雨の日に
ある男女の不思議な日常のひとこまを、イメージして書いた作品です
「つうかあれだよな。なんでお前ってさ、雨の日に限って俺の前に現れるんだ?」
五月の半ば。
梅雨が始まる時期、雨の日が続く季節。
中学に入って、三回目を迎えた頃。
一年の中で、雨の日が多いこの季節だからこそ、今日も当然のように雨が降っていた。
しとしと雨は降り、辺りの空気は湿っいる。
そんな中、俺は放課後になり、誰もいない教室で1人ぼんやりとしていた。
外の薄暗さと相まって、電灯がついた教室が、やけに明るい。
普段帰宅部の俺は、授業が終わると真っ先に帰るけれど、今日は違う。
何故なら、今日は”雨”が降っている。
そして雨が降っている時に、俺が一人でこうしていると――――
「んーなんでたと思う?」
―――――彼女は現れる。
まるで、その時を待っていたのかのように。
この学校とは別の制服を着て、音もなく教室の扉から入り、まるでそこは自分の指定席だと言わんばかりに、俺の机に腰掛けた。
そして”いつも"そうするように、今回も色々な事を喋り始める。
これはもう、俺が小さい頃から行われている出来事だった。
小さい頃から、雨の日にだけ、彼女は俺の前に現れるんだ。
「なんでって……俺が知るかよ」
「なら、それで良いんじゃない?」
「はぁ?」
「だって、別に理由がわからない、それで君が困る事ある?」
「――――ない、なぁ……」
俺がの言葉に、彼女はくすくすと笑った。
「ほら。だったら別に、私がここにいる理由を知らなくてもいいでしょ」
それとこれとは関係ないような気もするし、理由も聞きたい。
けど、それ以上追求するのは止めておいた。
何故かはわからないけど、理由を知ってしまったら、彼女は俺の前に現れなくなると感じたからだ。
俺は彼女と過ごすこの時間が、決して嫌いではないし、むしろ好きと言ってもいい。
だからその時間がなくなると思うと、寂しいし悲しい。
そう思ったから、聴きたい気持ちを抑えて彼女の言葉に頷いておいた。
「ねえ、私も聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「んっ?」
「……雨は好き?」
俺の質問に答えないくせに、彼女は俺に尋ねる。
彼女がそうしたように、俺も答えるのをやめようかと一瞬考えたが、俺にとってその質問は別に隠す必要のないものだ。
だから俺は、彼女の質問に答える事にした。
「そうだな……他の奴らは知らないけど、俺は好きだ」
本当にそう思う。俺からすれば、逆に嫌いな奴がいる事が不思議でならない。
「あの雨が降っている時に感じる匂いもいいし、それに流してくれるような気がする」
「……何を?」
「嫌な事とか、辛い事とかさ、そんな事を、雨が全部流してくれるような……そんな気がするんだ」
「……ふうん」
彼女は俺の言葉に相槌を打って、耳を傾けている。
いつもだったら、茶化してくるのに、と思いながらも俺は続けて言った。
「そして何より気持ちいいのが――――雨が上がった後のあの空だ」
分厚い鉛色の雲が少しずつほどけて、太陽の光がいくつもの筋となって差し込み、目に映る空の色がとても綺麗で――――俺は、あの空の景色が大好きなんだ。
「それなら雨が好きじゃなくて、その空が好きなんだろう……」と言われるかもしれないが、俺は雨が降ったからこそ、その空がとても気持ちの良いものに感じられるんだと思う。
空から降り続けた雨が、嫌な事を、全てを流しきっているからなんだと、そう思っている。
だから――――
「――――俺は、雨が好きなんだと思う」
「……そっか」
俺の話しを聞き終えた彼女は笑っていた。
凄く嬉しそうに笑う姿を見て、心臓が跳ね上がる。
「……嬉しそうだな」
ドキドキしている事を、相手に悟られないように振る舞いつつ俺は言った。
「聞いてて、喜ぶような内容だったか?」
「うんうん。だって、雨の事をそんな風に言ってくれる人は少ないからね」
彼女はまるで、自分の事を誉められたみたいに喜んでいる。
「だから君みたいな人がいてくれる事は――本当に嬉しい。」
そう言って、彼女はまた笑った。
「……」
自分の言った事に、ここまで喜ばれると正直照れる。
それも、彼女の姿に見惚れていた後ともなれば尚更。
「あっ……」
俺が自分の顔がやけに熱い事を自覚していると、彼女はそんな声を上げた。
「どうした?」
「私、そろそろ帰らないと」
彼女は窓の外を見つめてそう言った。
「そうなのか?」
俺も同じように外を眺める。さっきまで降っていた雨が小ぶりになり、あと少ししたら止むかもなといった感じだった。
「うん」
彼女は名残惜しそうに俺を見つめた後、さっきまで座っていた机から下りて、すたすたと扉まで歩いて行き、がらりと扉を開ける。
そして、その状態で後ろに振り返って
「またね」
そう言って、彼女は去っていった。
「……行っちまった」
いつも思うんだけど、あいつ何事においても唐突すぎないか?
雨が降ったら現れて。
雨が止む前にはいなくなるし。
俺は外を見た。
既に雨はぱたりと止んでいる。
まだまだ雲は多く、決して明るいとは言えないけれど、それでも雲の隙間からは温かい橙の光が差し込んでいた。
「……」
とても綺麗だと思う。
嫌な事を流しきった後のように思えるこの景色は、やはり見ていてとても気持ちが良い。
「……まあいっか」
そんな景色を眺めながら俺は苦笑した。
彼女がどんな存在でも、俺は彼女を嫌いになったりする事はないし、むしろずっと好きでいる事だろう。
だから彼女の事を深く考えるのは止めようと思った
「あっでも」
それでも、たった一つだけ聞きたい事があった。
最初から友達のように接していたせいか、いつも聞こうと思っているのに聞き忘れてしまうこと。それは――――
「名前……聞き忘れた」
そう名前である。
よくもまあ、会った時に聞こうと、何度も何度も思っている事を、見事に忘れてしまうのか。
さすがに自分の脳みそを疑う。
今まで数え切れないくらい、顔を合わせているのに、だ。
だというのに、いざ顔を合わせば、軽口を叩くばかりして、聞きたい事は聞けずじまい。
「……今度会った時は、聞いとかないとな」
さすがに――――自分の好きな子の名前も知らないなんてのはおかしすぎる。
「……俺も帰るか」
今度雨が降った日は、手にでも書いておこうかと考えながら、俺は椅子から立ちあがった。
席から離れ、教室の扉まで移動し、俺は体の向きを変えて、窓から映る景色を見た。
そして。
――――じゃあ、また雨の日に会おうな
俺は心の中でそう呟いて、教室を出る。
再び、雨の日に彼女に会えることを願って……
(終)
最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。