19 頑固者の誇り
本日 1 回目の投稿です。
朝の談話がひと区切りついた頃、石床の向こうから重い足音が近づいてきた。
扉の金具が軋み、扉が開く。
現れた人物は頑丈な革衣に煤けた前掛けを着け、長い包みを持っている。
その顔を見た瞬間、四人の表情が同時に緩んだ。
「森人族と獣人族を従える人間族がいるって噂を聞いてな。来てみりゃ、案の定だったぜ」
口の端を吊り上げて笑う地人族の鍛冶師――ドルガン=ブロムラッドだ。
「『従える』とはずいぶん聞こえが悪いな」
ゼギスが苦笑まじりに返す。
セフィリスは眉を寄せる。
「……複雑な気分です」
「まあ、あたしはメイド服着てるから、そう見られても仕方ないニャ。というか、本職のメイドだし」
「お前の本職はどう考えてもメイドではないだろ」
ゼギスの素早い突っ込みに、リスカが肩を竦める。そこでようやく、張り詰めた空気が少し緩んだ。
ドルガンは包みを部屋の中央に置き、低く笑う。
「まあ地人族からすりゃ、人間族はだいたい『非人間族を見下す連中』って括りだ」
「一度ヴェイランを見てもらえれば、違うって分かるはずなんですけど……」
シエラの声には淡い悔しさが混じる。
ドルガンは溜め息と一緒に煤の匂いを吐いた。
「信じるかどうかはこっち次第だ。許可なく外に出るだけで処分される国だ。誰も気軽には出られん」
「許可を得た者以外で、都市間を移動できるのは、私のように冒険者として認可された者か、ドルガンのような腕利きの職人くらいでしょう」
セフィリスの説明に、リスカが茶化すように頷く。
「もしくは、あたしみたいに庇護下にある奴ニャ」
庇護下。
響きは柔らかいが、その実態が奴隷に近いことは誰もが知っている。
しかも、そこに自由はない。奴隷商人に商品として連れ回されるか、買い主に娯楽用として扱われるか。多くはそのどちらかだ。
ルシアン=ヴェルメイユが、例外的に人として接する稀有な存在にすぎない。
「……歪んでいるな」
ゼギスの呟きは声量こそ小さいが、重かった。
沈黙が落ち着くのを待って、シエラが思い出したように顔を上げた。
「そういえば、ドルガンさん」
「ん?」
「街中で壊れていた魔導具、あれを修理できる方っていないんですか?」
「いるぜ」
即答に対し、ゼギスの目が細くなる。
「なら、なぜ修理されない? あれだけの設備が死にかけていれば、この街はいずれ機能を失う」
「私もそう思います。あれは便利どうこうではなく、生存に関わる部分です」
セフィリスが静かに肯き、シエラも続けようと口を開く。
「そうですよ。できる人がいるなら、なぜ」
言い切る前に、ドルガンは親指で自分を指した。
「できる奴ってのは俺だ」
「……え?」
「ふむ、得心がいった」
ゼギスは頷く。
「久しぶりに帰ってきたわけだが、どうだった?」
「なーんも変わっちゃいねえ。根性のある若ぇのが出てきたかと思えば、多くはただへらへら頭下げてるだけだ」
言葉は荒いが、失望ばかりではないようだ。リスカが目を細め、尻尾の先を揺らす。
「あたしの勘だと、裏で動いてる奴がいる気がするニャ。昨日の観光案内だって、誘導っぽかったし」
「若え連中がなんかやってるみてえだな」
ドルガンは苦笑まじりに言い、首をひとつ鳴らす。
「詳しくは知らん。俺は俺で、ずっと仕事してたし、そいつらとも関わっちゃいねえ」
「それとなく探る価値はあるな」
ゼギスの瞳に僅かな光が走る。表に出ているものがすべてとは限らない。
会話がひと息ついたところで、シエラが正面から問いかけた。
「あの、ドルガンさん。どうして壊れた魔導具を修理しないんですか?」
素朴でまっすぐな疑問だった。
ドルガンは短く目を細め、鼻から息を鳴らす。
「俺はな、人間族に頭を垂れてるだけの根性なしのために腕を振るう気はねえ」
言葉は冷たいが、それだけではない。
