2:離宮到着・2
さて、そんな事が有ったなんて事は全く知る由もないセレスは、未だ見ぬ離宮がどのような所なのか、想いを馳せた。
アズリー公国はかなり富を所有しているが、国そのものの領土は小さい。つまり狭い。
それ故に離宮というものは存在していなかった。
公城はレーゼル王国の王城と大差無かった(大きさは違うが)ので、離宮という存在そのものがどのような建物なのか期待をしていた。
その期待度は、夫となったレーゼル王国の王太子殿下と恋愛の関係にはなれなくとも家族程度にはなれるだろうか……という儚い望みよりも10倍ほど、高かった。
セレスに付けられた護衛は、中身が異世界の日本人でそこそこの年齢(30……ウン歳)だったセレスから見ると、護衛対象として見てはくれているようだが、一線を引いた態度を取るに、言わば腫れ物扱いだな、と判断する。
まぁそれも解らなくない。
相思相愛の王太子殿下と婚約者の間に割り込んで来た挙げ句に、とっとと離宮に押し込められる貴人など、何やら面倒くさい背景を背負った厄介者でしか無いだろう。
多分、国王陛下は話していないだろうが……。
知らなくていい事をわざわざ話さないのは理解出来るが、此処まであからさまに腫れ物扱いだと、国王陛下の意向を汲んで護衛をしてくれる事は無いな、と考える。
うーん……。一応、護身術は身につけているけど、あくまでも守ってもらう事が前提の護身術だし、ねぇ。
わたくしは、少し考えて護衛騎士を纏めてくれている騎士長を呼んだ。
騎士団の長ではなく、今回の護衛騎士だけを纏めている騎士長は、それでも王城の護衛騎士団では第3位の腕前だと陛下から伺っている。
呼ばれてやって来た騎士長の名前はラッスルと聞いた。
赤い髪に同じく赤い目はルビーのようで綺麗で有る。頬に傷痕が有るが気にならないし、目付きの鋭さも別に気にならないが、表情に面倒くさそうなものを浮かべるのは止めて欲しい。
ちなみに現在は、王城を出てから最初の休憩。
もっと早くに休憩を取るか同行している侍女に尋ねられたが、座りっぱなしで尻が痛い以外は気にならないので、昼休憩で良い、と断ったので、だいぶ王城から離れた、はず。
振り返れば王城は未だ見えるから分からないけど。
それはさておき。
「ラッスル」
「はい」
面倒な事は言うなよー、雰囲気バシバシ出ているけど、残念。面倒な事を言います。
ついでに同行している侍女にも話しておく事にする。彼女の名前はケイと言うらしい。
ラッスルとは兄と妹。つまり兄妹。
色合いは一緒だけど、体格の差が激しいし、顔立ちも違うので言われなければ分からない。
ケイは割とお喋りのようで、馬車で退屈しないよう、わたくしに教えてくれた、と判断している。
うっかり機密事項を話す心配はしているが、今のところ、無い。
彼女が知らないのか、知っていてもその辺は喋らない判断をしているのか、それは知らない。
「ケイ」
「はい」
「これから、物凄く面倒な事を言います」
ラッスルは嫌な予感が当たった、とばかりに頬を引き攣らせたけれど、無視。
「公女……いえ、正妃様は面倒な事、と仰いますか」
へぇ。きちんとわたくしを正妃として言い直すとは、ケイはただお喋りなだけでは無いのね。
という事は機密事項を知っても、口を割らないタイプだわ。陛下に感謝します、こういう人を侍女にしてくれた事。
「ええ」
「正妃様との会話から、その面倒な事が馬車の座席が固い、とか、お菓子を寄越せ、とか、そういった我儘ではない事は理解しています。その上で面倒な事、ですか」
これは多分、兄のラッスルに、わたくしがどんな人間なのか教える為の発言なのだろう。
ラッスルの顔つきが明らかに変わった。
「ええ。ハッキリと申し上げておきます。陛下からどのように伺っているのか存じませんが、わたくしはアズリー公国の公女という身分でした」
