3:ニャン登場
猫は正義。猫は癒し。(夏月の考えで押し付けるつもりは有りません)
わたくしが離宮に到着してから既に2ヶ月が経過していました。
何故かケイとラッスルの兄妹は、わたくしの所に居ます。2人共、わたくしを離宮に連れて来たら帰るとばかり思っていたんですけど。
一番使用頻度が高い離宮なので、陛下から侍女も執事もメイドも護衛も常時居ると聞いてましたし。
でもケイは、帰る事もなくわたくしにベッタリ。ケイが監視役もするのか? と直接尋ねたら、違います。と否定されました。
まぁわたくしだって違うって答えると思いますけど。
なんて考えていた事を読んだように、本当に違いますよ、と言われてしまいました。そうですか。
まぁその言葉に嘘が無い事は知っていますけど。
で。ラッスルの方は、わたくしを護衛してくれた騎士達と共に翌日には王城に帰ったのに、それから1週間で戻って来ました。
「何故戻っていらしたの?」
「騎士団長に願い出まして、私は妃殿下付きの護衛に登用して頂きました!」
と、言われました。意味が分かりません。
何故、わたくし付きになろうと思ったのでしょうか。あんなに面倒くさそうだったのに。
ただ、此方もこの言葉に嘘が無い事をわたくしは知りましたので、仕方なく了承致しました。
その他、此方の離宮で働いていらっしゃる主要な使用人達にも挨拶をして、晴れた日はマーガレットだったりパンジーだったりガーベラだったりと咲いている庭を散策したりお茶をしたり。
雨の日は前世の小さな町の図書館並みの所蔵を誇る図書室で本を読んだり編み物をしたり。刺繍は、前世の記憶が有る所為なのか馴染みが無くて難しいのですが、編み物は前世で酷く精神的に落ち込んだ時にマフラーを編んだ事が有ったからか、レース編みを含めて割と得意です。
マフラーを編んだのは無心になりたかったからです。
出来ない事に挑戦するという事は、それに集中しますからね。その分余計な事は考えないから。
お陰で立ち直りましたけど。あの時は、「編み物をしてみない?」 と誘ってくれた友人に感謝です。
その成果が転生してからも現れるというのだから、前世の友人には再び感謝しかないですよね。
まぁそれはさておき。
そんなわけで、この2ヶ月、やけに暑苦しい……失礼、熱心な護衛とその兄の暴走を止められるクールな侍女の兄妹を筆頭に、離宮で楽しんで日々を過ごしています。
この兄妹以外は、内心ではきっと色々思う事が有るはずなのに、さすが王族に仕えるだけの事は有る。離宮の使用人でも、きちんとわたくしを敬ってくれます。
……でも最近、心なしか庭師のお爺ちゃんがわたくしを孫のような目で見て来るのを筆頭に、執事や侍女の何人かがやっぱりわたくしを幼子のような目で見守っています。
えっ。わたくし、13歳ですけど⁉︎ 一体何歳に見えてますの⁉︎
「あら?」
「妃殿下? どうされました?」
そんな何とも言えない微妙な空気に偶になりつつある離宮内の事を無視して、わたくしは花の香りに誘われて庭に居ました。
そこで、驚いて声を上げてしまいました。
背後の訝しげなケイにも見向きせず、わたくしは我を忘れて声を上げました。かなりの声量で。
「ニャンが居るっ!!!」
猫です、猫! 前世、日本人だった頃から大の猫好きのわたくし。誰の目も気にせずに一目散に駆け出しました。
そして、ハッと気付きます。
こんな風に近づけばニャンは警戒して逃げていく。幸いにも此方を見ている割には未だ逃げていませんから落ち着きましょう。
「えっ、妃殿下⁉︎」
なんだか呼びかけられている気がしますが、無視です無視。ニャンの前には全てが無に帰しわたくしは平伏さなくてはならないのです。
ああっ! 猫じゃらしが無いのが残念! いいえ、毛糸玉が有りますわ! 毛糸玉で何とか気を惹くのです! あ、でも毛糸玉だと後でケイに叱られてしまうかしら? いえ、でも、この可愛さの前には叱られるなど……っ!
ソウッとソウッと近づいて行きますと、此方をジッと見ていますが、警戒はしていないようです。珍しいです。野良猫なんて警戒心の塊でこれだけソロソロ近づいても警戒して逃げ出す素振りを見せるのに……。
ああ、でも逃げないので有れば、もう少し近づいても良いかしら!
アレよ、逃げ出す素振りを見せたらそこで止まってお互い、見つめ合えば良いんだわ!
