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前編

 聖女と呼ばれる光の加護を受けた少女から、極大の光魔法を浴びせかけられて私は死んだはずだった。


 ああ、任務には失敗したか。と感慨もなく思う。


 けれど、私を救おうとしてか光の中に走り込んでくる少年の姿を見て、凍りついていたはずの心は動揺した。


 『魔導暗部』


 私たちはそこの舞台に所属する工作員だ。


 聖女と呼ばれる力を持つ少女が召喚され、教会の権力が増大する中。王家の懐刀である暗部に所属する私たちは、帝国の影響を色濃く受けた教会の力を削ぐべく、聖女を秘密裏に葬るため学園に派遣された。


 それぞれ男爵令嬢、令息と身分を偽装し、聖女に近づいた。


 ——だが、それも失敗か。

 


 魔力を強く持つ孤児であった私たちは、暗部で苛烈な訓練を受けながら共に育った。


 敵に情け容赦は不要。王の命は絶対。裏切り者には死を。


 徹底した忠誠を叩き込まれた私たちに、友情や愛情などのぬるい感情などあるはずもない。


 それなのに、皮肉なものね。

 殺そうとした聖女の光魔法で、闇魔法による洗脳が解けるなんて。


 今回の任務で共に派遣されたニコラス——今となってはもう捨てられた本名だが——は、同じ孤児院で育った仲間だった。


 あの頃は共に笑い、共に泣き、共に遊んだ。


 近頃は共に殺し、共に攫い、共に敵を拷問して情報を吐かせた。


 どうしてこうなってしまったのでしょうね、私たち。


 でも、最後に自分自身を取り戻せたのは聖女に感謝しないとかしら。


 ニコラスの顔を瞼に焼き付けて、私は目を閉じた。



 ——死んだ……はずだった。


 「ナターシャ! ナターシャ! 一緒にあそぼう」


 なぜだか私は6歳の頃の自分に戻り、孤児院にいる。


 暗部に連れて行かれたのは、10歳の時。逃げるならばもう4年しかない。


 でも、訓練して力をつけさえすれば、それも不可能ではないはず。


 私たちはたまたま魔物に襲われて生き残った者同士。血の中に魔物の細胞が入り混じり、大いなる力を得た。

 

 そのことはまだ暗部には把握されていないはずだ。10歳の能力鑑定の儀で判明したことだから。


 けれど、油断はできない。魔物に襲われて生き残った子供は時折強い力を得る。私達の生い立ちが暗部に知られたら、狙われるのは必然だった。


 逃げるなら、私もニコラスも強い力を得ないといけない。子供としてはあり得ないほどの強い力を。


 私はまず、自分自身を鍛えることにした。闇魔法の力を取り戻せれば、ニコラスに私の記憶を視せることだってできるはず。そうすればニコラスも時の巻き戻りと将来の暗澹たる未来を信じてくれるはずだし、真剣に訓練してくれるに違いない。


 私は夜な夜な孤児院を抜け出して、闇魔法の初級で気配を誤魔化しながら王都の外に出た。


 まずはうさぎ、その次は野犬。強くなれたら猪などの獲物も狙う。

 その次は魔物だ。


 獣を殺す。


 殺して殺して殺す。


 戦わなければ強くなれない。

 命のやり取りの中でこそ、技は磨かれる。

 

 急所の狙い方。

 足の捌き方。

 ナイフを突き立てる角度。


 頭が覚えているそれを、徹底して体に叩き込む。

 考えなくても自然と体が動くくらいまで。


 1刻ほど戦い続けた私は、背の高い木に登ってその太い枝に身を横たえた。


 仮眠をとって休息したら、また訓練。


 全身が返り血まみれだ。返り血を浴びているようでは、3流だ。

 

 服とナイフはスラムの死体から掻っ払ってきた。

 瞼を閉じてやったし、屍鬼化を予防する祈りの(しゅ)をかけてやったのだから、お代としては十分だろう。


 その日も深夜遅くまで戦いを繰り返した。

 隠れ家にしている木のうろで元の服に着替えて帰る。血まみれの服は獣が寄って来かねないから埋めた。


 魔力がもう少し成長したら、魔法で敵を屠る訓練もしなければ。

 

 

 魔力が成長し、闇魔法を操れるようになってきた。


 「ニコラス……。大事な話があるの。少し来てくれる?」


 「どうしたの、ナターシャ」


 記憶を流し込めば、今のニコラスの人格は消え去ることになる。あまりに強烈な記憶だもの。


 けれど、それでも。


 組織に拾われたところで操り人形の殺戮機械になるだけだ。逃げる力をつけるためには、こうするしかなかった。


 だが、予想外のことが起こった。


 闇魔法をかけてから、想定以上にニコラスの目つきがガラリと変わる。


 絶望の深淵を除いた経験があるものの目だった。


 「思い出したよ、全部。僕自身の記憶も、あの後のことも、ね」


 ニコラスもまた、私と同じで巻き戻り前のことを思い出したらしい。


 夜間の訓練にニコラスも加わった。その頃の私はもう返り血を浴びることもなくなっていたから、服を用意するのはニコラスの分だけだ。


 スラムにはいくらでも資源(・・)が転がっている。


 私たちはひたすら力を磨き続けた。


 

 だが、いくら強くなっても、姿を消すにはそれ相応の経緯が必要である。


 ついに9歳を迎えた私たちには、あと一年しか猶予はない。


 通いの奉公なども出るようになった私たちは、自然に姿を消し、調査されても問題のない『失踪の仕方』のため情報収集を始めた。


 人買いの奴隷商に目をつけたのである。


 この国では奴隷商は犯罪だが、大してまともに取り締られてもいない。

 毎年夏頃にこの孤児院までやってくる奴隷商に金になると判断してもらえれば、孤児院の院長は私たちを売り飛ばすはずだ。


 前回の生では売り飛ばされないように、わざと奴隷商が来る頃にボロボロになって誤魔化していた。


 だが、暗部に拾われるより奴隷商に拾われる方がよっぽどマシだし、逃げやすい。


 幸い、私たちは貴族令嬢・令息を演じることができる程度の見目はあった。あとはボロボロの孤児でありながら磨けば光ると見抜かせる(・・・・・)ための仕込みが必要だ。


 森で採取した薬草をすりつぶし、肌に塗る。肌荒れを鎮静し保湿効果のあるこの薬草は、長期の任務などで荒れた肌を治すのにいつも役立ってくれた。


 目指すのは、土に汚れているがそれさえ落とせば輝くような美少女と美少年に見えることだ。


 髪もできる限り丁寧に梳き、傷まないように気を使う。

 

 『住み込みの奉公人を探している商人』を装ったその奴隷商に、愛想を振り撒き、近づく。


 さあ、かかれ。

 

 賢く、愛想よく、礼儀正しく、見目もいい。

 貴族の愛玩品にするには最高の原材料でしょう?


 「この二人の子供を引き取らせていただきたい」


 かかった。


 罠にかかった奴隷商は、私たちを二束三文で買い取った。孤児院の院長も愚かなものだ。私たちくらいの素材であればもう少し高く売りつけられるものを。


 

 

悪役令嬢ものを書こうと思って筆を取ったんです。ほんとです。うそじゃないんです……。

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