ほら吹き地蔵 第三夜 静かな地獄
【お断わり】今回も三題噺ではありません。
ボクのうちの裏庭に、かなりいいかげんなお地蔵さんが引っ越して来ました。
でもまあ、とりあえず、ありがたや、ありがたや。
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【1】
おばさまが亡くなられた。
いや、お母さまかな。
おばさまはオヤジの従妹であり、ボクの母の妹であり、ボクの妹の母でもある。
ボクも妹も、おばさまの事は、おばさまと呼び習わしてきた。それで問題はないと思っていた。
兄貴の父親はオヤジの兄で、母親はおばさまだ。
兄貴、ボク、妹は三人きょうだいとして育てられてきた。
今「きょうだい」と書いたのは「兄弟」と書いても「兄妹」と書いても、誰かがはみ出すからだ。
三人、仲良く暮らして来た積もりだったけど、この「兄でもない。弟でもない。妹でもない」の、スースー隙間風の吹く感じは、どうしても克服できなかった。
兄貴はボクの四つ上、妹はボクの三つ下と、うまい具合に飛び石していたので、兄貴が小学生の内は三人仲よしだったし、本気でケンカもできた。
中学に入ると、兄貴は暗くて狡い男になった。ボクと妹に対して距離を取るようになった。
後でボクも経験したけど、あれは兄貴の自我の目覚めだったんだ。
ボクと妹が嫌いになったんじゃなく、自分の事で手一杯だったんだろう。
「きょうだい」三人とも自我が目覚めると、逆に、ほど良いバランスが取れるようになった。
二十歳の大学生と、16歳の高校生と、13歳の中学生が「大人の関係」していた。
やがて「きょうだい」三人とも社会人になり、自分の家も子どもも持った。
【2】
オヤジが死んだら一気に問題が吹き出した。
兄貴の父親は、兄貴が生まれる半年前に病死した。
ボクの母は、ボクの妹が生まれた直後に交通事故で死んだ。
早い話、オヤジには妻が二人いたのである。
一番つらいのは兄貴だったろう。法律上の父親と「母親に精子を提供した男」が同じとは限らないのだから。
だからだろう、おばさまと兄貴の親子関係は、お世辞にも良好とは言いかねた。
何かの折りには、大声を上げてのケンカになる。
「お兄ちゃんは長男扱いで甘やかされてきたから、ああいう無い物ねだりをするんだ」と妹は苦々しげに言う。同感だ。
ただ、兄貴がゴネて、親から譲歩を引き出したおかげで、結果としてボクも妹も得をする事はよくあった。
兄貴はわが家の共産党様だった。
オヤジが死んだ後の遺産相続は兄貴の総取りになった。
ボクも妹も逃げた。
限界集落の不動産でも固定資産税は一丁前にかかる。
ドブにフタしただけでも金はかかる。そもそも往復の足代がかかる。
それを思えば「預貯金も有価証券も、お兄ちゃん、どうぞどうぞ」である。
かわいそうな兄貴には逃げ場がなかった。
【3】
そして、おばさまの死である。
喪主はボクが務めた。
先祖代々の旦那寺は念仏だったからだ。
兄貴は奥さんの影響で熱心な法華になっていた。
他宗にはお布施できない。お布施を受ける訳にも行かない。
喪主は辞退するしかなかった。
妹はミッション系大学に進んで洗礼を受け、カトリックになっていた。
告別式も済み、葬儀社が後片付けするのを横目で見ながら、久しぶりに「きょうだい三人」一家ダンランの場になった。ご飯は食べてないけど。
ボクは黒いネクタイをゆるめながら言った。
「終わったね。後は阿弥陀さんなり、お地蔵さんなりに問題を丸投げしようよ。」
兄貴は暗い顔のまま言った。
「おれは、おばさんは既に男になったと思う事にしてる。男女のドロドロした問題は、もう生じようがないんだよ。」
妹は、ちょっと余裕こいて、こう言った。
「私の所じゃ、問題は世界最後の日までペンディングされるの。まあ、その日になったら一家一族そろって裁きを受けましょうよ。」
こいつは太陽から一番距離が遠いから、こういう冷めた見方ができるんだよな。
その晩、裏庭のお地蔵さんが、やっとこさボクの夢枕に立った。
「法華のキリスト教のと、にぎやかな葬式じゃったな。今回は余の出番は無かったぞよ。もっとも、愛欲の世界に手を突っ込むつもりもないがな。よく覚えておけ。愛欲の地獄は正しくはないが、間違ってもいない。ただ空しいだけじゃ。それとどうやって距離を取るかは、まあ、お前の心掛け次第じゃな。」
なんだ。この間、しゃべり倒して来たばかりの、心理カウンセラーみたいなこと言うなよ、お地蔵さん。