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4:側妃懐妊・2

「「妃殿下……」」


 ああ、いけません。ケイとジョナスを沈ませてしまいました。そんなつもりは無かったのに。

 前世の記憶が年々朧気になっていくのと比例して、精神年齢も身体年齢に近づいてしまっているらしくて、ちょっとした事で引き摺られてしまいます。気持ちを切り替えましょう。


「今のは忘れて下さいな。とにかく、お父様が離宮に直接贈り物が届くように手配をしていなければ、後日受け取りに行って頂きたいのです。いえ、わたくしも行けるなら行きたいですが。……ああ、そういえば側妃がご懐妊されたのでしたか。何か祝いの品を考えねばなりませんね」


 年齢はわたくしの方が年下ですし、明らかにお邪魔なわたくしでも、“正妃”である以上、マイラさんを側妃様、とか側妃殿下、とか敬称をつけて呼ぶ事は出来ません。お名前を呼ぶ際だって敬称を付けて呼べないので名前は呼びません。だって、身分がそうなんですから。仮の夫である王太子殿下が「敬称を付けよ」 と命じるのであれば、マイラ様と名前に様付けくらいでしょうね。


 側妃に敬称を付けて呼ぶのは正妃の立場を軽んじているのと同じですし、相手からも侮られてしまう。

 呼び方一つでも身分差って大変ですよね。歴史好きのわたくしでも、身分制度とは窮屈だな、と思います。その分だけ与えられる責務の重さも有りますけどね。


 さて。マイラさんに何を贈りましょうか。

 アズリー公国もレーゼル王国も含めた周辺国では、懐妊祝いの贈り物の定番は有りません。

 日本の戌の日の腹帯とか、無いんですよね。

 まぁシンプルに考えればお菓子等食べ物類ですが。うーん……。どうしましょう。


「ケイ。お菓子かお茶なら無難かしら」


「それは、ええ、はい。ですが、正妃様より早く側妃様ご懐妊というのは……」


「えっ。そんな事を気にしてましたの? どう考えても無理でしょうに。確かに結婚してしまった以上、わたくしは成人として見られますが、年齢的には成人年齢が15歳ですから、来年の今日までは成人年齢には到達しませんし。シェイド王太子殿下とマイラ妃は元々婚約者ですのよ? わたくしはその2人の仲を裂いた悪女ですわ。ですから、この離宮にてのんびり過ごすことを許されているだけで、有難いのですから」


 ケイの思考に驚きます。同時に何処か不機嫌だったのは、そういうことか、と納得しましたが。わたくしはお飾りの正妃ですもの。ケイが不機嫌になる事なんて何も無いですわよ。


「妃殿下……」


 ケイもわたくしの意見に驚いたように此方を見ます。えっ。何か驚くような事を言いました?


「妃殿下は、決して悪女などでは有りません!」


「そうですとも!」


 おおぅ。ケイとジョナスの必死な様子に、わたくしは微笑みました。そう思ってくれる人が1人でも居るのなら、それでいいと思いましたが、まさかの2人。誰もがわたくしを悪女と言わなかったとしても、わたくし自身が悪女だと思っているのですから。その代わり、わたくしの存在を肯定してくれる人が居てくれるのなら、嬉しいですわね。


 さて。この嬉しい気持ちを込めて贈り物を……と考えておりましたら。


 気配がしました。

 わたくしの部屋にニャンが現れたのです。

 今日も、今日も、可愛いですわぁっ!!!

 モフフワニャンコー!!!


「妃殿下。見えないお猫様がいらっしゃいましたか?」


 ケイに言われて頷くわたくし。どうして分かるの? と尋ねたら、目がキラキラしている、と言われてしまいました。ええ、そうかもしれません。


 さぁ触ろう! と勢い込んだところで、グゥッとお腹が鳴りました。……そういえば、起きて身支度だけ整えて何も食べていませんでした。


「すぐにお持ちしますね」


 ジョナスが、一大事! とばかりに去って行きます。いえ、別に食堂へ向かえば良いだけですが。

 とはいえ、ニャンが気になってチラチラ見てしまうわたくし。ニャンはわたくしの元にやって来てチョンと座るのですかさず触ります。うふふ。今日もモフフワです!


「食堂へ向かいましょうか」


 わたくしは暫くモフフワを堪能してからようやく立ち上がる。するとニャンもわたくしの隣で歩き出します。あら。一緒に食堂へ向かうのかしら?


