1 魔王の最期
はじめまして、こんにちは
賛否両論あるかとは思いますが、ChatGTPに補助してもらいながらの初めての作品です
どうぞよろしくお願いします
かつて、“平穏”を望んだ魔人族の王がいた。
その名は――ゼギス=ノクターリス。
世に恐れられし《魔王》の名を戴きながらも、彼は暴虐の王ではなかった。
魔人族の王であるが故に、魔王と名乗っているにすぎない。
ただ、平穏に生きたい――
それが、彼の願いだった。
しかし、その願いは叶わなかった。
人間族をはじめ、森人族、地人族、獣人族が、一斉に牙を剥いたのだ。
ゼギスは幾度も他種族に使者を送り、和平の意を伝えた。
「共に生きよう」と、己の力を示さず、誓約の書を差し出した。
だが――その手を取った者は、誰一人いなかった。
返ってきたのは、裏切りと炎。
魔人族の街は焼かれ、集落は略奪され、逃げ惑う子らの声が風に散った。
「魔人族は悪である」
「魔王は邪悪な存在だ」
決めつけと偏見の声が、各地に響いた。
それでもゼギスは怒りを抑えた。
配下が復讐を叫ぶたびに、彼は命じた。
「……応じるな。戦とは、失うことの始まりだ」
だが――
そして今、城は静寂に包まれていた。
かつて多くの臣下が行き交った玉座の間。その中心に、ゼギスは独り、立っていた。
冥き刃をたたえし大剣――冥導剣。
その刃は抜かれぬまま、台座に立てかけられている。
ゼギスは目を閉じ、胸中の怒りではなく、深い虚しさを噛みしめていた。
「平穏を……望んだだけなんだがな」
低く、しかし澄んだ声が玉座の間に響く。
誰に向けたわけでもない。自らに向ける、独白だった。
「戦争など、失うものしかない……」
強き配下たちは、今ここにはいない。各地の戦線へと向かっていた。
残っていた文官や非戦闘員も、ゼギスの命によってすでに退避させてある。
忠誠を誓った者たちは、王の命令に従い、涙を堪えて城を去った。
誰も、ゼギスを独り残すことをよしとはしなかった。
だが王は、静かに言ったのだ。
「お前たちまで滅ぶ必要はない。今だけは、我が命令に従え」
――そして、静寂の底に、微かな音が混じる。
コツ……コツ……と、甲冑の靴音。
それが長い回廊を進み、やがて玉座の扉の前に至る。
その足音は――五つ。
重厚な扉が軋みを上げて開かれ、光の中から五つの影が姿を現す。
ゼギスは、ゆるやかに顔を上げた。
「……来たか、勇者たちよ」
その声はあまりに静かで、あまりに穏やかだった。
戦いを前にした者の気迫もなく、どこか哀しみを帯びていた。
「魔王ゼギス」
人間族の若き勇者が、その名を呼ぶ。
白銀の甲冑に身を包み、背には聖なる剣。
「……我らは、貴様を討つためにここへ来た」
それは、宣告だった。慈悲も猶予もない。ただ、結果だけを求める言葉。
ゼギスは静かに、それを受け止める。
その背後には、他の四人の影があった。
人間族の聖女。
森人族の賢者。
地人族の戦士。
そして――獣人族の暗殺者。
どの顔にも、揺るがぬ「正義」の意思が刻まれていた。
「……あえて問おう。我らが何をした? 何を、それほどまでに咎とする?」
「お前は――世界を脅かした。魔王軍を率い、多くの街を焼き、多くの者を屠った」
「仕掛けたのは、そちらではないのか。我らは、応戦したにすぎない」
五人の表情が、わずかに揺れる。
ゼギスの言葉は静かで澄んでいた。怒りも悔しさもない。ただ、事実をなぞるように。
「俺は和平を望んだ。誓約の書を携え、何度も使者を送った。……だが返ってきたのは、火と血と、使者の骸だけだった」
「貴様らを野放しにすれば、さらなる犠牲が出ると分かっていた」
「……最初に剣を振るった者こそ、咎人ではないのか?」
「魔人族は世界を脅かす存在だ。危険を取り除くのは、正義だ」
「……正義、か。虚しいものだ。これほど言葉を尽くしても届かぬのなら、俺が何を選んでも――結末は変わらなかったのだろう」
勇者が剣を抜く。神聖なる加護を帯びた聖剣が、光を放つ。
「お前の言葉は詭弁だ。我らは信じない。――魔王ゼギス、お前はここで終わる」
その瞬間、空気が変わった。
戦いの幕が、静かに――確実に、降ろされた。
剣の交錯が、激しく地を震わせる。
魔王ゼギスの大剣が閃光のように鋭く振るわれ、聖なる剣を弾き飛ばす。
だが、勇者の一撃を受け止めたその瞬間――ゼギスの魔力が橙に輝き、霧のように宙を漂った。
最初にその霧に包まれたのは、地人族の戦士。
腕が瞬時に焼けただれ、黒く炭化し、さらに広がっていく。
動きは鈍り、戦斧を握る手が痺れ、力が抜けていく。
「こ……これが――」
戦士が呻きかけた瞬間、聖女が手を翳し、呪文を詠唱する。
橙の魔力が霧散し、傷一つない腕がそこに現れた。
ゼギスは歯噛みする。
(致死性のはずだ……)
