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10:王太子妃としての新たな暮らしが始まりました・3

「皆を下げて、何か話が……?」


 シェイド様の率直な問いにふふっと笑ってわたくしは、一口お茶を喫してから口を開きました。


「シェイド様。わたくしが聖獣様の証を頂いた理由をお聞きになられました?」


「父上から。セレスは聖獣様が見えた、と」


「はい。わたくしは元々生きている人だけでなく、死者を見る事が出来ます。元々アズリー大公家は少し特殊なのでございます」


「特殊?」


「この話は、アズリー大公家以外の人は知らないこと。シェイド様は、わたくしの夫ですのでお話させて頂きますね」


 そうして唇を湿らせたわたくしは秘密を打ち明けます。


「アズリー大公家は代々、嘘を吐く人間が解ります。と言っても、簡単な事では無いのですが。例えば、シェイド様が、ご自分を女だ、と発言されたとしましょう。それを嘘と判断出来るのですが、本当にそうでしょうか?」


「というと?」


「わたくし達は嘘を吐いた人の顔が黒い靄に覆われて見えます。シェイド様が自分を女性と言ったら黒い靄に覆われるでしょうが、シェイド様自身は嘘を吐いているつもりは無いかもしれない」


「いや、私は男だが」


「ええ。でも、世の中には、身体は男性でも心が女性という方もおります。好きな物は女性が好きそうな物ばかり。好きになる人も男性。紳士と言われる振る舞いより淑女と言われる振る舞いをしたい……等。そういう方の身体だけは男性でも他は女性だったとして、その方が自分を女性と言ったとしたら、嘘、でしょうか」


「……成る程。聞いた事が有る。女性の服を着て女性の立ち居振る舞いをして、でも身体だけが男性という人も世には居る、と。確かにその人から見れば、己は女性だろう」


 前世でもそういう方はいらっしゃいましたが、此方でもそういう心の性と身体の性が違う方はいらっしゃいます。


「はい。でも、わたくし達大公家の者には嘘、になってしまうのです。何故なのか。それは分かりません。ただ、多分目に見えている状態が真実か嘘か、ではないのかとは推測致します。大公家も何故このような人とは違うものが有るのか、それはわたくし達にも解らないのです。ただ、嘘吐きな人は顔に黒い靄がかかる。ただ、それだけ」


「だが、それだと今のように曖昧な問いには判断が付かないな?」


「そうですわ。ですから、わたくし達はあまりこの血には頼りません。一つだけ頼るのは、暗殺者と対峙した時です。貴方は暗殺者ですか? と問いかける」


「成る程。違う、と答えても靄がかかっていれば嘘だと判断出来るのか」


 シェイド様がふむ、と頷きます。


「それも、判断の一つとして、ですけれど」


「判断の一つ。……そうか。本人に自覚が無いこと、か」


「はい。シェイド様の仰る通りですわ。例えば、誰かが薬を持っているとします。その薬は飲めば元気になる。そう言われた者が薬を持っていたなら、自分は暗殺者の自覚は無いでしょう。でもこの場合、その薬が毒で有れば暗殺を計画していた、と思われる。そしてどれだけその者が否定をしても、わたくし達の目には嘘だと映るのです」


「だから、判断の一つ、か。成る程な。セレスがこの話をしてくれたのは……」


「わたくしがシェイド様を信じる証、です。そしてもう一つ」


「もう一つ?」


 わたくしは深呼吸をしてから、シェイド様と目を合わせました。


「シェイド様がわたくしを信じられるようになるまで、どれだけ束縛して頂いても構わない、とわたくしは思っていますの。実はわたくし、セレスとして生まれる前、別の人間の記憶を持っています」


 シェイド様がかなり驚いたように目を見開きました。


「前世、と言いますね。前世の話は詳しくする気はないです。わたくしはセレスですから。ただ。その前世で、わたくしは……」


 前世の事なのに、あの時の事を思い出すと、今でも胸が痛みます。


「わたくしには恋人が居ました。結婚も考えていた方です。その日、恋人の家に遊びに行くと、わたくしの友人の一人と恋人は寝室のベッドの上で愛を交わしておりましたの」


「それは……」


 つまりまぁ、裸だった、と言えば理解してもらえるでしょう。シェイド様は目を閉じて、痛みに耐えるような顔をします。両手は拳で握られて、あまりの力強さにわたくしは、そっとその手を取りました。シェイド様が、ハッと目を開きます。


