3:ニャン登場・2
「改めて、皆には話します。陛下以外、他言無用に願いますね」
ケイとラッスルを含めた7人が頷き、わたくしは今のところ嘘は吐いてない7人をゆっくり見回すと、わたくしの秘密の一つを打ち明けます。
前世持ちの秘密は話しませんよ。話す相手が出来るかどうかも解りませんが、前世の記憶については、話しても良いと判断出来る相手に話す、と決めてます。今のところ? わたくしの両親であるアズリー大公と大公妃とアズリー公国の宰相他数名です。あ、もちろん兄達にも話して有りますよ。
「わたくしは、この世ならざるモノが視える目を持ちます」
わたくしの一言に全員が首を傾げました。ですよねー。解ってました。その反応。
「要するに。死者が視えるのです。まぁ人間以外も視えますが」
今度は無言がこの部屋を支配します。
「信じられないのは分かってます。庭師の……テンガさんでしたね」
わたくしが庭師のお爺ちゃんを見る。はい、と彼は困ったように返事をした。
「テンガさんは、メメさんって奥様を11年前に流行り病で亡くされましたね?」
「妃殿下、何故それを」
「テンガさんの隣にメメさんって女性が居るんです。白髪で薄い緑の目をしたお婆ちゃん」
わたくしが若干庭師さんから視線をずらす。未だ半信半疑の庭師のテンガさん。
「テンガさん、メメさんとの初デートで、緊張のあまり片方が靴で片方がサンダルだったとか?」
「妃殿下……それは、ワシの親も兄弟も子どもも孫も知らない話ですじゃ。では……本当に、メメが?」
「はい。メメさんが、テンガさんに伝えて欲しい、と。流行り病で薬が手に入らなくて死んでしまったけれど。本当は元々身体が丈夫ではないから、もっと早く死んでいたはず。テンガが滋養のある食べ物を食べさせてくれたから、長生き出来たの。……という事です」
わたくしが伝えると庭師のお爺ちゃんは膝を付いて、号泣。そうだよね。大切な人が死んでしまった事は、事故でも病気でもその他の要因でも、遺された方は辛いもんね。
「妃殿下……ありがとう。ありがとうございます」
「いいえ。……さて、これでわたくしの言葉は理解してもらえたかしら」
泣きながらお礼を言うテンガさんの背中を摩りながら他を見る。皆、今度は真剣に頷いた。
「それで。あなた達に話そうと思った事だけれど。わたくし、先程、猫を見ましたの」
「ああ、もしかして、先程の私には見えない猫というのは」
「ええ。おそらく生きてない猫よ。あれだけハッキリとした姿で触れるのに生きてないなんてわたくしも驚きますが」
「普段はそんなにハッキリ見えない?」
ケイが質問を重ねて来るので頷いて答えます。
「テンガさんの奥様のメメさんも、ですけれど。どなたでもボンヤリと輪郭がボヤけて視えます。そうね。全身が淡く光っていて身体や顔の形は、ハッキリ見えないかしら。人間以外を視た時も、同じように視えたから、あれだけハッキリ見えて触れたので、生きているって思ったのよね。
ちなみに、わたくしは死んだ相手が視えるし声も聞こえるけれど、会話は出来ないし、触れない。一方的に向こうの言葉を聞く形。昼夜を問わないから疲れてしまうので、普段は視えても視なかった事にするし、聞こえても聞こえなかった事にしています。そうじゃないと、わたくしは眠る事すら出来ないから」
眠る事すら出来ない、とわたくしが言えば、皆はギョッとする。庭師のお爺ちゃんは、顔色が真っ青になりましたわね。
「テンガさんは気になさらないで。視ようと思って聞こうと思ってやった事だから。わたくしの意思ですわ。でも普段はやらない。だから今日だけ、と思って下さいな」
「畏まりました。妃殿下」
わたくしが諭す口調で告げれば、庭師のお爺ちゃんがわたくしに膝を付いて頭を下げる。これは相手を敬う時の臣下の礼。そうですか。わたくしに従いますか。まぁ受け入れますけれども。
「話を戻しますわね。つまり、視えないはずの猫を見ましたので、きちんと皆に説明をしておこうと思ったのです。これからも、もし、わたくしが見えない何かに話しかけていたら、そういう事だと理解していて頂戴。尚、陛下に報告をするのは構わないけれど、陛下のみにして頂戴ね」
はっ。と全員が異口同音に応えたのに鷹揚に頷いてから、わたくしは先程視たニャンに想いを馳せます。
「それにしても……本当に綺麗なニャンでした。毛並みはモフモフフワフワ。アッシュグレーの毛色にしなやかな身体。目の色はゴールドとシルバーのオッドアイ……。ああ、触っても逃げなかったわね、あの子。また会いたいものだわ」
「ひ、妃殿下……」
「なにかしら」
オズオズと執事が声を掛けて来るので、わたくしはニャンの回想の海から復帰して応える。
「も、もう一度、その特徴を……」
「あら⁉︎ ジョナスも実は猫好きでしたの⁉︎ 良いですわ! ジョナスの為に話して差し上げますわね!」
わたくしが勢い込んで執事・ジョナスを見れば曖昧に執事さんは頷きましたが、わたくしは希望通りロシアンブルーのようなニャンについて熱く語りました。目がゴールドとシルバーのオッドアイだともう一度告げたところで、執事さんは「ううむ」 と唸りました。なんです?
