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4:側妃懐妊

 あれから多分報告は受けているはずの陛下から呼び出される事も、手紙にて問われる事も無く。快適な日々を過ごしております。いえ、本当に快適ですわ。


 わたくしの秘密を知った方々が常に周りに居て下さるお陰で、わたくしがうっかりニャンを見つけて暴走しそうになっても、然りげ無くわたくしを現実に立ち返らせ、フォローしてくれた上で、わたくしの秘密を知らない方々が見えなくなったらGOサインまで出してくれる念の入りよう。お陰で時々フラリと現れるオッドアイのニャンを堪能しています。


 尚、一応結婚してから8ヶ月がそろそろ経つ頃合いで。

 どうやら周辺国はわたくしが王宮に居ないことに気付いたようで、暗殺者ではなく間者が見つかりました。ええと、現在3人が。

 捕まえた途端に1人は自害。2人は強制帰国措置です。


 それはさておき。

 ふと、わたくし気付きました。


「あら」


「妃殿下? どうなされました?」


 ここ数日はニャンが来ていない上に残念ながら雨模様ですので、最近ようやく刺繍に挑戦を始めたわたくし。本日も雨ですので外に行けません。

 ニャンはわたくしにしか見えないからか、わたくしの部屋に突然現れる事も有ります。でもニャンだから気紛れなので数日来ない事も有るし毎日来てくれる事も有ります。


 朝起きてケイからモーニングティーを頂きまして、ふと、本日が太陽の月の10日目で有る、ということに。


 此方の世界、前世みたいにカレンダーは無いのですが、1年が、1の月から10の月と太陽の月、月の月という12ヶ月で成り立ちます。でも前世のように7日で1週間ではなく。所謂日曜日は無くて、5日働いて1日休みという形です。


 全員が6日後に休みという事が無いのは、1の月の途中から働き始めた人と4の月の最初から働き始めた人の休みにズレが有るから。30日で1ヶ月。それが12ヶ月ですので、前世から考えると5日ほど1年が少ないですね。


 ともかく。

 今日は太陽の月の10日目。

 わたくしの誕生日です。

 ということは。お父様とお母様とお兄様達から贈り物が届くと思いますわ。わたくしが離宮に居る事は一応内密で(探ろうと思えば簡単に探れますからね。一応です)わたくしが離宮住まいと伝えてあります。

 直接此方に届くかもしれませんね。

 そうそう。ニャンは来てくれませんかしら。わたくしの誕生日なので来て欲しいですわ。


「ねぇ、ケイ」


「はい」


「本日、お父様から贈り物が届くと思うの。此方か王宮か判らないけれど、此方に届かなかったら、明日王宮へ受け取りに出立しても構わないかしら?」


 わたくしの言葉にケイは眉間に皺を寄せます。

 あら、何か有ったのかしら。


「妃殿下、朝食後に申し上げるつもりでしたが、実は王宮より使者が参りまして、国王陛下より手紙が」


「あら。それなら直ぐに持って来て下さいな。何故朝食後などと」


「使者……陛下付きの侍従から、内容を伺っております」


「では、わたくしに内密の話、では無いのね?」


「その。側妃様がご懐妊された、と」


「あらあら。おめでたいですわね! では手紙はその事について、ですのね?」


「そのように伺っております」


「そう。でも、きちんと目を通したいわ。あなたが何に対して警戒しているのか解らないけれど、急いで手紙を持ってきて頂戴ね」


 ケイが頷き、わたくしが飲み干したモーニングティーセットを片付けてから「執事に声を掛けます」 とサッと出て行きました。

 着替えなくてはならないので直ぐに戻って来るでしょう。出来れば1人で簡易に着替えられるワンピースが良いのですけれど、なんだかやたらとわたくしの世話を焼きたいケイには却下されるでしょうね。


 おとなしくケイに着飾られた方がいいのだ、と学習して判断しています。


 それにしても、側妃懐妊の知らせは慶事。これでお子が無事に産まれれば重畳ですねぇ。ケイは何故わたくしに知らせる事を渋っていたのかしら?


 そんな事を考えていたらケイが戻って来ました。執事に知らせてくれて直ぐに持って来てくれるそうです。今日も雨ですので、せめて色くらいは明るく、と思いまして。ケイに尋ねられたわたくしは、大好きなグリーンイエローのドレスを頼みました。


 尚、ドレスは日に何度も着替える。これも何もしないとはいえ王妃のお役目です。いえ、公女だった時も、そうしていましたが。

 ある程度新しいドレスを買うのも経済を回すのに役立ちますし、わたくしに割り当てられている予算を使うのも大切な事なのです。


 夜会デビューをしていないですが、夜会デビューをしたら1度着たドレスは着られなくなります。同じドレスを着るという事はお金が無い事の表れ。国の威信にも関わりますので夜会の時のドレスは1度着たら侍女に下げ渡します。そこからメイドに下げ渡されたり、リメイクして売りに出したり色々です。侍女には大抵、ある程度身を飾った宝石を下げ渡す事の方が多いものです。