「痛みに気付いて下さり、ありがとうございます。まぁ恋人と別れ、友人と別れましたが。前世のわたくしもシェイド様のような状態でした。そんなわたくしを、親友が気遣ってくれて、わたくしを支え、叱り、気分を上げてくれました。わたくしはその記憶が有ったからこそ、シェイド様をお支えすることが出来たのですわ」


「そう、か。ありがとう」


「いいえ。……その記憶が有るからこそ、不貞は嫌いですの。その記憶が有るからこそ、シェイド様が不安に駆られて束縛をしたくなるのも解ります。わたくしは不貞をしません。ですが、それを信じて欲しい、と言って信じられるとも思いません。ですから、シェイド様が納得するまで思う存分、束縛して下さいませ。わたくしは厭いません。わたくしは前世の記憶。でも、シェイド様は現在、辛いのですから」


 シェイド様は手を握っているわたくしから手を握り返して来た、と思いましたら。ギュッとわたくしを抱き寄せました。


「ありがとう。ありがとう、セレス。済まない。私があなたを信じられるまで、どうかこのままで」


「もちろんですわ。シェイド様が大丈夫、と判断出来る時まで、いくらでも束縛していて下さいませ」


 わたくしを束縛する事でシェイド様の心が安定するなら、わたくしは別に構いません。気持ちは解りますから。

 それにわたくしとシェイド様はどう有っても離縁する可能性は低いのです。互いの国に不利益……もっと簡単に言えばアズリー公国からレーゼル王国へ金が献上出来なくなる、或いはどちらかの国が戦を仕掛ける、といった事でも起こらない限りは、わたくし達は添い遂げ合う決まり。


 だとしたら、わたくしはシェイド様の不安を受け止め、望む限り束縛される事も受け入れていかなくては、わたくし自身が潰れてしまいます。際限が無いからこそ、わたくしが覚悟しなくてはならないのです。


「済まない、セレス」


「いいえ。でも、わたくしとて人間ですので、いつ束縛が嫌になるか分かりません。その時は束縛しないで、とシェイド様にお伝えします。それを聞いたシェイド様は、その時にまたご自分のお気持ちを教えて下さい。そのお気持ちを聞いた上で、どうすればいいか、二人で考えましょう」


 わたくしの提案にシェイド様は、ギュッとわたくしを閉じ込めるように抱きしめたまま、「うん、うん」 と微かに返事をされました。わたくしはその背中に手を回して柔らかく撫でます。どうか、この方が落ち着きますように、と願いながら。

 そうして、どれほどの時が過ぎたでしょうか。

 ゆっくりとシェイド様がわたくしから離れて、気不味そうに照れ笑いを浮かべた後。


「仕事をせねば、な」


「はい。左様でございますね」


 シェイド様はサミュエル殿を見て。わたくしもケイを見て「執務を行う」 と告げました。

 きっと、この話し合いは、わたくし達にとって必要だったのでしょう。この後からシェイド様はあまり不安そうな顔を見せなくなりました。もちろん、わたくしがずっと側に居るから、という前提も有るでしょうけれど、ふとした時に目が合えば、シェイド様が微笑むので、わたくしも微笑み返します。それだけでシェイド様は安心したような表情を浮かべるのです。

 シェイド様の寝室から新しいベッドが運び込まれて王太子妃夫妻の寝室へ、移動した後も相変わらず同じベッドで眠りますが、最初の頃は、夜中に何度も魘されていたのがいつの間にか無くなっていました。魘されていた頃は、わたくしはいつも手を握っていて、無意識なのかガッチリとその手を離されず、かなり痛い思いもしていましたが、段々とそういった事も無くなりました。


 そうしてわたくしが王城に戻り、王太子妃として過ごしておよそ二月程。もうすぐシェイド様の誕生日だと知りました。


「あら。シェイド様の誕生日がもうすぐなのですね。困りましたわ、何もプレゼントを準備していないのですが」


 王太子妃教育が終わった後、続いて王妃教育に入っているわたくしは、相変わらず朝食後にシェイド様に部屋から教師達が待つ王妃教育の部屋まで送られて、教育を終えると王太子の執務室まで向かう、というルーティンです。シェイド様と離れるのは、勉強を終えてから執務室に向かうまでの間だけ。此処で「あっ」 と何かを思い出したようなジョナスに視線を向けて、シェイド様の誕生日の事を聞きました。


