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第一話 はじまりの街

「グアアアアア!」

 魔王城最後の砦であるジェネラルドラゴンナイトの断末魔が響き渡る。この部屋の先の長い廊下を進むと待ち受けるのは魔王の待つ広間。廊下に並ぶ悪魔を模した石像が魔王城の雰囲気を更に際立たせている。広間に入ると、巨大な扉から一直線に伸びる長い敷物の先に見事な玉座が造られている。そこに座るのはこの世界の魔王。見目麗しい顔立ちには似つかわしくない立派な角が左右から生えており、闇夜を思わせる黒く長い髪から覗く真紅の瞳は一度目を合わせると並の生き物なら硬直してしまう。

「ついに勇者が来るか」

 久々の来訪者に少しだけ緊張する魔王。人に会わない期間が長すぎて、魔王の覇気は限りなく薄くなっていた。

「『フッフッフッ…よく来たな』…違うか。『フハハ!よくぞ辿り着いた!』…ありきたりか」

 最高の一言で勇者の出鼻を挫いてやろうと常日頃考えてはいたが、いざこの日が来ると迷ってしまうものである。

「『愚かな人間が…』いや待て、足を組んだ方がいいか」

 もう少しで勇者がやって来てしまう。少しだけ焦る魔王。高揚と緊張が入り混じる。

「……よし!これでいこう!さぁ、勇者よ。その扉を開けて入って来るがよい!」


 魔王は足を組んでふんぞり返るように座り、頬杖をつき気怠そうに勇者を待ち構えてから30分が経とうとしていた。

「なぜだ!なぜ入ってこない!勇者はどうした!」

 魔王は配下の魔道士を呼び出し、勇者の行方を魔道士の水晶で探させた。しばらくすると勇者の姿が水晶に映し出される。

「な、なんで『はじまりの街』に戻っておるんだ⁉︎」

 はじまりの街――これは通称であり初級冒険者の多くがこの街から冒険を始めることからそう呼ばれ始めた。初心者向けの安価な商店や、ギルド等が多くあるこの街は冒険を始めるのに最適な街だ。周辺の魔物も弱いモンスターが多く、治安も良い。この勇者も例外に漏れることなく、この街からスタートしたはずだ。

 水晶に映るのは街を歩く勇者の姿。魔王城最深部まで行けるレベルの勇者がなぜ、魔王の待つ部屋を前にしてこの街に戻ったのか。魔王にはそれが分からなかった。

「一体…なぜ?」

 遠足が楽しみすぎてテンションが上がりまくった子供が、当日雨が降って中止になりしょんぼりしているような顔で落ち込む魔王は意を決したように自室へと戻り、外出用のローブを羽織ると魔王城を飛び出し『はじまりの街』へと飛んでいった。



 ――はじまりの街、正式にはルアリトーチュという名前だが、皆はじまりの街と呼ぶ。

 フード付きのローブを纏った魔王は、フードを目深にかぶり勇者を探す。

 ジェネラルドラゴンナイトを屠るほどの腕前を持つ人物だ。このようなレベルの低い街では明らかに浮いているだろう。強者のオーラを感じ取っていればすぐに見つかる…ほら、見つけた。

 魔王の前方を歩く一人の男。顔はいたって普通。装備も、とりあえず現状最強のものを付けてますよ、といったような感じで拘りは感じられない。彼が魔王部屋の手前で引き返した勇者であった。魔王は後をつけるように一定の距離を空けて歩く。

 勇者は路地を右へ曲がると、突き当たりにある大きなお店の前に座っている老人に話し掛けていた。魔王の位置からは何を話しているのかは聞こえない。話が終わると勇者は店の中へと消えていった。

「この店はなんだ?…『釣り堀』?まさか私との決闘を目前にして、釣りをしに帰っただと⁉︎」

 魔王は店の中へと飛び込んでいった。中は外から見るよりも広く、中央に大きな池があり自然も豊かで巨大なビオトープといった感じだ。

 魔王は岩の上から釣り糸を垂らす勇者を見つけると、背後へ近づき被っていたフードをとった。

「何をしておるんだ!貴様は!」

「うわっ、ビックリした!」

 ビクッと驚きながら勇者は振り返り、仁王立ちで立っている人物を見た。

「獲物が逃げるので大きい声を出さないでくれますか?というか誰ですかあなた」

「聞いて驚け!我が名は魔王ジャスティス!」

「あぁ…あなたが魔王ですか」

「どうしてジェネラルドラゴンナイトを倒した後、我の元へ来ないんだ?」

「ジャスティス……正義……なるほど…」

「おい!聞いておるのか⁉︎」

「あなたの事、『まさよし』って呼んでいいですか?」

「なぜそうなる⁉︎」

 勇者はゆっくりと立ち上がりながら、関節のストレッチをして釣竿を背負う。

「うるさいので獲物が逃げてしまいました。場所を変えます」

 そう言ってスタスタと歩き始めてしまった。魔王は慌てて追いかける。

「待て待て、釣りなんぞしとる場合か?勇者の本懐は魔王を倒す事だろう?」

「こんな所で戦う気ですか?魔王様ともあろうものが?こんな所で戦ったらその辺のレベル1スライムと同等の扱いですよ?BGMも通常ですよ?あなたは魔王城最深部で荘厳な背景をバックに戦うべきであって、こんな辺鄙な場所でエンカウントしていい敵ではないはずです」

