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2 秘密の会議

本日 2 回目の投稿です。

 夕刻、冒険者ギルド・王都本部の会議室。

 冷えた空気に油の香りが混じる。

 厚い扉は街の喧噪を遮り、室内は静まり返っていた。


 上座の椅子にはギルドマスター・ヴォルク=ラインバッハが座り、鋭い眼光を円卓に走らせる。

 ミリエルは入口脇に立ち、微笑を保っている。


 猫人族の女――シェレルが灰色の髪を一本にまとめ、背を壁に預けていた。


 人間族の女が二人。双子のように似た容貌だが、纏う空気は異なる。

 カレン=ラズヴェリィは円卓の天板に腰を下ろし、長い脚をぶらつかせる。唇の端に嗜虐的な笑みが浮かぶ。

 すぐそばの椅子にいるのは、妹のマルネ=ラズヴェリィだ。背筋を伸ばして座っている。


 王国騎士団は呼ばれていない。紅焰騎士隊の壊滅、さらにヴェイランでの捕縛作戦に投入した王都の騎士が戻らず、人員は枯渇している。残る騎士は治安維持に回している。

 そもそも表沙汰にできない議題を扱うこの場に、騎士団を呼ぶことはない。


 神聖教会直属の光ノ騎士団もまた不在だ。命令には忠実だが、意思疎通が難しく、会議には適さない。


 ミリエルが恭しく一礼し、口火を切った。


「まずはヴォルク様、会議室をお貸しいただき、誠にありがとうございます」


 ヴォルクは頷く。


「それから、シェレルさん」


 ミリエルは視線を向ける。


「あなたのご尽力で、ルシアン=ヴェルメイユ様をお迎えすることができました。おかげで計画が滞りなく進行いたしますわ」

「――あたしは仕事をしただけ」


 シェレルは声音を抑える。

 その言葉に、カレンがニヤついて身を乗り出す。


「獣臭えだけじゃなく、口も悪いのかよ。檻育ちは鳴くのも下手か? 耳伏せて床でも舐めてろ、毛皮」


 攻撃的な挑発に意味はない。


「人の場で吠えるな。餌が欲しけりゃ尻尾でも振って見せろよ」


 マルネは横でこくこくと首を縦に振る。


「抜け毛を散らかさないで。あとで迷惑するのは私たち。それと――口輪、持ってる? 躾の足りない家獣は、まずそこからだよ」


 シェレルの喉が僅かに動く。口を閉じたまま拳に力が入る。


「カレンさん、マルネさん」


 ミリエルは微笑を崩さない。


「シェレルさんは重要な仕事をしてくれたのです。そのような物言いはあんまりですわ」

「たまたまそいつだったってだけだ」


 カレンは唇を歪める。


「お前、獣に甘いのか? だったら番犬でも連れて歩けば? あー、この場合、番猫って言うのか?」


 マルネがさらに一言、低く垂らす。


「動物に優しくするなとは言わないけど、私たちのいないところでお願い。気持ち悪い」


 マルネのじっとりとした視線がミリエルに移る。


「そのつもりはございません」


 ミリエルは一歩も引かない。


「けれど、ルシアン様に王都へお越しいただくには、彼女の力が必要でした」

「――あ?」


 カレンの眉が跳ねる。短杖の先で天板をコツと叩く。


「喧嘩売ってんのか? なんなら殺してやってもいいんだぜ? お前をよ」


 カレンの唇が吊り上がる。


「お止めになってください。ここで力を振るうのは賢明ではありませんわ」


 声の温度が一段、静かに落ちる。


「は?」


 カレンの眉が跳ね、頬の筋が強張る。


「説教かよ。気に食わねえ笑い方で――」


 言葉より先に火が動いた。短杖の先から火花が弾け、空気が焦げる。凝縮された火の槍がミリエルの喉元へ閃光のように奔る。

 瞬間、透明の結界がぱしりと音を立てて展開し、炎は煙すら残さず消えた。


「ふざけんな」


