの光属性魔法は、対象を選ばず範囲内の全てを燃やし尽くす。魔法すら焼くため、結界魔法も無意味だ。

 神聖教会――教皇フォルを守るために、狂信者は最期にこの魔法を選んだ。

 室内の神々しさと禍々しさは徐々に増していく。部屋中の魔法陣の光も少しずつ強まっている。


「なんで、死ぬなんて平然と言えるんですか!?」


 なおもシエラは問うが、リウスは詠唱に戻る。


「シエラ、やめておけ。あいつに話は通じん」


 単純作業をこなすように聖騎士を屠りながら、ゼギスがシエラを制する。


「わたしにもっと戦う力があれば……」

「シエラはそのままでいい。癒し、守るのがお前の戦い方だ。壊すのは俺に任せろ」


 シエラが小さく頷く。


 やがて最後の聖騎士が斃れる。

 その頃にはリウスの詠唱も最終段階に入っていた。

 ゼギスは幽輝剣を手にリウスに斬りかかる。

 リウスは焦ったように詠唱を速める。


 その時――


 結界に守られ、堅牢なはずの聖塔(ソフィエル)の外壁が、外側から破壊された。

 ゼギスは咄嗟に攻撃をやめ、飛来する瓦礫を幽輝剣で叩き落とす。同時に、シエラに向かって叫ぶ。


「シエラ! 結界だ!」


 シエラは言われる前に既に結界を発動していた。これまでの戦闘経験は彼女の中で確かに生きている。

 その様子にゼギスは口元を僅かに緩めたが、すぐに引き締め、壁を破壊した者に視線を向ける。


 敵か味方か判然としない。

 味方であれば、イリス=エルディナとハイ=ゼリオルを倒したということであり、頼もしい。しかし、壁を破壊して登場するとは思えない。

 敵であれば厄介だ。それでもやるべきことは変わらない。敵ならば打ち倒すだけだ。


 立ち込める粉煙の中から現れたのは、漆黒の巨狼だった。

 どこか懐かしい気配を感じる。


「まさか、ヴェルガルドか?」


 遭遇するのはこれが初だ。だが、話には何度も聞いたことがある。

 《統一歴二〇〇年の災厄》。

 ラザリア地下研究所の崩壊。

 セフィリスの右腕を喰った魔獣。

 言うことを聞かない子どもへの脅し文句にも使われるらしい。


「なんで、ここに……?」


 シエラが目を見開き、呟く。

 一方、詠唱途中のリウスは歓喜の表情を浮かべる。


「おお、来たのですね。我が忠実なる(しもべ)よ。百年経とうと、この私こそがお前の主です」


 リウスも教皇フォルの若返りの秘術の恩恵にあやかっていた。

 百年前には、ラザリアでの実験を主導していたこともある。その成果がヴェルガルドというわけだ。


「さあ、ヴェルガルド。その最凶の(あぎと)でゼギスを葬るのです!」


 命令を受けたヴェルガルドの視線がゼギスのそれと交錯する。

 懐かしい気配がしたのは当然だ。ヴェルガルドは《魔王の残滓の欠片》の実験から生まれた魔獣なのだから。


 ヴェルガルドが何を感じているのか、ゼギスには分からない。

 だが、不思議と敵意は感じない。

 幽輝剣を構えようとも思わない。


「何をしているのですか! 早くしなさい!」


 再度の命令に、ヴェルガルドがリウスを一瞥し、鼻を鳴らした。

 そうするうちにリウスの詠唱が完了する。後は魔法名を唱えるだけだ。


「もうよい。教皇猊下、万歳――【耀命葬──」


 その瞬間、ヴェルガルドの牙がリウスの上半身を噛みちぎった。

 そして呑み込むのも嫌だとばかりに、ぺっと吐き出す。

 ヴェルガルドの口角が上がったように見えたのは気のせいか。


 室内に満ちていた異常な魔力は行き場を失い、聖塔の開いた外壁から散っていった。


 再びゼギスとヴェルガルドの視線が交わる。


「ありがとう、助かったよ」


 口から出たのは礼の言葉だった。あのままリウスが詠唱を終えていたら、さすがに命を落としていたかもしれない。

 ヴェルガルドは応えずに、ゼギスを見つめ続ける。


 ゼギスがそっとヴェルガルドに触れる。


「なぜ助けてくれた?」


 かつてヒュドラークとも行った、魔素を介した意思疎通だ。

 だが、ヴェルガルドはゼギスの手を振り払い、踵を返した。振り返らず、自らが開けた外壁の穴から外に飛び出していった。


 その様子を呆然と見ていたシエラがゼギスに訊く。


「何か分かりましたか?」


 彼は首を横に振った。


「分からん。奴は何も語らなかった。ただの気まぐれかもしれんし、この混乱に乗じてリウスに復讐に来たのかもしれん。あるいは《魔王の残滓の欠片》の影響で、俺に共鳴しただけかもな」


 ヴェルガルドの意図も、どこに行くのかも誰にも分からない。

 ゼギスたちの危機の一つは消え去った。

 しかし、それで終わりではない。目指すは聖塔の最上階だ。

 教皇フォル=エルミナス=レクルスを打倒しない限り、真の平穏は訪れない。

次回投稿は明朝の予定です。

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