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平穏を望む転生魔王、今度こそ世界を変える  作者: 彼岸茸
第一章

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21 揺れる確信

本日3回目の投稿です

まだシエラ視点です

 廃教会の奥から、かすかな物音が響いた。

 それは空耳だったのかもしれない。けれど、シエラの足は自然と音の方へと向かっていた。


 廊下は薄暗く、壁には剥がれかけた漆喰の跡が残る。

 踏みしめる床板がみし、と軋み、埃の匂いが鼻を刺した。

 時間そのものが止まってしまったような空気の中で、シエラは息をひそめて歩みを進める。


「……誰も、いませんように」


 思わず漏れた小声は、恐怖をごまかすためだった。

 かつては「聖なる空間」と呼ばれた場所。けれど今は、誰も寄りつかぬ廃墟でしかない。


 進むたびに、裾が冷たい空気をはらみ、背中にはじっとりと汗が滲む。

 心臓の鼓動が徐々に早まり、脈打つ音が耳の奥まで響いていた。


 廊下の両脇には、かつて神官たちが使っていたと思しき小部屋がいくつも並んでいる。

 シエラはひとつずつ扉を開き、中をそっと覗き込んだ。


「……ここも、誰もいない。……何に使ってたんでしょうね」


 部屋の中には、簡素な机と椅子がひとつだけ。

 祈りの合間に書物でも読んだり手紙を書いたりしていたのだろうか。机の角には、乾いたインクの染みがうっすらと残っていた。


 書棚や聖具の類はすでに持ち去られ、窓ガラスも一部割れている。

 そこから差し込む夕暮れの光が、床に柔らかな影を落としていた。


「ここも……違いますね」


 呟きながら、次の扉へ。

 同じような部屋が続き、開けるたびに緊張し、そして安堵する――それを繰り返していく。


 やがて、廊下のいちばん奥にたどり着いた。

 そこにあったのは、他よりもわずかに豪奢な扉。控えめに施された装飾から、かつて上級神官の執務室だったことがうかがえた。


(……ここが、最後)


 そう胸の中で呟きながら、そっと手を伸ばす。

 ぎい、と軋む音とともに開いた扉の隙間から、こもっていた空気がふわりと流れ出た。


 そして――


 目に飛び込んできたのは、壁にもたれて眠るひとりの男の姿だった。


「……え……?」


 一瞬、息が止まる。


 割れた窓から差し込む夕陽が、舞う埃を金色に照らしていた。

 男は目を閉じ、まるで誰にも気づかれないように静かに眠っていた。

 泥と埃にまみれた衣服が、蓄積した疲労を物語っている。


 そして何より――その顔に、見覚えがあった。


「……ゼギス、様?」


 震えるような声で、思わず名前を呼んだ。


 すると男の肩が、かすかに動いた。

 次の瞬間、彼はゆっくりと顔を上げ、警戒の色をたたえた目でシエラを見つめる。


「……追手か?」


 低く、かすれた声だった。


 その瞬間、胸の奥が揺れた。安堵、驚き、そして言葉にできない静かな安らぎのような感情――


「……無事だったんですね」


 その一言は、彼に向けてのものでもあり、自分自身への確認でもあった。


 月明かりが崩れかけた石床を静かに照らす、廃教会の一角。

 瓦礫を背に、男がゆっくりと上体を起こし、鋭い視線でこちらを見据えている。


 ――黒髪、灼眼。


 その姿は、王都で数度言葉を交わした「最低勇者」とはまるで別人だった。

 それでも、シエラの胸にはひとつの感覚があった。


「……ゼギス様、ですよね?」


 そう口にした瞬間、胸がきゅっと痛んだ。

 間違っているかもしれないという不安――先日、彼を助けたときにも同じ感情があった。

 あのときの彼は、金髪で、金色の瞳をしていた。今、目の前の男は全くの別人に見える。


 けれど、やはりそうだと、思えてしまう。


 ゼギスと呼ばれた男は、身構えることなく、じっとシエラを見返していた。

 その瞳の奥に、隠しきれない警戒の色が滲んでいる。


「追手ではないようだが……なぜ俺がゼギスだと?」


 声も、口調も、間の取り方も違っていた。

 王都で演説していた男とは、まるで別人のよう。


「……その髪、何かあったんですか?」


 問いながら、自分の声がかすかに震えているのに気づく。

 指先も微かに震え、心臓の音が鼓膜を打つ。

 ただ、彼が誰なのかを確かめたい――それだけのはずなのに、胸のざわつきが止まらない。


「それを聞いて、どうする?」


 低く押し殺した声。まるで、他人との関わりそのものを拒むかのようだった。


「どうもしません。ただ……この前、治療したときは金色だったから。気になっただけです」


 男は少しのあいだ沈黙し、視線を逸らして小さく眉をひそめた。


「……どこの誰とも知れぬ者に、語ることなどない」


 突き放すような言葉。

 けれど、その端々ににじむ苦さが、シエラの胸を締めつけた。


 やはり、以前と同じではない。

 声も、雰囲気も、あまりに違いすぎる。だが――


(それでも、この人は……)


 確信に似た感情が、胸の奥に残る。


 どれだけ姿が変わっても、声が違っても、

 その背に漂う孤高と、誰かを拒み、何かに抗おうとする意志だけは変わっていない。


 ……けれど、やはり別人のようにも思える。

 似て非なる何か――そんな違和感が、心の底に引っかかっていた。


(……この人に、何があったの? どうして、こんなふうに変わってしまったの……)


 知りたい。問いかけたい。

 それでも、わずかな距離が、言葉よりも深く彼女を阻んでいた。


 ふたりの間に言葉はなく、ただ古びた空間に、沈黙だけが降り積もっていく。

第一章終盤にして、ようやく主人公とヒロインがまともに会話しました……


次回投稿は明日午前6時半頃の予定です

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