「ジョナスを待たないのですか?」


 ケイに尋ねられますが、いや、食堂へ向かう方が皆の負担が減ると思いますが。あ、でも、声を掛ける前に出て行ってしまったから行き違いになっても困りますね。ケイにジョナスへの伝言を頼みましょうか。

 そんな事を考えていたところで、ジョナスがサンドウィッチを持って現れました。あら、早かったです。


「妃殿下、お待たせ致しました」


「いいえ、早かったです。ありがとう」


 しかも、わたくしの好きなクロワッサンのハムチーズサンドです。誕生日なので嬉しいですね。

 ジョナスに嬉しい、と感謝を述べつつ、オレンジジュース(あら、これもわたくしが好きな飲み物ですね)に、フルーツ入りのヨーグルト(アップルやバナナにマスカットで、これもわたくしが好きな物ばかり)の朝食で笑顔になりながら食べ終えました。


「妃殿下、昼食は何がよろしいでしょうか? 折角のお誕生日ですから妃殿下の食べたい物にしましょう」


 ジョナスに言われて悩みます。

 実はどういうわけか、この離宮に勤める使用人達から最近は笑顔で挨拶を受けるようになりました。最初の頃は表情筋が動く事などなかったのに。離宮に来て6ヶ月を過ぎたくらいから徐々に、です。


 あまりにも不思議でケイやジョナスに相談したら、「妃殿下が可愛らしいお嬢さんだからです」 とジョナスに言われました。意味が分かりません。

 ケイは「妃殿下は、使用人達にお礼をするからです」 と言います。普通だと思うのですが。


 王族や貴族は使用人を人と扱わない者も居ます。わたくしが礼を述べる事は王族らしくない、と考える者も居るでしょう。ですので、わたくしは一人一人に声がけはしません。やってもらって当たり前、とは思いませんが、あちらはそれが仕事で、それで給金を貰うのですから、当然と言えば当然の事です。

 ですので、アズリー公国に居る時から実践していた事を此方でも実践していました。


 それは。

 執事長・侍女長にその日最も良く働いた人の名を教えてもらう、です。

 執事長と侍女長の2人を中心にメイドや庭師や御者や下働きの者達の中で最も良く働いた人を選出してもらいます。で、その人には次の日、その人が好きな食べ物を増やしてもらいます。これは料理長の協力無くしては出来ません。もちろん、料理長や料理人だって対象です。


 例えば、侍女長は眉一つ動かさない、と言われていますけど、白身魚が好きだと言うので、侍女長がその日に最も働いたら白身魚のソテーを増やしてもらう、とか。尚、増やした時は目尻が下がったのを見逃しませんでしたよ。

 ジョナスが名前が挙がれば、ジョナスは白ワインが好きだというので、白ワインをグラス1杯分、飲んでも良い、とか。そんな感じです。


 表立ってお礼を言うのは、王族や貴族という地位にいるのに相応しくない、と思う使用人も居ますから、こういう形で日々の仕事を労う事にします、とわたくしが決めたわけです。(今のところ、この離宮の主人はわたくしですからね。離宮の予算を超えるわけではないから、これくらいは権限が有ります)

 で、どうやら始めのうちは、離宮の使用人達の質が悪いとでも言いたいのか、と反発も貰ったのですが、そういった反発も気にせずに毎日毎日行っていたら、皆が慣れたのでしょうね。反発が無くなった上に、今日は自分が褒美をもらう、と皆の意識が変わったらしく。結果として、使用人達の質が更に向上したようです。


 で。

 正直なところ、わたくしがシェイド王太子殿下並びに婚約者であったマイラ妃の間に割り込んだ事が気に入らなかった(らしい)離宮の使用人達もだいぶ、わたくしへの接し方が柔らかくなってきました。

 別にそれは狙っていなかったのですが、まぁ結果として快適に暮らせるのなら、オールオッケーですね。

 そして、それがどうやら笑顔の挨拶の理由なのだそうです。……まぁ笑顔が無いより有る方がどちらも気持ちいいですからね。良かった良かった、と思う事にします。


 それで、でしょうかね。ジョナスは誕生日なので、好きな食べ物を昼食にしましょう、と言ってくれているようです。今なら料理長も文句無しでわたくしの食べたい物を作ってくれるそうです。うむ。……こんなに効果が出るなんて、思ってもみませんでしたよ!