 カレンが舌打ちし、再び杖を振る。今度は手のひら大の火弾を矢継ぎ早に放つ。

 だがミリエルの前に張られた淡い光膜が、正確に受け止め無音で消す。火弾はミリエルに届く前に霧のように散った。


「ですから、お止めになったほうがよろしいかと」


 ミリエルは結界の内で穏やかに告げる。


「わたくしたちは同じ側におります。ここであなたが衝動に身を任せれば、任務が揺らぎます」

「無駄口を!」


 カレンの目が吊り上がる。杖先の炎は針のように細く絞られ、眼球を狙う。


「その薄気味悪い笑い、剥ぎ取ってやる!」


 火の針が一直線に走る。

 だがミリエルは瞬きすらせず、針は目前で霧散した。


 その刹那、結界の外側をなぞるように、冷たい気配が忍び寄る。マルネが椅子に座ったまま、手のひらを下ろしている。

 床板の隙間から薄い水刃が立ち上がり、ミリエルの足首を狙った。


 しかし結界は揺るがない。水刃は触れた瞬間に凍りついたかのように動きを止め、次の瞬間には光に溶けて消える。


「……っ」


 マルネの瞳が揺れる。陰湿な策はことごとく見抜かれている。


「遊びで魔力を浪費する趣味はございません」


 ミリエルの声音は柔らかい。叱責ではなく、冷ややかな説明のように響いた。


「加えて次期聖女への殺意は、そのまま教会への敵意と見なされますわ。あなた方の働きが無に帰すのは、惜しいことです」


 カレンの肩が上下し、息が荒くなる。火も氷も重ねたが、一度として結界を揺らせない。

 背後のマルネが眉を寄せ、姉の前腕にそっと触れた。


「姉さん……もう」

「ちっ。これが聖女の力かよ」


 短杖が床を打ち、微かな火花が散って消える。カレンは椅子にどかっと座った。


 ミリエルは涼しげな笑顔のまま、結界を解いた。


「ご理解いただけて何よりです」


 柔らかな声音が、今度は諭す色を帯びる。


「目的は同じ。どうか、その才を正しい場でお使いください。これ以上、次期聖女であるわたくしに手を上げれば、教皇猊下やリウス様のご処置は避けられません。あなたが一番、分かっていらっしゃるでしょう?」


 部屋の空気が一瞬硬くなる。教皇フォル=エルミナス=レクルス、宮廷筆頭魔導士にして教皇の腹心リウス=ヴァルド。その二名の名は、天上審問官――神聖教会の暗部――である双子にとって雇い主を意味するだけではない。

 カレンは舌打ちし、マルネは小さく溜め息を吐く。


「くだらん」


 ようやくヴォルクが口を開く。低い声が部屋の角を振動させた。


「口汚く罵るために、貴様らは来たのか?」

「……」


 カレンは肩を竦める。マルネは膝の上で指を組み替えた。


「本来であれば、下賤な者が入って良い場所ではない」


 ヴォルクは視線を動かさないが、誰へ向けたかは明白だった。


「それをミリエル殿の頼みだから許している。心得よ」


 シェレルは表情を消す。拳だけが細かく震える。任務を果たした直後の屈辱。だが抗えば、次は彼女が処分されることは分かっていた。


「ミリエル殿、本題に入れ」


 ヴォルクの声が低く響く。


「申し訳ございません」


 ミリエルは再び深々と一礼し、静かに顔を上げる。


 重苦しい沈黙が室内を包む。

 ヴォルクの眼光は鋭い。カレンは苛立ちを隠そうともしない。マルネは暗い瞳で卓上を見つめる。壁際のシェレルは努めて無表情を貫く。


 そして、ただ一人。ミリエルだけが変わらぬ柔和な笑みを浮かべていた。何を考えているのか、誰にも読ませない。


 ――こうして密やかな話し合いが始まった。

次回投稿は明朝の予定です。

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