せっかくハイパーヨーヨーの蒲焼を作ってくれたのに、新聞うなぎを出す訳にはいかないよな
悪の蔓延るこの地球を
いっそ壊してしまおうか
いっそ潰してしまおうか
握り潰せばあら不思議
真っ赤な地球の出来上がり
「いや怖いよ! なんなんだねチミは!」
怯えたような顔で怒っているこの男は妖怪 間抜彦。ちなみに妖怪ではない。ただの苗字だ。
「おれか。おれはただ殺している」
間抜彦が手に持っている虐殺日記の持ち主である黒べこが言った。彼は福島県会津地方の張子の郷土玩具『赤べこ』の親戚であり、虐殺のアルバイトをしている。今まで黒い血のみをすすり飲んで生きてきたそうだ。
「そんなことよりチミ、窓の外を見てみなさい!」
そう言われて外を見る黒べこ。
「今日はマヨネーズか」
今日の天気はマヨネーズのちケチャップだそうだ。
「ポップコーンシュリンプを持ち歩いて、オーロラソースで食べよう」
間抜彦が言った。
「いや、午前と午後で完全に分かれてるから片方ずつしか降らないぞ」
「1日立ってればいいじゃないか」
「それもそうだな」
納得した黒べこはうなぎの蒲焼を調達しに家を出た。間抜彦はこれから4時間天井のシミを見つめる予定だ。
「うーん、ここはアームの力が弱いな」
UFOキャッチャーの前でしかめっ面をしている黒べこ。
「はい、当店のアームは弱くなっておりますので!」
ハキハキと答える店員。やはり人は明るくなくてはな。
「よし、掴んだ! 行け! 行け!」
黒べこは拳を握り、アームの動きに注目している。
ヌルンッ
ゴール直前で落っことしてしまった。
「クソ! UFOキャッチャーでヌルンッて落ちることがあるかよ!」
「あります! うなぎですので!」
ハキハキと答える店員。やはり人は明るくなくてはな。
結局9000円使って1匹も取れなかった黒べこは、代わりにハイパーヨーヨーを買って帰宅した。
「ワーイうなぎだぁ!」
黒べこの足音を聞いた間抜彦は天井のシミを見ながら喜んでいる。
「いや、うなぎは買えなかった。すまんが代わりにこれを⋯⋯」
「チャス!」
間抜彦は黒べこからハイパーヨーヨーをひったくり、タレにくぐらせて炭火の上に置いた。
ピンポーン
「はーい!」
黒べこが玄関に出ると、そこには大型バイクに乗ったトゲトゲヘアーの女寄りのオカマが浮いていた。
「夕刊でーす」
そう言ってオカマは黒べこにうなぎを投げつけた。
「ちょっとこれ新聞じゃないじゃないですか!」
1日100円、月に3000円も払っているのだ。ちゃんと新聞をもらわねば気が済まないのん! と思った黒べこがオカマの背後を取って言った。
「新聞の原料であるトイレットペーパーがちょうどなくなってしまいまして、代わりにうなぎに印刷して配ってるんですよ。読み終わったら焼いて食べてください」
オカマの説明に動揺を隠せない黒べこと澤辺由紀子。
「トイレットペーパーはいつ入荷予定なんですか!」
新聞が読めないのでは寿命がどんどん縮んでいってしまう。そんなのは嫌だと言わんばかりに黒べこは質問した。
「生産中止なので、これからずっとうなぎです。うなぎが終わったらマシュマロです。マシュマロが終わったらチョロQですね」
それを聞いた黒べこはただ立ち尽くすことしか出来なかった。そんな黒べこを尻目に申し訳なさそうにオカマはエンジンをふかして帰っていった。
ブンバボンバブンバボンバパラリラパラリラ〜
「まーまー元気出しなさいな。新聞だけが全てじゃないよ」
澤辺由紀子が黒べこの肩を抱いて言った。
「なんでここに澤辺由紀子がいるんだよ! ていうか澤辺由紀子って誰だよ! 勝手に他人の家に入って来るんじゃないよ! このおバカ!」
そう言って2人は家に入った。
「うなぎの蒲焼出来たわよダーリン!」
真っ黒になったハイパーヨーヨーを両手でクルクルさせながら走ってくる間抜彦。
「あっ! ダーリンが手に持ってるそれって!」
そう、新聞うなぎだ。せっかく代用品を作ってもらったところに本物を持っていくのは忍びなかった黒べこだったが、隣に澤辺由紀子がいたので仕方なく間抜彦に見せたのだ。
「ハイパーヨーヨーじゃなーいのー! みんなで遊びましょ!」
そう言ってうなぎを指にひっかけ、クルクル回して遊ぶ間抜彦。
「ちょうど1匹だから3人で遊べるね!」
そう言ってひたすら1人でうなぎを回す間抜彦。2人は温かい目で彼を見守っていた。
「あと5分!」
澤辺由紀子のアラーム機能が起動した。そう、あと5分以内に空港に行かねば間に合わないのだ。3人は急いで準備をして空港へ向かった。大人の女性3人が準備したというのに4分半しかかかっていないというのは奇跡以外のなにものでもないだろう。
