6話「鍛冶ギルド」
朝。
宿を出て、街を歩きながら適当な鍛冶師に鍛冶ギルドの場所を聞くことにした。
どうやら鍛冶ギルドに登録しないと闇営業扱いされてしまうらしいから。
考えてみれば冒険者も冒険者ギルドに登録するのが当たり前なんだから、鍛冶師も鍛冶ギルドに登録するのは自然な流れといえば自然な流れだろう。
ちょっとめんどくさいけど。
通り沿いの鍛冶屋を覗きながらしばらく街を行くと、人の好さそうな中年男性の鍛冶師がいたので、その人に決めた。
女の子ばかり2人の子持ちって感じ(予想)の雰囲気で、話しかけやすかったのだ。
「なんだ、あんた鍛冶師志望か?」
「はい」
人の好さそうな中年男性はわたしを上から下まで観察した。
「弟子入りするにはちと年がいってるな」
「ですよねー」
はいはい、ファンタジー世界で21歳はババアっすよね。
知ってますって。
「けど熱意と才能さえありゃどうとでもなんのが鍛冶師のいいところだぜ。なにしろこの街は鍛冶ブームだ! ひっきりなしに冒険者が集まってくる。修行はきついが、いっぱしの親方になりゃ、いくらでも稼げる。気が向いたら俺ンとこに弟子に来な。かわいがってやるよ」
「あはは……機会があったらお願いします」
親切だったけど、お節介っぽい人だったな……。
わたしはお礼を言って教えてもらった場所に向かった。
―――
鍛冶ギルドの本部は商業地区にあった。
多くの商店や鍛冶屋がひしめき合うように建ち並ぶなかで、本部というには小さな建物だ。
事務所、かな。
しっくりくる表現は。
鍛冶師たちに取材していたとき何度か通りかかった場所だけど、目立たないせいで気づかずに通り過ぎていたらしい。
中に入った。
ギルド本部の中は薄暗く、人気がない。
女の子が事務机でなにか書き物をしている。
職人の子どもが留守番をさせられているんだろうか?
他に人もいないので、声をかけてみることにした。
「すみませーん、登録したいんですけどー」
女の子がめんどくさそうに顔を上げた。
小学生高学年から、せいぜい中学生という年のころだ。
年のわりにはがっしりした立派な体型をしているが、背は低い。
茶髪を編み込んだおしゃれな髪型だ。
「……弟子入りかい?」
と値踏みするような視線を投げかけてくる。
目つきが悪い。
見上げてきてるのに、上から目線な感じがする。
椅子に片膝を立てて座っていて行儀も悪い。
なんかイキった中学生みたいだ。
「あーいや、弟子入りとかじゃなくて、鍛冶師登録したいだけな――」
「へっ……帰んな」
女の子は鼻で笑い、しっしっと虫を追い払うように手を振った。
なんだこのクソガキ!?
まだ用件を言ってる途中だっただろうが!
わたしは一瞬で沸騰しそうになったが、ぐっとこらえた。
ここには鍛冶師として登録にきただけだ。
ささっと手続きを済ませて、ぱぱっと帰る。
トラブルを起こしたくはない。
なので、丁重に頼むことにした。
「あのさーお嬢ちゃん? キミじゃ話にならないから誰かまともに話の通じる大人のひと呼んでくれるー?」
「はっ、目の前にいんだろ? 立派なオトナさまがよお! ったく、おめぇの目は節穴だな」
どうやら目つきと行儀だけじゃなく口も悪いらしい。
「おまえ、田舎モンだろう?」
「そうだけど。あんたみたいなガキには関係ないでしょ。はやく大人を呼べっての」
「おまえよりだいぶ年上だよ、おのぼりさん。にしても、今どきドワーフを見たことないたあ、どんなクソ田舎に引きこもってやがったんだ」
ドワーフ?
言われて気づいた。
女性だからかヒゲこそ生やしてないけれど、ずんぐりした筋骨たくましい体躯はたしかにドワーフの特徴と一致する。
ドワーフはファンタジーには定番の亜人種。
成人でも身長は人間の子ども程度しかなく、鍛冶や工芸に秀でる、とされていることが多い。
そして、ここは鍛冶ギルド。
ドワーフがいてもなんの不思議もない場所だ。
「おいらはワグネリア。このミルトン鍛冶ギルドのギルドマスターだ。人間のお嬢ちゃん」
ギルドマスター!?