「それは存じております」
「ケイ、解っておりませんわね。アズリー公国は地理的な問題で攻め込まれていないだけで、常にレーゼル王国以外の国からは狙われています」
そこで、ラッスルもケイもハッとした。
あら。ラッスルは脳筋ってわけじゃなくて、きちんと理解力が有るのね。
「正妃様はお命を狙われている、と?」
「公国でも数ヶ月に一度は暗殺者が送り込まれていましたからねぇ……。護身術は身につけてますけど、そんなに戦えるわけじゃなくて、1人を追い払う程度が精々です。まぁ地理的な問題で、沢山の暗殺者が送り込まれる事も無かったですけど、母国では互いが互いを守るというか、私達大公家は常に一緒に行動するように心掛けていたんです。それだと護衛する側も楽でしょうし、纏まっている分、護衛の数も此方の方が多かったので。
わたくしがレーゼル王国の王太子殿下と突然婚姻したのを他国は、わたくしの命を守るため、と理解したでしょうが、同時にアズリー公国よりも他国と接し易いレーゼル王国にわたくしがやって来たのは、周辺国の好機でしょうねぇ。という事で、わたくしが離宮に向かっているのを把握しているかどうかまでは知りませんが、ささっと離宮に送って下さいまし。もちろん、離宮まで時間が掛かるのは知っておりますが、悠長に休憩は要りません。必要最低限で構いませんので。その為に陛下は太陽が昇ると共にわたくしを出立させて下さったわけですし」
その為に護衛騎士団で3番目の腕を持つラッスルが騎士長に選ばれたんですよ、と言外に告げれば、ラッスルもその意図を読んだように何か考えている。ケイも顔つきが変わった。
「公女様、いえ、正妃殿下」
おや? ラッスルの顔つきどころか態度も変わりましたね。呼び方も変わりましたけど。
ラッスルがわたくしに膝を着くとは思いませんでした。
「はい」
「正妃殿下の御身は離宮到着まで必ずお守り致します」
「よろしくお願いします。陛下が貴方をわたくしの守りとして貸して下さった事から、貴方の腕は確かだろうと思っていますから」
「はっ。配下の者達にもそのように伝えておきます」
「ええ。何事も無く到着するのが1番ですが、万が一の時はよろしくね。それと、深追いは禁止しておいて下さい」
「捕らえるな、と?」
「その状況で捕らえられるならば捕らえて下さい。無理は禁物、という事です。どうせ命を狙われるのは今に始まった事では無いので。離宮に到着したら、監視と護衛が向こうにいるでしょうから、離宮到着までの辛抱を頼みます」
わたくしが言えば、ケイが僅かに息を呑む音が聞こえてきました。
わたくしが監視される事を理解しているのが不思議なのでしょう。
「監視?」
ラッスルはやや脳筋ですか。まぁ気付いてない人に話す気も無いので、軽食を終えたら出立をお願いしました。
馬車に乗り込んだ途端にケイがジッと見て来ます。ヤレヤレですね。
「あのね、ケイ。わたくしが陛下の立場でしたら、間違いなく監視を付けますわよ。当然でしょう? 先程も話しましたが、わたくしはアズリー公国の大公女という身分を所持しています。ただでさえこの身分は何かと煩わしい立場ですの。王国ならば王女。帝国なら皇女と同じ身分のわたくし。普通ならば仮令、権力者の子どもとはいえ、小国なんて見向きもされない。しかしながらこのレーゼル王国も含めて周辺国はアズリー公国の価値を十分……いえ、十二分に知っている。おそらくそれは、大公女の身分が有るわたくしより余程皆さま価値をご存知。
