冷たい手
息が白くなるほど寒くなった今日、耳に無線イヤホンを付けて、手袋すらつけずにただ歩いて僕、真歩は家に帰る。大学から駅まで4キロはある。駅に入り、電車に乗って、家に比較的最寄りの駅で降りたとしても、そこから家まで2キロはある。普通、大学から駅までなら大学が出しているバスに運賃を出してそのバスに乗って帰るのが時間を無駄にはしない。けれど僕にはバスを乗らないしょうもない理由がある。僕は長距離を歩くのが得意。それこそ時間が余るうちはいくらでも歩き続けられる自信がある。これだけなら陸上好きなのかと思うかもしれないけど、僕は単に歩くのが好きという訳ではない。スマホについている歩数計の数字を増やすために歩く。このアプリには他の人と比べて自分がどれだけ歩いたのか、今までどれだけ歩いたのかを教えてくれる。僕は昔から数字が大好きだった。特に数字が増えるのを見るのが好き。「『伸びて』いくマラソンランナーが走った距離」「ガソリンを入れるときに『増える』メーター」「会計するときに『高く』なっていく小計」……僕にはそれが楽しくて仕方がなかった。……と言っても、こんな寒い日にまで歩いて帰るのはどうかと自分ながら脳裏に浮かぶ。
(赤信号だ……一旦見てみようかな……1万1000歩か、まだまだいけそうだけどさすがに手が痛いかも……)
僕はスマホと手をポケットに突っ込んで赤信号を待った。スマホから放たれる熱が僅かでも手に伝わるのが幸い。しばらく待っていてもなかなか赤信号が変わってくれなくて落ち着かない。動かないとますます体温が奪われていくから、その場をうろうろしながら信号を待った。青に変わると小走りでその横断歩道を駆け抜ける。正直ポケットからもう手は出したくないけど、それよりも躓いて大けがするよりはマシだと思ってポケットからまた手を出す。
そんなことを信号に引っかかる度に繰り返して、やっと駅にたどり着いた。駅の前にあるコンビニには寒さをしのぐためにコンビニの入り口で談笑している学生のまとまりがいくつか出来ていた。そんなのは無視して急いで改札を通ろうとしたけど、次の電車がいつ来るのか電光掲示板を見てみる。次の電車は15分後らしい。ホームで待つには少し長いから、改札を通らずになるべく風の通らない場所でスマホをいじっていた。そうでもしないと電車が来る前に自分の体がもたないような気がする。
……
まもなく、1番乗り場に19時11分、普通列車が参ります。危ないですから黄色い線の内側でお待ちください。
(やっと来た……)
なるべく寒くない場所を選んだはずなのに、結局寒くて壁に寄りかかっていた僕は急いで改札に定期券を近づけて電車に乗り込んだ。電車の中は当たり前かもしれないけど暖房がガンガンと効いていた。暖かい椅子に手を当てると、眠気が一気に襲ってきた。寝てしまって降りる駅を通過しないように耳だけはアナウンスに傾けながらしばらくの間、目を閉じた。
………………
…………
……
(……はっ!? 今どこ……?)
乗りすぎてしまったかと冷や汗をかきながら電光掲示板を見る。
(……良かった……次で降りる駅だな……)
僕は椅子の下に置いていたバッグを足の上に置いて到着を待った。ふと、外が真っ暗でさらに寒くなっていることを察して憂鬱になってしまう。それでも出ないと仕方がないのでドアが開いた瞬間に急いで電車から飛び出して階段を駆け下りた。案の定、階段を下りている間は風で手を冷やされてどうしようもない怒りがたまっていくだけだった。
改札を出るといよいよバスを使って帰るかどうかを僕ば悩んだ。バスで帰るには十分なお金を持ってはいるが、ここで使うのももったいない。しかしここから2キロも歩くのも地味に辛い。そうこうしている内についにバスが来てしまった。
(あー……仕方がない。今日は手袋を忘れたのがいけなかったんだし、バスに乗ってしまおう)
僕はやってきたバスに乗るために列の後ろに並んで扉が開くのを待っていた。当然、停留所は外にあるわけなので体は風に当たる。寒すぎてバスに乗るのが正解だったと自分に言い聞かせた。
………………
…………
……
「……よし」
持っているカバンを玄関の隣に置いて、急いで窓を閉めて暖房をつけた。すぐには暖かくならないから押し入れから毛布を無理やり引っ張って取り出し、カーペットの上に丸まって温まるのを待った。少しの間は寒さでスマホを触ろうとする気もなく、ただ指の痛みを和らげるために指に毛布を巻いては摩擦熱で何とかしようとした。しばらく擦っていると少しだけ痛みが和らいで、毛布の外にあるスマホに手を伸ばした。
「早速SNSでも見るか……何が更新されているかなー……あーまた値上げのニュースだ……」
SNSはスクロールするだけで色んな情報が得られる。インフルエンサーがおすすめしている商品や、政治問題、お得な商品に新着映画まで。見飽きることがまるでない。時間さえ忘れてしまえば無限に見てしまうだろう。
「へぇ……また変な事件起きてるな……あ、そういえば今日の歩数どうだったんだろう……さすがにいつもよりも少ないか──────」