これはまずいぞ……。
よりにもよって、これからお世話になろうとしているギルドのボスに舐めた口をきいてしまった。
怒ってないといいんだけど。
「帰れ」
ワグネリアは議論の余地なし、とばかりに出口を指さした。
やっぱ怒ってる……。
「失礼があったことはお詫びします。だから、登録させてください!」
「ダメだ」
「謝りますってば! このとおり、ごめんなさいごめんなさい!」
わたしはペコペコ頭を下げた。
「そういう問題じゃねぇんだよ。説明してやるからそこに座れ」
とワグネリアが近くの椅子を指さした。
これ以上機嫌を損ねたくなかったので、言われたとおり座った。
「1回しか説明しねえから、よく聞けよ」
―――
鍛冶ギルドは「徒弟制」を基本として成り立っている。
一人前の鍛冶職人として認められた「親方」が鍛冶師志望者を「弟子」として教育を行う。
これが「徒弟制」である。
その目的やメリットはおもに3つ。
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1つ:後進の育成。技術や知識の継承。
2つ:力量のない者が勝手に鍛冶師を名乗ることを防ぐ。適切な品質管理。
3つ:ギルド員同士で情報交換したり、生活を助け合ったりする。互助会的な役割。
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他にもいろいろあるけど、おもな目的やメリットはこの3つ。
「親方」と「弟子」という関係性。
それが「徒弟制」の基本なのである。
―――
「だから、登録だけしたいと言われても、はいそーですか、というわけにはいかねえんだよ」
ワグネリアの説明は理路整然としていてわかりやすかった。
さすが、ギルドマスターなだけはある。
わかりやすすぎて、うっかり鵜呑みにしてしまいそうなほどだった。
「おまえがどれほどの腕をもってんのか知らねえが、登録と弟子入りはセットだ」
「なるほどなるほど。じゃあ弟子入りします」
「わかったら帰んな……ん?」
ワグネリアがひらひらしようとした手を途中で止めた。
「弟子入りを希望します!」
「なんだ、ずいぶん素直だな。もっと厄介なやつかと思ったが……」
拍子抜けしたようなワグネリア。
ワグネリアの説明は本当にわかりやすかった。
だけど、彼女がある部分について説明を避けたことにわたしは一瞬で気づいた。
もしギルドや徒弟制の目的が「技術継承、品質管理、互助会」だけなら、すでに技術を習得している者の登録を拒む理由にはならないはずだ。
鍛冶ギルドと徒弟制には、隠された第4の目的がある。
むしろそれが真の目的と言ってもいい。
それは市場の独占と支配だ。
なんで一瞬で気づいたか。
わたしが類まれなる洞察力の持ち主だから……ではなく、単純に知ってたからだ。
だって地球の中世で導入されていた徒弟制とよく似たシステムだから。
たぶん闇の部分も似ているんだろう。
まあ、徒弟制の闇はこの際どうでもいい。
わたしはべつに徒弟制の闇を暴くジャーナリストになりたいわけじゃないし、停滞した鍛冶業界の革新者になりたいわけでもない。
ギルド員になるためには弟子になる必要があるならそうするだけだ。
「というわけで、これからよろしくお願いします! ワグネリア親方!」
「……」
ワグネリアはなにかを言いかけて、口をつぐんだ。
「まあいいだろう。正式な親方が決まるまで、おいらんところで仮弟子にとってやる。どうせ3日で逃げだすだろうしな」
「はいお師匠さま!」
「親方でいい」
そんなわけで、弟子入りと鍛冶ギルドへの登録を済ませた。
ワグネリアは口は悪いけど、意地悪ではなかったので、事務手続きをちゃんとやってくれた。
これからわたしの親方になるわけだから、ワグネリアがちゃんとした人なのは好材料だ。
とんとん拍子で話は進み、明日からワグネリア親方の鍛冶場で修行をはじめることになった。
徒弟制の弟子身分なんてとんでもない超絶ブラック労働環境に決まってるけど、そうと覚悟できていれば耐えられるだろう。
なにも本腰入れて何年も弟子稼業をやるわけじゃないし。
ギルド員の身分を手に入れた以上、自分の商売を始めるまで辛抱だ。
職場体験みたいなものかな?
むしろ楽しみ。
わたしはギルド本部を後にした。
「おぬし正気か!?」
ギルドから出るや否やウサギが突っかかってきた。
「ギルドに所属するだけならともかく、弟子入りじゃと!? おぬしのスキルは『鍛冶の神』じゃぞ! いわばすべての鍛冶師の頂点に君臨する神なのじゃ! 弟子入りする神がどこにおる!」
「しょうがないでしょ。ギルドに所属するためなんだから」
「そのギルドも問題なのじゃ。気づかんかったのか? おぬしの腕も見ずに追い返そうとしたんじゃぞ」
「わかってるよ、それくらい」
ギルドにとって技術継承や情報交換なんて本当はどうでもいいってことは、わかってる。
「弟子」じゃないやつにこの街で仕事をさせるつもりがないだけってことも。
なにしろ、ワグネリアはわたしの技術を確かめようともしなかったんだから。
ギルドが「親方」と「弟子」という徒弟制を堅持したがる理由。
まず、技術や知識をギルド内に閉じこめることで、新興の技術勢力が台頭することを防げる。
親方や弟子以外の一般人は、鍛冶の基礎的なことについてすらまったく無知の状態になるからだ。
知識の独占状態を維持できればすべての鍛冶仕事をギルドが独占し、市場を支配することができる。
ギルド外の技術者は「闇営業」扱いして排除する。
結果、ギルドは脅かされることなく繁栄を謳歌するというわけだ。
徒弟制にはもう1つのメリットもある。
親方は自らの弟子が技術革新など起こさないように厳しく監視し、制御する。
そうすれば、親方衆が望まない技術革新は起こらない。
もし技術革新なんて起こってしまえば、長年かけて苦労して習得した技術が無用の長物になってしまい、親方衆は商売あがったりだ。
だから、徒弟制による技術革新の抑制は、親方にとっては多大なメリットがある。
技術の継承を謳う団体が、いちばん技術の進歩を阻害する抵抗団体になってしまうというのはべつに珍しい話じゃない。
皮肉なことだけど、よくあることだ。
ま、わたしには関係ない。
もうギルドの中に潜りこめたわけだし。
明日は弟子生活初日。
早朝から仕事が始まるので、わたしは早めに宿に帰った。