「でも、ここって……ドルガンさんの故郷なんですよね?」
シエラの声は細いが、芯があった。
「ああ、そうだぜ。だからこそだ」
口調は変わらない。
「俺一人が動いたところで、この街の根っこは変わらねえ。俺だけが働いて、この街がギリギリ延命したって、何の意味もねえ。潰れるなら、それも当然の結果だ」
「そんな……」
シエラの肩が小さく落ちる。その横で、セフィリスが柔らかく言葉を足した。
「それがドルガンという男なのです。そして彼にはヴェイランでの仕事がある。責任も、立場も」
「そうそう。そういう頑固おやじニャ」
リスカの軽口に、空気がほんの少し緩む。
けれどシエラはまだ納得いかないようだ。
「でも、やり方だけでも教えれば……」
希望に近い提案。ドルガンはすぐに首を横に振った。
「簡単な話じゃねえんだよ、嬢ちゃん」
怒りではなく、苦みが混じる。
「《呪縛紋》の話は聞いただろ? あれのせいで、俺たちが本来使ってた《古代地霊文字》が使えねえ。正確に言や、使おうとすると頭に酷ぇ負荷がかかる。比喩じゃねえ、脳みそが裂けるような痛みだ。二日酔いなんざ可愛いもんだ」
ゼギスがふと顔を上げる。
「ということは、お前は……」
「俺は耐えた」
事務的に。誇りでも自慢でもなく、事実として。
「だから俺は《古代地霊文字》を使える。だが、それを真似しようって奴はこの街にゃいねえ。自分で這い上がる気のねえ奴を、俺が手を引いてやる義理はねえ」
シエラは言葉を失い、視線を落とす。湧き上がる憤りと理解の間で、喉がきゅっと狭くなる。
沈黙を割ったのは、いつものドルガンの声色だった。
「辛気臭え話はここまでだ。それよりゼギス、お前、そろそろ相棒に会いてえだろ?」
無骨な笑みが、煤の下からのぞく。
「ああ。それがこの旅の目的のひとつだからな」
ゼギスが頷く。
ドルガンは傍らの包みを両腕で抱えなおし、無言のままゼギスの前へ差し出した。
革紐の結び目がほどかれ、布が静かに滑り落ちる。
漆黒の鞘が部屋の明かりを鈍く返す。無駄のない造形だ。
「鞘はおまけしといてやる」
ドルガンは照れ隠しもなく言う。
「良いもんを打たせてもらった礼だ。その鞘は冥導剣に合わせてある。そいつとお前の相性も考えた」
ゼギスは鞘を傾け、重心を確かめる。鞘口から黒い刃が覗く。抜かずとも手に馴染むのが分かった。
「魂込めて打ってるからよ。文句は言わせねえぞ」
鍛冶師としての、そして仲間としての絶対の自信だ。
ゼギスは短く息を吐き、鞘を胸の高さで支え直した。
「そんなものあるはずがないだろう。ありがとう、ドルガン」
この剣は戦うためだけではない。
共に行くためのひと振りだ。
「ありがとう。ついでに、もう一仕事頼みたいことがある」
ゼギスの言葉に、ドルガンは訝しげに眉をひそめた。
「このタイミングでか? ……また面倒な仕事じゃねえだろうな」
「面白い素材が手に入った。防具を作ってほしい」
「防具だぁ? とりあえず、その素材とやらを見せてみろ」
ゼギスはネストラグナから受け取った糸を差し出した。
それは羽のように軽く、指先をすべらせれば絹のように滑らかだ。
見た目はただの糸だが、物理耐性・魔法耐性ともに極めて高く、衝撃を吸収し分散させる性質を持つ、最高級の素材だった。
ドルガンは糸をつまみ、指で軽く弾いてみる。手応えはほとんどないのに、指先には確かな芯の強さが伝わってくる。
次に光にかざし、編み目のない一本の糸を食い入るように観察した。
「なんだこりゃ? ……いや、こいつは尋常じゃねえ。触っただけでわかる。とんでもねぇ代物だ」
「ああ。これで防具を頼む」
「糸ってことは鎧じゃねえな……まあいい。何か考えといてやる。こいつは預かっとくぜ」
「頼んだ」
二人の間には確かな信頼があった。
次回投稿は本日夕方の予定です。