……自分に都合良く考えながらも、わたくしはソロソロソロソロと距離を縮めます。
本当に逃げませんわね。もしかして、わたくしが知らなかっただけでこの離宮で飼われているニャンなのでしょうか? 野良ニャンだったら絶対逃げ出す素振りを見せるはずですが。飼いニャンならば、人に慣れているから逃げ出す素振りは見せません……が、でも、わたくしのことを知らないですからね……。
知らない人にはやっぱり警戒するはずなんですが。
アレかしら。この姿を見るに、ロシアンブルーっぽいから、かしら。
アッシュブルーの色にグリーンの目……あら? これだけ近寄って気付きましたが、目の色はグリーンでは無いですわ。ゴールドとシルバーのオッドアイですわね。
偶に前世でもオッドアイの子居ましたから、この子もそうなのでしょうね。それでもグリーンではなくゴールドとシルバーなのが不思議ですけど。でも、何となく高貴な雰囲気の有るニャンですから、良く似合う目の色ですね!
ロシアンブルーじゃないとしても、猫にしては自由気ままな所が無い忠誠心の高いロシアンブルーに似ているようで、穏やかそうですが……。
その反面、ロシアンブルーは人見知りが激しかったはずですから、やっぱりこのニャンはロシアンブルーではないのでしょうね。
こんなに近寄っても警戒心無しですもの。もう触れそうです。という事で。
「いい子ねー。怖くないからねー」
と言いつつ(宥めつつ?)手をソウッと伸ばして先ずは頭を撫で撫で。顎をナデナデ。尻尾は触られるのを嫌がるから気をつけて、背中をナデナデ。
……っ。
この子、ホントに人馴れしてるぅううううう!
かっわいい!
あああああ!
モフフワしてるぅううううう!
堪らん。この感触!
毛並みフワフワ! だけどニャンだからモフも入ってる!
くっ。
カメラ、いや、ビデオカメラ、いや、DVDかブルーレイにこの可愛さを残したいっ!
無いんだよな、この世界っ! あー……癒されるっ。
と、堪能というかトリップしているわたくしの背後から恐る恐る声が掛けられた。
「あのぅ……。妃殿下?」
ハッ。やってしまった! 絶対、ドン引きだよね、コレ。ああ、でも、仕方ないっ。だって、この子が可愛いんだもん!
「あ、ええと、ケイ、ごめんなさいね。あまりの可愛さに我を忘れてしまいました!」
「あ、あの、いえ、その、ひ、妃殿下……」
「わたくし、猫には目が無くて……」
「えっ⁉︎ 猫? というか、妃殿下、先程から何を仰っていらっしゃるのか……」
「は?」
わたくしは恥ずかしさを抑えて、ケイにこのニャンの可愛さでは仕方ないでしょう? とロシアンブルー(らしき)ニャンを示せば、ケイが首を傾げていて、わたくしも同じ方向に首を傾げた。
何を仰っていらっしゃるのか……?
えっ?
目の前に居るニャンについて、ですけど?
「だから、此処に、猫が、居るでしょ?」
こっちの世界にロシアンブルーという種類のニャンが居るか分からないから猫って言うけど。
あ、猫は居るのよ。アズリー公国では猫飼ってたし。
種類? 茶トラと真っ白。長毛種は見た事無いから分かりませんが。どっちも雑種かな。
「えっ? 猫? 見えませんが。というか、そもそもこの離宮は野良猫や野良犬なども入れない警備をしています」
えっ
嘘でしょ⁉︎
まさか、まさかの⁉︎
「あああああ……やっちゃったぁあああ」
「妃殿下⁉︎ ご、ご乱心ですか⁉︎ あ、兄上様を呼んで来ますから、どうかお気を確かにっ」
「あー、違う違う。ケイ、落ち着いて。それと、全員集めて下さる?」
おっといけない。前世の言葉遣いが出てるわ……。
「全員、で、ございますか?」
「ええ。この離宮に居る全員。執事も侍女も庭師も料理長も御者も下働きの者達も。出入りの商会の者が今日居るのなら、其方も」
「それはつまり、本当に今、この離宮に居る全員ですか」
「ええ」
「かしこまりました。直ぐに」
色々尋ねたいだろうに、それを呑み込んでわたくしの意図を汲み取って即座に動く。
本当に、国王陛下は良い侍女を遣わせてくれましたわ。
その国王陛下に敬意を表して、話しましょうか。
それからケイに言われて不服そうな表情をしながらエントランスホールに集まった使用人達。下働きの者達は一番後ろで顔も上げない。それだけ身分差が有るから。
不服そうな表情を見せるのは、仕事の手を止めさせたから、でしょうね。
さて。
「皆、集まってくれてありがとう。これから問いたい事が有るので、率直に答えて頂戴。現国王陛下お一人のみに忠誠を誓っている者は、右側に。国王陛下を含めた王族全てに忠誠を誓っている者は、左側に。国王陛下にも王族全てにも忠誠を誓っていない者は、わたくしの足元に分かれて下さい」
ちなみに現在わたくしは階段上に居て、使用人達は階段下です。
足元とはわたくしの居る階段上から何段か下ですね。
