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8話「神殿に行こう!」


「いってーーーーー!!!」



 ワグネリア工房から脱走した翌朝、あまりの痛みにわたしは跳ね起きた。

 左腕が痛い……。


 どうやら異世界初日に負った左腕のケガが悪化してしまったようだ。


 冒険者のエリンが処置してくれた包帯をおそるおそるはがしてみる。


 ケガした箇所がなにやらどす黒く変色していた。

 うわあ、我ながらグロい……。


 傷口が熱をもってジンジン痛むし、体がだるくて寒気もする。

 たぶん感染症だ。


 むりもない。

 応急処置を受けただけで、そのあとはほったらかしにしていた。


 それに、鍛冶屋の調査やパワハラ労働なんかで忙しくしていたから、ちゃんと休息もとっていなかった。

 そのせいで傷が悪化したんだろう。


 病院……ってあるのか?


 わからないし、ゼロから探す気力もなかったのでウサギに助けを求めた。



「こういう世界だと、そういうのはだいたい神殿にいけばなんとかなるものなのじゃ。ほら治癒術とかでファーっと」


「ちょっと適当すぎない?」


「わしは洋物にはあまり詳しくないのじゃ」



 なにしに来たんだ、この小動物。


 そういやウサギは罰でここに送られただけで、べつにわたしのナビゲーターってわけじゃないんだよな。


 勝手に相棒みたいに思ってたから、ちょっと複雑な気分だ……。


 とはいえ、他にふさわしい場所を思いつかなかった。

 無駄足を踏みたくなかったので、念のために、宿の主人に確認してみた。



「ひどいケガですね。神殿で癒しの術を施してもらうといいですよ」



 おお、やっぱり神殿でいいんだ。


 幸いなことに神殿の場所なら知ってる。

 街を歩いてると色んなところから荘厳な建物が見えるから。




―――




 神殿は街の中心部にある。


 貴族や金持ちの立派な邸宅が建ち並ぶ区画でも、ひときわ威容をはなつ壮麗な巨大建築物は遠目からでも目立つ。


 うーん。

 これは信者からそうとう搾り取ってるぞ。


 などとバチ当たりなことを考えがら近づいて、絶望した。



 階段ッ!


 大階段ッ!



 軽く100段以上ありそうな階段が、目の前に立ちはだかっている。


 街の色んなところからチラチラ見えるってことは、かなり高いところに建っているんだろうなぁ、とは思っていた。


 が、ここまで段数があるとは……。



 健康な時でもきつそうな階段を病んだ体で上るのは、想像以上にこたえた。

 そして、だんだんムカついてきた。


 健康じゃないから助けを求めて来てるのに、健康体でもきつい階段を上らせるとか、どうかしてるんじゃないの?


 ここに建てると決めたやつは頭がおかしいサディストに違いない。

 怒りを燃料にして大階段を上り切ることができたけど、その反動か、どっと疲れが出た。



 礼拝堂に入った。


 思ったより礼拝堂の内装はシンプルだ。


 薄衣をまとった美女の像、厳かな祭壇、信徒のための長椅子。

 いくら金をかけていてもそこは神の家、あからさまに富のアピールはしたくないらしい。


 まあ、美女の像がやたらとおっぱいが大きくて薄着なので、性欲はダダ洩れなんだが。


 本当にここだいじょうぶか?

 ものすごく生臭くなってきたんだけど。


 祭壇の近くに白い法衣を着た神官と思われる人物がいて、その前に長蛇の列ができていた。


 並んでいるひとのほとんどが冒険者っぽい恰好をしていて、どこかケガをしたり、具合が悪そうにしていた。


 どうやらここが治癒術の順番待ちの行列でいいようだ。

 わたしはおとなしく順番を待つ。



 順番を待っているあいだ、嫌でも目につく光景がある。


 治癒をうけたひとが、神官の横にある台座のツボに硬貨を入れていくのだ。

 金額まではよく見えない。


 ちらりと見えるかぎりでは、銅貨を入れているひともいるし、銀貨を入れているひともいる。

 症状や治癒術の種類によって料金が違うのかもしれない。



「いくらくらいするんだろう……」


「きっと安くないじゃろうなー。神官はがめついと相場が決まっておる」



 ウサギが不吉なことを言った。


 声はわたしにしか聞こえないから、神を汚すような言葉はセーフとしても、そもそも神聖な神殿にペットなんて連れこんでいいんだろうか?


 まあ、ここに来るまでに何人もの神殿関係者とすれ違っているし、いまの時点でだれにも咎められてないからいいんだろう。



 やがて、わたしの順番がきた。



「これは重傷ですな。さぞお痛いでしょう」


「はい。つらいです……」



 神官はグロい患部を、顔色ひとつ変えずに診察しながら、ケガしたときの経緯を質問した。

 わたしは素直に答えた。


 魔物――腐肉狼におそらく爪で切りつけられてできた裂傷だと思う、と。


 自分では感染症だと思っているけれど、言うのはやめておいた。

 医療従事者はド素人が偉そうに聞きかじり知識を披露するのを嫌がるというし。


 ふんふんうなづきながら聞いていた神官の口から意外な言葉がでてくる。



「呪い、ですな」


「呪い?」


「さよう。腐肉狼は穢れた魔物ゆえ、その爪や牙には呪いの力が宿っておるのです」



 いや感染症だろ、どうみても。


 呪いは見たことないけど、感染症くらい見たことある。

 けがれているのはたしかだろうけど、その表記は「穢れ」じゃなくて「汚れ」だ。


 この世界に感染症なんて概念はないだろうから、表現には気をつけないと。



「あのー、たぶんよくないばい菌とかのせいだと思うんですけど……」


「ぶぁいくぃん?」



 その発音で、ばい菌も通じてないとわかった。



「……では、呪いではない、と。そう申されるのですか?」



 神官の顔色が変わった。


 さっきまで浮かべていた慈愛に満ちた笑みがすーっと消え失せる。


 わたしの言っていることが理解できなかったとはいえ、畏れ多くも神官である自分に反論してきたことだけはわかったらしい。



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