彼の状態異常魔法は、通常の回復魔法では解除できない。
それをいともたやすく打ち消す聖女の力に、焦りが滲む。
「……これが聖女か」
低く漏らしたその声には、普段見せない動揺が混じっていた。
だがゼギスは、すぐに気持ちを抑え込む。
焦りは敵。今は冷静でいなければならない。
そのとき、背後から迫る気配。獣人族の暗殺者――すでに間合いに入っていた。
だが次の瞬間、青白い魔力が彼女の全身を包む。
動きが凍り付き、その体が氷の彫像のように硬直する。
しかし、すぐに聖女の回復魔法が解呪と同時に癒しをもたらし、「氷」が砕け散った。
ゼギスは、再び息を吐いた。
(対処が早すぎる……)
聖女がいる限り、状態異常は通じない。
視線を走らせる。
森人族の賢者が詠唱に入ろうとしていた。
ゼギスは勇者との激しい剣戟の合間に、黒い魔力を放つ。
闇の奔流が賢者を包み込み、術の発動を妨げた。
賢者の目が虚ろに揺れる――自失状態。
だが、ここでも聖女の回復魔法が発動し、賢者を正気に戻す。
「お前たちも……分かっているはずだろう。この戦いには、何の意味もない。ただ、血と死が増えていくだけだ」
ゼギスの言葉は、苦しみを帯びていた。
だが、誰ひとりとして耳を傾けようとはしなかった。
「黙れ!」
勇者が叫び、さらに力を込めて剣を振り下ろす。
ゼギスはかろうじてそれを受け流すが、聖なる衝撃が骨を軋ませる。
「貴様の言葉など、信じるに値しない!」
そのとき、再び獣人の暗殺者が死角から跳びかかる。
ゼギスは即座に紫の魔力を放ち、状態異常によって武器と防具を腐食させる――はずだった。
だが、何も起こらない。
(……聖女の力か……!?)
聖女の魔法が、魔力干渉すら封じている。
もはや、魔王の状態異常は完全に無効化されていた。
《ノクスグラティア》を横薙ぎに振り、暗殺者を一歩退かせる。
しかし、勝機は見えない。
状態異常は封じられ、賢者の術は妨害しきれず、戦士と勇者の圧力は増していく。
そして、何より聖女――彼女の存在が、ゼギスの力を半減させていた。
「話を……聞け……!」
その声は、かすかに掠れていた。
だがゼギスは、まだ諦めていなかった。説得の糸を、最後まで握り続けていた。
――だが。
「貴様らが、すべてを壊していくのだ!」
怒りにも似た叫びを放ったその瞬間。
聖女が再び詠唱し、勇者が聖剣を振りかぶる。
ゼギスは、その輝きのなかに微かな絶望を感じながら、それでも剣を振るった。
一撃、一撃が肉体を蝕んでいく。
勇者の長剣が、森人の魔法が、戦士の戦斧が、暗殺者の短剣が――
ゼギスの肉体と精神を、確実に削っていった。
彼の得意とする状態異常は、すべて無に帰された。
それでも、《ノクスグラティア》はなおも戦場に閃いた。
斬られ、穿たれ、焼かれ、血を吐きながら――それでも、ゼギスは立ち続けた。
「俺は……なぜ、ここまでして……」
膝をつきかけた身体を、かろうじて支えながら、自問する。
ふと、視線が隠し階段へと向いた。配下たちを逃がした、唯一の出口。
誰の姿も、もうそこにはない。
(……逃げ果せたか)
あれは命懸けの突破だった。だが、彼らは生き延びてほしいと、ただそれだけを願っていた。
「……頼む。どうか……無事であってくれ」
血に濡れた唇が、かすかに震えながら、祈るように言葉を零す。
――そして、再び剣が迫る。
避けようとしたが、腕が動かない。
肩が砕け、口元から新たな血が滴れ落ちる。
限界が、近い。
それでも――ゼギスは叫んだ。
「……まだ、終わってはいない!」
振るわれた剣が、勇者に再び受け止められる。
激突の衝撃で、ゼギスの腕が砕け、肩が崩れる。
《ノクスグラティア》が、彼の手から滑り落ちる。
「っ……!」
最後の力を振り絞って、その黒き刃を床に突き立てた。
「まだ……俺は……倒れぬ」
だが、その脚が崩れ、膝が地を打つ。
ゼギスは玉座へと背を預けるように、静かに、崩れ落ちた。
……聞こえるのは、勇者の足音。
……見えるのは、無言で振り上げられる聖剣。
「……ふっ。語らぬか。……否、語る言葉など、最初からなかったのだな」
誰も、耳を貸そうとはしなかった。
言葉が届かないと知りながら、それでもゼギスは何度も口にした。
――届いてほしいと、願っていた。
だが、それも虚しく。
玉座の上で、血に濡れた身体を支えながら、ゼギスは静かに天を見上げる。
聖剣が迫るその瞬間。
彼は、ただ一言、呟いた。
「願わくば……ただ、平穏を……」
「安心しろ。これで……世界に、平和が訪れる」
勇者の剣が、聖なる輝きを帯びる。
そして――ゼギスの胸を、真っ直ぐに貫いた。
音もなく、魔王の身体は沈む。
《ノクスグラティア》の刃が、ゆっくりと傾き、床に倒れた。
その手は、もう、動かなかった。
次回更新は7/19午前7時頃の予定です