「妃殿下……確認致しますが、本当にそのような猫が?」
それはわたくしの妄想だ、と?
「いえ、妃殿下の妄想だと思っているわけではございません。ただ、そのような……目の色が違う猫など初めて耳にしまして」
ああ、そういうことか。前世でもオッドアイの存在は知っていても、実際に見た事が無い人の方が多かった。SNSやら新聞・電話・テレビ・雑誌など、直ぐに情報を仕入れられるあちらとは違い、こちらはそんなに早く情報は伝達されないだろうし、見た事が無い、とか、見た人を知らなければ、こういう反応になってもおかしくない。うーん。どうしようか。日本じゃ、そういう猫も居ましたよ、とも言えないし。
「生きていないからこそ、そういう目をした猫が現れてもおかしくないのではないかしら」
という事で押し通そう。
それに実際、ハッキリ見えて触れたけど、わたくし以外は見えなかったニャンならば、ロシアンブルーに似ているけれど、目がオッドアイという事も有り得るかも。まるで生きているかのようにハッキリ見えたし。触れたし。体温も感じたんだけど。わたくし以外見えないなら、やっぱりあのニャンは生きていないのよね……。残念です。
あら? でも……生きていないならば、出入りは自由なのも頷けるし、生きていないけれど、見えて触れるのなら、わたくし自身に不利益は無いですわね? 寧ろ利益ばかりですわ。いつ現れるのか分からないという難点は有りましても、野良? 飼いニャン? 迷子ニャン? と色々考えなくても良いですし、思う存分可愛がれますわ!
「理解出来たらわたくしがあなた達に話したい事は以上です。陛下に奏上するならするで構いませんが、わたくしはニャンと遊びますのでお気遣いなく、と伝言して下さいませね」
強引に話を終わらせて、皆の手を止めた事を謝りながら、仕事に戻るように告げました。そして、わたくしはもう一度庭に出てニャンと戯れたい! ので、一足先に従僕の部屋を軽やかに出ました。ニャンちゃん、待っていてね!
***
その夜、とある人影が離宮の窓から鳥を夜空へと羽撃かせた。夜目の効く鳥は飼い慣らされ、真っ直ぐに王宮の国王陛下の執務室へ飛んで行く。国王の私室も寝室も限られた者しか知らないため、鳥は執務室の場所を覚えさせられていた。鳥の脚に付けられた手紙を国王自ら取り上げ目を通す。
「成る程。公女は死者を見る者、か。そういった人とは違う経験を積んでいるからこそ、余が王太子より先に内々で離宮への打診も大人のように落ち着き払った雰囲気そのままに落ち着いて受け入れていたのだな。納得した」
国王は、その手紙を燃やし尽くした。公女から報告されるまで知らない事に決めたのだった。
***
その夜、ラッスルとケイの兄妹は迷いながらも、セレスに訊ねるべき事が有ってケイが許可を取って兄を私室へ招き入れた。一応結婚している事になっているセレス。だが、ケイが立ち会っているのだから気にする事なく、密室で話を始めた。
「妃殿下、その」
「落ち着きなさい、ラッスル。あなた達が尋ねたい事は解っています」
気が急いているのかラッスルが前のめりになっているので、わたくしは落ち着くようにゆったりとした口調で話し始めました。
「あなた達兄妹は宰相の子息・子女だったのですね。但し、あなた達のお母様はあなた達が幼い頃に離縁している。お母様は、宰相があなた達を守るために敢えて離婚した事を解っていました。暗殺者は、アズリー公国と唯一地続きのレーゼル王国を何とかすれば……という何処かの国から依頼されたのでしょう。
国王陛下を暗殺しても、王太子殿下が居る。2人を暗殺するのは難しい。でも宰相の暗殺なら1人だから容易い。それを宰相は理解していたからこそ、敢えて離婚していた。あなた達が狙われないように。でも影ながら護衛を付けていたけれど、護衛が間に合わず、暗殺者はあなた達のお母様とあなた達の誰かを人質にして宰相の命を狙うつもりだった。その事に気付いたあなた達のお母様は、あなた達を守る為に暗殺者と揉めて……その時に命を落とした。そうですね?」
わたくしが確認すれば、ケイが悔しそうに唇を噛んだ。
「あなた達のお母様は2人を守れて良かった。と。それからお父様を恨まないで、憎まないで、ということです。……言われずとも、あなた達は宰相を恨まず憎んでいないようですね。だからこそ、侍女と騎士で採用をされたのでしょう。宰相の子息・子女よりも侍女と騎士の方が未だ権力者共から身を守れますものね。ケイが強いのは身を守る術という事もあるようですね」
ラッスルは目をきつく閉じて暗い表情ながらも頷いた。ケイは嗚咽を堪えているように見えた。ラッスルはセレスが幼い頃から命を狙われていた、と知って、自身の母の事が思い出されたため、自分が守り抜こう、と態度を軟化させていたのだが、亡き母の気持ちを教えてくれた今、何があっても彼女を守るのだ、と決意していた。ケイもまた母が兄とケイを守ったように今度はケイが幼き正妃殿下を守る、と決めていた。
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