 デイドレスもイブニングドレス程では有りませんが、ある程度着たら下げ渡します。金遣いが荒いのは論外ですが、遣わな過ぎるのもまた侮られ易いので。お金が無い、と思われるのは国力低下を疑われてしまいますからね。


「そういえば妃殿下」


「なぁに?」


 着替えは侍女1人で行う事も有りますが、一応正妃なので本当は1人という事は無いのですが、ケイは着替えもドレスに見合う装飾品選びも髪型も全て出来るので、朝の着替えだけはケイだけにお願いします。ケイの休みの日は3人程居ますけど。

 あまり朝から人に傅かれるのは、日本人の記憶が有るからか、苦手で。公女の時からずっと朝だけは1人にしてもらってます。


 そんなわけで、ケイに身支度を整えてもらいながら、ケイが何か尋ねようとして来ました。


「先程の」


 そこで扉がノックされました。ケイが応えれば執事・ジョナスが手紙を持って来た、と扉越しに言うので、もう髪を整えるだけでしたから入ってもらいました。


「ありがとう」


 ジョナスはもちろん、わたくしの秘密を知っている人。いつの間にか専属でした。ジョナスが恭しく銀のトレーに手紙を載せて差し出して来たので、ジョナスに封を開けてもらう事にします。髪がまだ整わないので。


 わたくしの髪はお母様と同じで髪質が細く柔らかく天然パーマです。

 お母様と同じ白に近い金色の髪は寝起きだと鳥の巣のようになります。前世・日本人のわたくしは小さな頃に見た童話のお姫様みたい! と喜んだのは小さい頃のみ。髪を梳くのが面倒だと判ってからは、ストレートな黒髪を欲しています。ケイが綺麗に整えてくれて、本当に感謝です。


 尚、目の色も白に近い薄いグレーですので、黒髪黒目の前世から考えると、我が事ながら色味がぼんやりしています。だからですかね。ドレスやワンピースはパステルは選びません。パステルカラーと言われるグリーンイエローやレモン色でも濃いめの色合いにしています。

 つまり遠くからでも目立つ色合いですね。後はオレンジが混じった赤とか青みがかった紫とか濃いめのものを好んでます。


 そういえば。


「ケイ、そういえば何か尋ねて来ましたね?」


 封を開けてもらう間に髪を整えているケイに鏡越しに尋ねます。わたくしの要望で髪をなるべくまとめてくれるので助かりますね。今は前世でいう緩い三つ編みで一纏めにしてくれるようです。


「いえ、妃殿下が先程、大公様から贈り物が届く、と仰っておられましたので、何が届くのか、ご無礼で無ければ伺っておこうか、と思いまして。物が大きいものでしたら、私1人と妃殿下では持てないかもしれませんので」


 ああ、そういうこと。

 でも困ったわ。

 毎年、誕生日プレゼントは秘密にされていたので、今年も何も知らせが無いし、多分秘密だと思うから、解らないのよね。まぁお父様が送って下さるだろう箱を開けたら家族全員分の誕生日プレゼントが入っているのは確定だと思いますけど。


「うーん。……あ、ありがとう、ジョナス」


 わたくしがケイの問いになんて言おうか思い倦ねていると、いつの間にか専属執事になったジョナスが封を開け終わりわたくしにそっと差し出して来ました。

 礼を述べて受け取ってから、大抵簡易な髪型にしてもらうわたくしの髪を整え終えたケイに向き直ります。ジョナスが下がろうとしたので、止めました。物によってはジョナスにもお願いするかもしれませんもの。


「ジョナス、先程、ケイにお願いしたのだけど。もう一度頼みますし、ジョナスにもお願いしておく方がいいかもしれません」


「何なりと、妃殿下」


 ジョナスが恭しく頭を下げます。

 わたくしは改めて2人を見ました。


「本日、この離宮か王宮に、わたくし宛にお父様……アズリー大公からの贈り物が届くと思います。いえ、間違いなく届きます。王宮に届いた場合、ケイとジョナスに後日共に受け取りに行ってもらいたいのですけれど。それくらいなら離宮から出ても構いませんでしょう?」


「「かしこまりました」」


「それで、どのような品が?」


 ジョナスからも尋ねられますが、わたくしはもう一度うーん、と唸りました。


「実は、わたくしも解らないのです。ですから大きいのか小さいのか重いのか軽いのか、さっぱり」


 わたくしが困ったように首を傾げれば、ケイもジョナスも困り顔。普段は表情を崩さない2人なので、申し訳ないですね。


「ええと、妃殿下。贈られる物が分からないのに、何故、本日届く事だけはご存知で? 確か、大公様から最近は手紙が届いていなかったはずですが」


 ケイの問いには笑顔で返答出来ます。


「そうね。この前手紙が届いたのは2ヶ月程前でしたものね。でも今日、何かが届くのは絶対ですわ。だって、今日はわたくしの誕生日ですもの!」


 だからお父様から必ず何か届くはずなのです! いつも、プレゼントの中身を内緒にされながら渡してくれていましたから! と続けたわたくしに、ケイとジョナスが顔色を真っ青に変えました。

 えっ、何故、そんな顔色に?