 まぁ折角なので。

 わたくしは希望を伝えてみました。ジョナスは快諾し、わたくしが食べ終えたサンドウィッチのディッシュを下げつつ、料理長に伝えます、と言ってくれました。ちょっと楽しみです。


 さて。これからどうしよう? と悩んだわたくし。本日も天気は雨ですので、散歩は無理です。

 ニャンが、少し歩いて振り返ります。む? あれは、ついて来い、でしょうか。


「ケイ」


「はい」


 わたくしが食べるのをニコニコして眺めていたケイは、何をしようか悩むわたくしを見て、またニコニコしていて。割と毎日の事なので、それは放置していたわたくしが、ケイに声を掛ければ、何でしょう? と首を傾げました。


「ニャンがついて来い、とわたくしを見ていますので、ニャンについて行きますが」


「かしこまりました」


 わたくしの専属護衛のケイの兄・ラッスルは、わたくしが部屋に居る時は部屋の前で。わたくしが部屋から出れば、直ぐに何処にでも付いてきます。ええ、ご不浄も、ですわ。そんなわけで、ラッスルとケイも当然付いてきますが、いつの間にかジョナスも加わりました。


 ニャンについていくわたくし。

 わたくしについて来るケイ達。

 先頭のニャンは、まるで勝手知ったる家のように優雅に歩いて、時々わたくしがついて来ているか、確認します。

 かーわいーい。

 ニコニコしてついていくわたくしは、そのうち、離宮の知らない場所に来ました。


 基本的にわたくしは図書室と自室とエントランスホールと庭と食堂くらいしか行きません。ですので、階段を降りたと思ったら、別の階段を昇り始めているニャンに、段々ワクワクより不安が出て来ました。


「ジョナス」


「はい」


「この先って何が有るの? ニャンについてきたけれど、わたくしは知らない場所だわ」


「実は……妃殿下が此方に来て、私めも驚いております。歴代の国王陛下夫妻が退任された後に住まわれるフロアーですので」


 な・ん・で・す・と⁉︎

 それってわたくしが立ち入ったら拙い区域ではないですかー!


「あ、あのね、ニャンさん。(ちゃんと呼びかけるにはいかないような風格が有るんですよ)此処はわたくしは入れない場所なのです」


 通じるか解りませんが、声を掛けると、ニャンがまるで考え込むように首を傾げます。それからーー


『大丈夫だ。ワタシが立ち入りを許可しよう』


男性とも女性とも言えない不思議な声が脳裏に……いえ、フロアーに、響きました。


「な、なんだ、この声はっ!」


 ジョナスが叫び、ケイとラッスルが警戒しますが、どうやらこのフロアーだけでなく、離宮全体に響く声だったようで、あちこちから「なんだ、今のは!」 とか、「立ち入り許可とはっ⁉︎」 とか、混乱した声が聞こえて来ます。ええと……この混乱を生み出したのは、ニャンさんでよろしいのでしょうか?


「ええと……恐れながら……もしや、今のはニャンさん、いえ、ニャン様で?」


 それ以外考えられず、わたくしが恐る恐る尋ねますと、ケイ・ジョナス・ラッスルがサッとわたくしの前に出て来ました。えっ、いや、なんで? というか、あなた方、パニックを起こしていたのに、わたくしがこう言ったら、サッと動くとか、パニックはどこにいきました?


『ハハハハハ』


 再び響く声。いえ、笑い声です。3人の背中越しに見えたのは、ニャン様が本当に可笑しそうに笑う顔。

 3人には見えていないので視線があちこち彷徨っていますが、それでもわたくしの前から退きません。困りました。ニャン様のお話を聞きたいのですが。どうしましょう?

 なんて思っているうちに、離宮に勤める使用人達が全員集まって来ました。本当に全員ですよ。いつぞや、わたくしがニャン様を見たことの説明をするために全員を集めて以来です。


 下働きの者も馬丁も御者も庭師のテンガさんも、執事長やらメイド達やら、料理長や兎に角、皆さんが。わたくし達が居るフロアーまでやって来ました。

 大騒ぎです。どうしたらいいのでしょうか……。


『騒がせて済まぬ。少々、我が話を聞くと良い。それまでお前たちは黙っておれよ』


 困ったわたくしを知ってか知らずか、ニャン様のお声(もう絶対そうだ、と確信しています)が三度、離宮全体に響きました。



















お読み頂きまして、ありがとうございました。

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