そんな存在のわたくしに名ばかりとはいえ正妃の位を与え、それでいて離宮に押し込める。わたくしが我儘な人間だったなら、公女の身分や正妃の位を笠に着て何を仕出かすか解りませんわ。だったら監視を置いておくのが普通でしょう。若しくはわたくしが籠の鳥になる事を倦んで逃げ出すかもしれない。そう考える事も出来ましょう? 監視を付けない方が一国の国主としてはおかしいですわ。寧ろ、そうしなかったなら無能でしょう」
わたくしの説明にケイは、頭を下げて来た。
「齢13歳の正妃様の見識の広さに感服致しました。胡乱な目を向けた不敬に対する咎めは如何様にも」
「有り得ませんわね。ケイは陛下から直々に侍女としてわたくしに付けられた。という事は陛下の信が有る者でしょう。寧ろ、わたくしを気遣って旅を楽しませようとしながらも、わたくしに秘匿すべき情報は与えない匙加減は、ケイの賢さが理解出来るわ。それに身のこなしはお兄様のラッスルと共に武芸を嗜んでいる者の証。強さまでは知りませんが、少なくともそれなりの腕前なのでしょう。更にはわたくしの話でわたくしを警戒するだけの忠誠心。間違いなく、陛下は素晴らしい侍女をわたくしに付けて下さいました」
下げていた頭を戻した後、またジッと見て来るケイに、わたくしは首を捻りました。
今度の視線の意味は判り兼ねます。
その説明をケイもしてくれる訳ではないようで。
仕方なく忘れる事にしました。
話さないことは尋ねても意味が無いでしょうし。そんなわけで、なるべく短い休憩で先を急ぐ事3日目。
前世で良く見た杉や楢や橅の森林の中に前夜から入りましたが、その森林が途切れて視界が開けた所に王城程大きくは無いですが、多分、3階建てくらいの大きさの小ぢんまりとした城が見えて来ました。
王城は大理石で出来ていましたが、此方もそれは同じ。
ただ装飾は一国の国主の威光を高める為にも金や銀がふんだんにあしらわれた絢爛豪華な王城に対し、此方は銀を所々に然りげ無くあしらった静謐な佇まいの建物。
正直、一目惚れの建築です。えっ、こんな素晴らしい離宮なら一生此処でオッケーですけど。
「ケイ」
「何か?」
「此処の離宮で一生を過ごせます? それとも、話に聞くように引退された国王陛下ご夫妻……つまり現国王陛下ご夫妻が、王太子殿下に国主の座を譲ったら、此処に住まわれます?」
「その、予定だと……伺っておりますが……」
なんですと⁉︎
えええええ……。此処で一生は過ごせませんの……。
「ちなみに……他の2つの離宮も、此処と同じく素晴らしい建築ですの?」
「ええと、私にはそこまでは知らされておらず」
「そうですの……。子が生まれなければ離縁が出来る、貴族の婚姻や平民の婚姻とは違い、わたくしの婚姻は国同士の取り決め……。一生、離宮暮らしの可能性が高いですから、せめてこのように心惹かれる離宮暮らしをしたい、と思うのは贅沢な事なのでしょうね……。他の2つの離宮のうち、どちらでも構いませんから、何れ此処を出る事になる時には、せめて花が咲き誇る庭を見られる離宮でしたら、それで良い、と陛下にお願い出来ますかしら」
「それは可能ですが、正妃様は未だ齢13歳……。今からそのような将来を……?」
ケイの質問には、首を捻ります。
「だって、わたくしはお飾りの正妃ですのよ? 仲睦まじい王太子殿下ご夫妻の間に割り込んだ、ある意味悪女ですわ。何もしなくて良い、との仰せですから、それでしたらせめて邪魔にならないよう、ひっそりと暮らすべきでは無いですか?」
というか、現代日本人の感覚では、一夫一妻が当たり前の結婚制度。
浮気や不倫が当たり前な所とかも有ったし、別に性差別とかは無いつもりだけど、私の感覚では、浮気とか無理無理。私を愛しながら他の人も愛せるとか無理無理。
ってだけだから、自分がわざとじゃなくても、相思相愛の間柄の2人に割り込んだの、本当に無理。自分に嫌悪する。
とはいえ、死にたいわけでもないから、だったら、邪魔しないでひっそりと生きていきたいよ!