5話「鍛冶屋の実態調査」
翌朝。
わたしはさっそく鍛冶師としての一歩を踏みだすことにした。
そうと決まればまずは調査だ。
そもそも鍛冶師というのがなにをやって生計を立てているのかはっきりしない。
武具などを鍛造したり、昨日みたいに修復したり、というのがメインの仕事なんだろうけど、もっと詳しいことを知りたい。
実地で調べる必要がある。
わたしは宿屋の主人に街のめぼしい鍛冶屋を教えてもらおうとした。
すると、主人は近所の鍛冶屋を教えてくれたものの、怪訝な顔をした。
なぜ主人がそんな顔をしたのか、理由はすぐにわかった。
昨日は気づかなかったけど、この街は異常に鍛冶屋が多いのだ。
なんでもミルトンは国内でも有数の鍛冶が盛んな街らしく、石を投げれば鍛冶屋に当たるくらい多くの店がある。
これはラッキーだ。
廃れてるよりも栄えてるほうが商売をやるなら有利に決まってる。
まあ、あまりにも鍛冶屋の数が多すぎてとてもじゃないけどすべての店を回るのは不可能だけど。
数日間かけて営業中の鍛冶屋を何軒も見て回った。
仕事の様子を観察したり、鍛冶師本人に質問したりもした。
ほとんどの鍛冶師たちは得体のしれない女の質問をろくに取り合ってくれなかったけれど、それでもしつこく食い下がっているうちに少しずつ情報を引き出すことができた。
こうして集めた情報をもとに、ウサギに質問をくりかえすことで鍛冶師の仕事がだんだんわかってきた。
―――
鍛冶師の商売相手はおもに「冒険者・街の守備兵・神殿関係者」らしい。
つまり、収入源は武具。
まあ、当然といえば当然か。
もちろん一般住民の調理器具などの生活必需品の修繕や鍛造をすることもあるけれど、そういった雑事は『鍛冶師』の正式な称号をもつ親方衆ではなく、見習いの弟子の役目らしい。
親方は武具の「鍛造・精錬・修復」の役目を担う。
「鍛造」は素材から新たに武具を作ること。
鉱石などの素材を消費して、依頼された武具を作る。
「精錬」は武具を強化すること。
同種の武具を消費して、より強い武具に生まれ変わらせる。
「修復」は言葉どおりの意味だ。
昨日わたしがやったことだ。
普通の鍛冶師が行う『一般修復』については昨日ウサギから聞いたとおりで、『上位修復』とのいちばんの違いは時間がかかること。
つまり、わたしのほうが早い。
注文したらすぐに直るのだから、急ぎの客としたらありがたいだろう。
わたしの場合「場所を選ばずどこででも直せる」というのもアドバンテージになりそうなものだけど、今は街にいるからこれはあまり関係ないだろう。
しかし、いろいろ考えていると「修復」で稼ぐのは難しそうという結論になった。
武具の修復といえば、いわゆるメンテナンスの範疇である。
メンテナンスというのは、気心の知れた信頼のおける業者に頼むのが普通だ。
しかも武具といえば自分の命を預ける大切な道具。
それを、いくら早いからといってぽっと出の若造に任せるとは思えない。
わたしだって逆の立場ならわたしみたいなのには頼まない。
実際、訪れた鍛冶屋からお客さんを引き抜こうと工作してみたものの、ことごとく失敗に終わった。
ただ鍛冶師の親方に睨まれただけだった。
まあ、勧誘のやりかたもよくなかったのかもしれないけど。
「安い! 早い! うまい! その修復わたしにやらせてみませんかー?」
こんなうさんくさい売り文句で釣られる客はいないって。
どうやらわたしの交渉術は壊滅的なようだ。
とはいえ、商売の基本は信頼。
じつのところ「早い」しか売りのないわたしには信頼という大きな壁を突き崩すことはそもそも難しいのだろう。
メンテナンスが「早い」って、なんか手抜きしてそうだし……。
というわけで「修復」で稼ぐのは断念。
その点「精錬」の分野なら、まだつけこむ余地がありそうだった。
―――
普通の鍛冶師でも行える『一般精錬』では、同じランク以上の同種武具を消費することで、その武具を強化できる。
ちなみに、この世界の武具はS~Eランクの等級にわけられているらしい。
等級による希少度やおおまかな強さの指標はこんな感じだという。
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・Sランク:伝説級の武具。神器とも呼ばれ人類の鍛造技術では作れない
・Aランク:大陸級の武具。基本的に英雄や王しか持てない。実質、最強ランク
・Bランク:国家級の武具。国宝に指定されているものもある
・Cランク:都市級の武具。有名な冒険者が持つ。固有名詞があるものも
・Dランク:中級の武具。一人前の冒険者が持つもの。だいたいの武具がこのランク