「ゲームセット!」
家を出て30秒後に澤辺由紀子のアラームが鳴った。これはあと0秒以内に空港に行かねば間に合わないということだ。幸い空港は家から6秒の距離にあったので、3人は無事到着することが出来た。
「よし、帰ろっか」
そう言って3人は空港を後にした。空港に来たからといって飛行機に乗るとは限らない。「空港」「間に合う」というワードが出たからといって飛行機の話とは限らないのだ、という教訓を世界に伝えるためにとった行動だったのだ。
3人はこれを主な活動とし、非政府組織として社会に貢献しているのだ。
「ふー、ケチャップのせいで頭も服もびっちょびちょだぁ」
間抜彦が手の甲を舐めながら言った。現在時刻14時20分。予報通りの天気である。
「蟻が来るぞ〜」
間抜彦を指さして澤辺由紀子が脅かしている。ケチャップには砂糖が入っているのだ。ちなみに澤辺由紀子もケチャップまみれなので彼女にも蟻は来る。
「そんな君たちに朗報だ」
ケチャップまみれの3人の前に颯爽と現れたのは、頭部があんパンで構成されているケチャップまみれの男だった。
「さぁ、僕の頭部を貪り食いなよ」
3人はありがたく頂戴することにした。ケチャップの効いたあんパンはそれはそれは不味く、全員その場で昨日の晩ご飯ごと吐いてしまった。
「頭部あんパン男さん! 今のお気持ちはいかがですか!」
騒ぎを聞きつけて集まった4000人の記者たちが男にマイクを向けている。
「憤懣遣る方なし」
激怒していた。
「引っ越すか!」
4000人の記者に囲まれたせいで家に入れなくなった間抜彦が言った。
すぐに引越し業者を呼んだ3人だったが、家が4000人の記者によって囲まれていたため、家具を取りに行くことが出来なかった。
そのまま3年が過ぎた。絡み合った引越し業者と4000人の記者はもはや1つの個体となっており、その一部が白骨化していた。
間抜彦と黒べこと澤辺由紀子の3人は家の周りを踊り歩いて3年を過ごしたという。
引越し業者と4000人の記者だったものを避けて家に入ろうとする黒べこ。
それに続く間抜彦。
当然澤辺由紀子も続く。
「いやチミうちの人じゃないでしょ! 誰なんですか!」
間抜彦が澤辺由紀子の右目を指刺して言った。
「あの、指刺さってるんですけど」
「質問に応えろい! なんでお前がうちに入ろうとしとるんじゃい!」
指が刺さっていることなどお構いなしに責め立てる黒べこ。
「刑法90064条、右目指刺し罪。この罪を犯した者を800円以下の罰金刑に処す」
澤辺由紀子がスマホを見ながら言った。スマホの画面には筋骨隆々の裸の男性の画像が並んでいた。今夜タレを塗って焼くつもりらしい。
「はい800円」
「毎度!」
「オラァ!」
澤辺由紀子に800円を渡した間抜彦はさらに左目にも指を刺した。
「刑法4040条、左目に指を刺した者には50万円以下の罰金」
澤辺由紀子が無感情な声で言った。
「住居侵入罪。罰金300億円です。そこから差し引きしましょう」
黒べこが六法全書を取り出して言った。
「いいでしょう。ではこちらにサインを」
両目に指を刺されたまま澤辺由紀子は黒べこに黒のマジックを手渡し、着ていたTシャツを両手でビョーンってした。
「サインなんて初めて書くなぁ〜、う⋯⋯ん⋯⋯こ⋯⋯っと! よし書けたぁ!」
「ありがとうございました!」
両目から血を流しながら彼らの家を後にする澤辺由紀子。Tシャツにはでかでかとマジックで「さみだれ」と書かれていた。
平和的解決に成功した間抜彦と黒べこはようやく家に入り、その日は深く深く愛し合った。
しかし黒べこの愛が強すぎたのか、間抜彦の機嫌を損ねてしまった。尻尾を強く握りすぎたのだ。
そんなことで? と思うだろう。そんなことで壊れるのだ。愛も、絆も、友情も、全てのものは些細なことで壊れてしまうのだ。
そんな不安定な世界に我々は生きている。このことを忘れずにこれからも生きていって欲しい。私はそう願っている。
でも、そんな不安定な世界なら、崩壊を恐れなければならないような世界なら
いっそ壊してしまおうか
いっそ潰してしまおうか
握り潰せばあら不思議
真っ赤な地球の出来上がり
「いや怖いよ! なんなんだねチミは!」
怯えたような顔で怒っているこの男は妖怪 間抜彦。ちなみに妖怪ではない。ただの苗字だ。
「おれか。おれはただ殺している」
黒べこは無感情に答えた。もう34192回目の問答だからだ。
今日の天気はガムシロだそうだ。
読んでくれてる人の中に澤辺由紀子さん、妖怪間抜彦さん、黒べこさんがいたらごめんなさい。彼らはあなたとは無関係なんです。信じてください。一生のお願いです。