「ひ、ひ、妃殿下っ」


 あら、ジョナスが珍しく慌てていますわね。


「はい」


「妃殿下は、本日が、お誕生日、だと、仰られましたか」


「ええ、そうよ。ジョナス。それが何か?」


 これほど取り乱す彼は離宮に来てから初めて見るわねぇ。なんて、呑気に思っていたら、ケイが平伏しました。

 えっ⁉︎ 何事ですか⁉︎


「妃殿下! 私は妃殿下の専属侍女で有りながら、妃殿下の誕生日を知らず、なんとお詫び申し上げて良いか……!」


 えっ、いやいやいや、知らなくて当然だよね? だって教えてないんだから。


「ええっ⁉︎ 教えてないから知らなくて当然でしょ⁉︎ そんな謝る事では無いわ! この国の方々は誰も知らない……あ、いえ、国王陛下はご存知かもしれませんけれど、殆どの方々は知りませんわよ!」


「いいえ、専属ならば知っていて当たり前の事だというのに、本当にお詫びのしようも有りません!」


 わたくしがケイを宥めるとジョナスまで平伏しました。やめて下さい!


「ジョナスまで……! 良いのです。良いのです! そ、そうですわ! もし、申し訳ないと思っているのなら、おめでとう、の一言を下さいな! それだけで良いですから!」


 2人も平伏している事実にわたくしがパニックです! お祝いの言葉を言ってくれればそれで良いですー!


「いくらでもお伝えさせて頂きますとも! 妃殿下、おめでとうございます! 14歳になられたのでございますね。また一歩淑女への階段をお昇りにあそばされ……」


「そ、そういうの、要らないの! お父様もお母様もお兄様達も、おめでとう、で済んでいたのですから!」


 平伏すのをやめたと思ったら、ケイが長い祝辞を始めましたのでぶった斬ります。そんな堅苦しい祝辞要らない要らない。おめでとう、の一言で充分です。ジョナスにも釘を刺しましょう。


「で、では、妃殿下、欲しい物とかございますならば」


 ジョナスが困惑していますので、少しは我儘を言わないと逆に失礼かもしれません。


「では、本日の夕食後にケーキをお願いします」


「妃殿下、そんな慎ましやかなお願いはお願いとは申しませんし、抑、直ぐにケーキを作るように申し伝えるつもりでございました!」


 わたくしがケーキ食べたいって我儘言ったのに、ジョナスは我儘じゃないし、それよりそのつもりだった、とか言われました。他? 他……。他の我儘?


「あ、で、でしたら、テンガさんの温室で今、咲き誇っている花で花束が欲しいです!」


 これならどうでしょう! 立派な我儘だと思うのです。抑、温室なんて富の象徴なので王宮や離宮にしか有りません。そこで咲いた花で花束なんて充分、我儘の部類です。


「妃殿下、それもお願いにもなりませんよ……」


 ジョナスが益々困惑した表情を浮かべました。えええ……。でも、わたくし、物欲があまり無くて、……あ。


「でしたら、離宮の図書室で1日のんびりが良いですわ!」


 そうです。これならかなりの我儘でしょう!

 そう勢い込んだわたくしに、ジョナスどころかケイまでもなんだか生温い微笑みを浮かべました。何故ですの。


「妃殿下は、あのアズリー大公の大公女殿下でしたのに、そんなに物欲が無いのですね……」


 と、ケイが微笑ましそうに言います。


「抑、公国でもわたくしは殆どこんな感じでしたわ。装飾品やドレスなんて必要最低限で充分で、寧ろ、花壇の草むしりを庭師と行ったり、侍女達に叱られながら汚れてもいいようなお父様の古いトラウザーズをわたくしのサイズに手直ししたのを着用して庭を駆け回ったり、木登りもしましたわ」


「お、お転婆でしたのね、妃殿下」


 ケイが驚いてますが、ジョナスは頬を引き攣らせました。


「ええ。護身術を習うのも大好きでしたし、馬小屋で馬のブラッシングも楽しかったですわ。でも雨の日は図書室で物語の本を原書で読むのが楽しみでしたし、歴史書を読んで、その頃の人達の暮らしに想いを馳せるのも楽しかったのです。それに人には視えないモノが視えるわたくしに、図書室の主みたいな死者の魂が世界の成り立ちならば此方の本を読み、国の成り立ちならば此方の本を読むのが良い、と教えてもらいながら読んでいたのも楽しかったですわ。アズリー公国では、わたくしが視える人間なのは当たり前のように知られていましたから、誰も気にしませんし」


 ケイとジョナスが、初めて聞く話ですね、と呟くので、そういえばわたくしは敢えて公女の生活を話した事が無かったな、と思いました。だって、わたくしの気持ちなど関係なく結婚してしまった以上、忘れるしかないのです。


「だって、話してしまえば……お父様とお母様とお兄様達に会いたい、と思ってしまいますから……」


 わたくしはポツリと溢します。

 ケイとジョナスが息を呑んだ気配を感じながらも俯くしか有りません。

 いくら前世の記憶で精神年齢が高いわたくしでも、本当はまだまだ両親に甘えたい年齢なのです。

















お読み頂きまして、ありがとうございました。

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