・Eランク:初級の武具。弱いため駆け出し冒険者しか使わない
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「Dランクの片手剣」を精錬するときに「Eランクの片手剣」を材料にすることはできない。
ランク違いだから。
「Dランクの片手剣」を精錬するときに「Dランクの弓」を材料にすることもできない。
ランクは足りてるけど武器種が違うから。
つまり。
「Dランクの片手剣」を精錬するためには「Dランク以上の片手剣」を材料にしなければいけないのだ。
もっとも、Dランクの武具を強化するためにわざわざ格上のCランク武具を消費する人はいないだろうけど。
「精錬」による強化は10回まで。
1回の強化による効果値は一律10%。
たとえば1回強化したロングソードは「ロングソード+1」になり、元のロングソードの「110%」の強さになる。
最大強化した「ロングソード+10」は、未強化のロングソードの2倍もの強さを持つ。
絶大な強化だ。
もちろん、鍛冶師の腕が大前提になる。
低ランクの鍛冶師が、高ランクの武器を精錬することはできない。
このようにふつうの鍛冶師が行う精錬である『一般精錬』には制限が多い。
そこで『鍛冶の神』スキルの出番。
このスキルには『上位精錬』というアビリティがある。
『上位精錬』は、なんと1ランク下の武具を材料にできてしまうのだ。
つまり「Dランクの片手剣」の強化に「Eランクの片手剣」を使うことができる。
―――
「おお、ようやくチートっぽくなってきた!」
宿の部屋でウサギの説明を受けているうちに、このスキルのチートっぽさが理解できてきた。
「そうか? 地味でつまらんありきたりなスキルなんじゃろ?」
ウサギは手の中で小ネズミを弄んでいる。
それ、兎じゃなくて猫がやるやつだろ……。
「そこまで言ってない。やっぱ拗ねてるんだ」
「拗ねとらんが? ありきたりなスキルですまんのう。まるでおぬしの自己PRみたいにありきたりで」
どさくさ紛れにわたしの古傷をえぐってくるあたり、どう見ても拗ねてるな。
なかなかめんどくさいやつだ。
しかし、これだ、これならイケるかも。
しょうじき「修復」の分野では既存の親方たちからアドバンテージを奪うことは難しそう。
けれど「精錬」なら話が別になってくる。
親方は「精錬」を請け負うとき、その材料と作業料を客に求める。
つまり、ある冒険者が「Dランクの片手剣」を精錬したいなら、材料となる「Dランクの片手剣」をもう1本用意したうえで、親方に作業料も支払うわけだ。
鍛冶屋のほうで素材となる材料を用意してくれることもあるようだけど、その場合は材料の料金も払う必要がある。
しかも「同種の武具」という、わりときつめの縛りがあるせいで鍛冶屋には在庫がないことも多いらしい。
いいぞ、稼ぎ方が見えてきた。
わたしの場合「Eランクの武具」で「Dランクの武器」を強化できるのだから、材料分の差額が生まれる。
そのぶん既存の親方たちよりも作業料を下げることができるから、客が負担する金額はぐっと軽くなるという寸法だ。
つまり、安い。
「早い」程度では信頼という壁を突き破れなくても、「安い」となると顧客の心を動かすことも不可能ではないはずだ。
歴史上、新興企業による価格破壊が停滞した業界に苛烈な価格競争をうみだし、既存の勢力図をガラっとかえてしまった、そんな例なんていくらでもある。
差額で稼ぐとか、なんかちょっぴり転売ヤーみたいな気がするけど、べつに悪いことをするわけではない。
与えられた能力をフル活用して生きようとしているだけなのだ。
わたしはこの手に賭けてみたいと思った。
そんなわけで、わたしは意気揚々とウサギに華麗なる開業計画を語ってみた。
「どうよこの計画、すごくない?」
「あーすごいすごい」
「あっという間にミルトンの鍛冶市場を席捲しちゃうかも?」
「かもしれんな。まあ、闇なのじゃが」
「は? ヤミ?」
「この街では、鍛冶ギルドに所属してないヤツが鍛冶行為をするのは、闇営業とみなされるのじゃ」
闇営業……だと……?
転売ヤーがかわいく思えるほど嫌な響きだ。
もっと早く教えてほしかった。
「だいたいヨシノ、そもそもおぬし、どこで精錬作業をするつもりなのじゃ? いかに『上位精錬』のアビリティといえど、鍛冶用の設備がなきゃできぬぞ」
それも早く教えてほしかった……。
というわけで、わたしは闇業者落ちを回避するために鍛冶ギルドへ行くことにした。
なんか、やってることはたいして就……いや、なんでもない。
もう過去のことは忘れるって決めたんだ!