 口早に捲し立てられ、魔王はたじろいでしまう。

「お、おぉ。BG…Mとかエン?カウントとか、お前が何を言っとるのかよく分からんが、とにかく俺の部屋なら戦ってくれるという事だな⁉︎」

 良さげなスポットを探し歩きながら勇者は答える。

「まぁそういう事です」

 なら良かったと納得しかけたところで魔王は気付いた。

「それはいつだ?」

 勇者はしばし無言で歩き続ける。

「やる事が終わったら…でしょうか?」

「そうか!ならすぐ終わらせるぞ!何を釣るんだ?手伝ってやる」

 思ってもいなかった提案に勇者は足を止めて振り返る。まぁ手伝ってくれるならと説明を始める。

「この釣り堀の主を釣るという任務です」

「任務?自分の趣味じゃないのか?」

「いえ、任務です。報酬が貰えます。この為に釣りレベルを職人レベル5まで上げました」

「職人レベルというのがよく分からんが、結局金か?金欲しさか?」

「いえ、レアアイテムです」

「ほほぅ…なるほど最後の戦いの前に万全の準備を整えようというわけだな!偉いぞ!」

 勇者は苦笑いを浮かべながら、草木が生い茂るポイントで歩みを止める。

「この辺で狙ってみましょうか」

「うむ、確かにあの辺に強い生命力を感じる。この池で一番デカそうだぞ?」

「なら当たりかもしれませんね」

 勇者は池から顔を出す大きな岩の近くに釣り針を投げ込む。

「マサヨシさん、空飛べます?」

「魔王ジャスティスと呼べ!…まぁ飛べるが?」

 勇者は道具袋から箱を取り出すと魔王に渡した。

「あのウキが浮いてる辺りに撒き餌をしてくれませんか?」

「えー?お前、魔王をそんな雑用に使うの?」

「早く終わらせたいのでしょう?これくらい手伝ってくださいよ」

 魔王は渋々飛んでいき、ウキの辺りに撒き餌をする。魔王が生命探知のスキルで池の中を調べる。この下に大きな反応があるのは間違いないのだが、ピクリとも動かない。痺れを切らした魔王は少しだけ殺気を放つ。すると動かなかった何かが突然動き出し、偶然にも勇者の餌を飲み込んだ。

「来た!」

 勇者は懸命に釣竿を掴み、引き摺り込まれないように腰を落とし踏ん張る。魔王は狙い通りにいってニヤニヤしながらその光景を見守っていた。

 10分ほど格闘しただろうか。釣り上げたのはこの釣り堀の主「オオルアリナマズ」。三メートルはありそうな巨大な主だ。

「この目で主を拝める日が来るとはのぉ」

 突然背後から現れたのは、勇者が店に入る前に話し掛けていた老人だった。

「良いもんが見れたわい、約束通りコレをやろう」

 勇者は『名工の釣竿』を手に入れた。

「…え?釣竿?最終決戦の為のアイテムじゃないの?」

「これを使わないと釣れないモンスターの素材から作られる武具が欲しいので、結果的にはあなたと戦う為の準備と言えますね」

「終わりじゃねーのかよ!」

 魔王のツッコミは勇者の表情を変えれるほど面白くは無かった。

「いいですか?マサヨシさん。私は最後の戦いの為にやれる事は全てやっておきたいのです。最強の敵である魔王、あなたと最高のバトルをする為に!」

「お?おお!そうかそうか!最強か!確かにな!我は最強最悪の魔王ジャスティスだからな!少しでも強くなりたい人間の気持ち、分からないでもないぞ。まぁいくら強くなろうとも、この私の前では赤子も同然だがな!ハッハッハ!」

「というわけで…さらば!」

 勇者は『テレポの羽』を使い、一瞬でどこかへテレポートした。

「……あ!しまった!また寄り道する気だな!」

 急いで魔王城へと戻り、魔道士に水晶で勇者を探させる。

「な、次はラスベガだと⁉︎俺と戦う為というのは嘘だったのか!やっぱり遊びじゃないか!」


――歓楽都市ラスベガ

 カジノが有名なこの街で、勇者は一体何をするつもりなのだろうか。

 魔王は再び勇者の元へと飛び立っていった。

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