尚、出入りの商会の者は本日は居なかったそうです。
で。この問いかけに皆が騒ついていますね。問いの真意を知りたいのでしょう。
「あなた達が誰に忠誠を誓っていようと咎め立てするつもりは有りません。もちろん、わたくしに忠誠を誓え、と申すつもりも有りません。これからわたくしが話すことに、必要だから、尋ねているだけです」
「これから妃殿下が話すこと、とは? それから妃殿下に忠誠を誓っている場合は、王族ですから左側で?」
皆を代表してケイが尋ねて来ました。
「あ、わたくし個人ならば足元に。それと話すことは、国王陛下に奏上されるなら構いませんが、陛下以外に奏上されるのは嫌ですから、分かれてもらう。それだけですわ」
わたくし個人に忠誠を、なんて考えてもいなかったので狼狽えつつ。国王陛下お一人でもなく、他の王族でもなく、わたくし個人のみならば足元に……と答えます。すかさず、ケイとラッスルは足元に移動しました。……あなた方、本当にわたくしのことが好きですのね。嘘も吐かないなんて。
ケイとラッスルが移動したからか、皆も戸惑いつつ移動します。大半が国王陛下を含めた王族全てに忠誠を誓っており、国王陛下個人に忠誠を誓っているのが、あのお爺ちゃん的な庭師さんを含めて5人、で。
それ以外、つまりわたくしの足元に来た方はケイとラッスル以外1人もおりません。……まぁ、離宮に勤めていて、国王陛下並びに王族に忠誠を誓っていません、と本音は言えませんよね。間者でも嘘を吐きます。ちなみに、何処の国でも他国の間者は1人や2人入るもの、と思っています。その間者を見つけられるかどうかは、国の中枢次第ですが。
尚、母国・アズリー公国では間者に入り込まれても直ぐに捕らえられるので、他国は、此処レーゼル王国を含めてアズリー公国をとても警戒していると思います。どんなに腕の良い間者を送っても、必ず捕らえられてしまえば、それはそうでしょう。だからレーゼル王国は最近は送り込んで来ません。
まぁ唯一アズリー公国と地続きの隣国ですからね。アズリー公国と敵対する意味も無い、と判断したのでしょう。賢明です。尚、間者を見つけられるのは、アズリー公国ではわたくしだけでは有りません。
ちなみに、わたくしがこの離宮に居ることはまだ知られていないようです。きっと王宮の方でわたくしが居るような対策を取って撹乱しているのでしょう。
さて。嘘を吐いている使用人は除外です。別に、クビにはしません。
いや、権限が無いので、クビにして欲しい、と国王陛下に奏上しない、というのが正しいですね。わたくしは嘘を吐いているか吐いていないか、という二択だけの判定が出来ます。嘘の内容までは判明出来ませんけど。それ故にケイとラッスルが嘘を吐いていない事が判ったのです。
そんなわけで間者かどうかはさておき。王族に対して忠誠を誓っている使用人の中に嘘を吐いている者が居ましたが、どのみち王族に忠誠を誓っている使用人は除外ですから構いませんね。お仕事に戻ってもらいます。……あら。国王陛下個人に忠誠を誓っている5人は全員嘘を吐いてないんですね。ふむ。
尚、庭師のお爺ちゃん。わたくしを子どものように見守る執事と従僕とメイドが2名の5人。彼らのうちの誰かが国王陛下に奏上しても別に構いませんわ。だって、国王陛下個人に忠誠を誓っていることに嘘が無いですもの。身分的な問題で奏上出来るかどうかは知りませんが、その辺はわたくしには関係ない話ですし。それと、本当にわたくしに仕えてくれているケイとラッスルにも当然話しておくべきでしょう。
「これから話すことは、国王陛下にでしたらお耳に入れても構わないのですが、王妃殿下・王太子殿下・側妃・王弟・王弟妃・王弟子息・子女等、或いは宰相や大臣達を含めた他の者達には知られたくない事、と承知しておきなさい」
わたくしの凛とした声音と命じる口調に、その場の者が臣下の礼を執る。さすが、理解が早い。それからエントランスホールから1番近い従僕の部屋へ全員で入る。「こんな人数入りませんし、狭いですし、妃殿下をお通しなど出来ませんっ……!」 なんていう従僕の必死な説得をわたくしは当然華麗にスルーをして、押し入ります。
確かにギュウギュウですが、構いません。扉の向こうに人の気配はしますが、おそらく監視役でしょう。その監視役が陛下の監視役なのか、宰相辺りの監視役なのか。そこまでは知りませんし、追及しません。知らないフリをするのが1番です。下手に捕まえて、別の者を送り込まれるより、誰が監視役か判った上で放置する方が楽です。
この2ヶ月できちんと監視役は判明しています。放置しているだけですが。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
猫が登場する話を書きたかっただけです。
ロシアンブルーを元にしてます。