「妃殿下、お伝えするのが遅くなりまして、申し訳なく思っております」


「いいえ。ケイもジョナスもラッスルもわたくしの専属として忙しい日々を送ってますから。謝らないで。わたくしこそ、あなた達に満足に休日を与えられずごめんなさいね」


 休日は有りますが、5日働いて1日休み、という此方の世界の定めとはかけ離れた休みです。過労にならないよう、考えてはいますが……。本当に申し訳ない。3人まとめて休みは絶対に取らせられないし、10日連勤も良く有るので本当に申し訳ないですわ。


「私は、妃殿下の専属侍女という仕事に誇りを持っているので、休みなど無くても問題無いです」


 ケイがいつもそう言ってくれますが、休みは大事! ですが、中々与えられないのも事実……。なので、昼食前と昼食後に分けて休み、とか、そういった形で対応させてもらってます。一日あげられなくてごめんなさい!


「ありがとう、ケイ。それにしても。シェイド様の誕生日プレゼントは、どうしたら良いかしら。こういうのは、内緒にしておきたいですけれど、商人を呼ぶのも、貴族街に買いに出かけるのも、シェイド様に内緒にしたら心配するでしょうし。サミュエル殿に相談するにも、シェイド様抜きで、というのは、要らぬ誤解を招きそうですわね」


 困りました。どうしましょう。


「では、僭越ながら私がサミュエル殿に贈り物の相談をする、というのはどうでしょう」


 ケイが提案してきます。確かにそれならば、要らぬ誤解を招く事は無さそうですわね。


「では、お願い。シェイド様の誕生日に生誕祭というのは、国王では無いからやらないわけですものね。生誕祭が有るならもっと忙しい日々を送っていますけれど、わたくしも誕生日を知れましたが……。後、10日。何が贈れるか分かりませんが、サミュエル殿に聞いておいて下さいな」


 ケイに頼んだ時には執務室に到着しました。さぁ、本日も書類仕事です!




***





 次の日、早速サミュエル殿に聞いてくれたらしいケイから、プレゼントについて報告を受けました。曰く。刺繍されたハンカチ、だそうです。えっ? それで良いんですか? 離宮生活で鍛えられた刺繍の腕は、人様にあげても問題無いくらいの腕前にはなったとは思いますが……。


「あの者と婚約していた頃から一度も貰った事が無いそうで、実は密かに憧れているそうです」


 あらまぁ、かの方は婚約していた頃から生きている間にお渡しした事は無いのですか……。あら? 結構長い間、婚約されていたし、仲睦まじいと有名でしたわよね?


「まぁそういう事でしたら刺繍をするのは構いませんが。でも、わたくしが一人になれる時間は有りませんから……内緒にはなりませんわねぇ」


 またもやどうしましょう? ですが、ケイがサミュエル殿と話し合って、何とか考えてみるから、との事で。再びお願いしました。刺繍のハンカチは構いませんが、意匠はどうしましょうか。やはりシェイド様がご使用されている紋章が良いかしら。あら? ……でも、そういえば。


「抑、わたくし、シェイド様に刺繍したハンカチはお渡ししていますわよね?」


 かの方の一件でシェイド様が壊れかけていた時、お支えしようと王城に来ていたわたくし。その時も刺繍を練習していましたから、出来上がりを試作で申し訳ないけれど……とシェイド様にお渡し致しましたわ。えっ、それとは別に、という事ですの?


「そういえばそうでございましたね。サミュエル殿はご存知無いのかもしれません」


「ああ、そうね。そうかもしれませんわね。あら。では、どうしましょう」


「では、僭越ながら。妃殿下は、アズリー大公家のご家族にはどのような物を贈られていたのでしょう?」


 またも困ったわたくしに、今度はジョナスが提案してくれます。お父様とお母様とお兄様達……?


「その時、その時に欲しいと言っていた物をあげましたが……。ああ、そういえば、誕生日にケーキを作っておりました」


「それが宜しいのでは?」


 わたくし、前世の記憶を元にケーキ作りをしていましたわね。お菓子は時折作っていましたから。お父様達は嬉しそうに美味しいと喜んで食べて下さいましたわ。……という思い出に浸りかける前に、ジョナスが言いました。


「王城の料理人達に混ざってケーキを作るんですの? それもベッタリとシェイド様はくっついておられますわ」


 大勢の食事を作る料理人達の邪魔をするのも確定なら、シェイド様にバレないように、というのは刺繍をするよりも難しい気がしますけど。


「妃殿下。別に隠さなくても良いと思う。王太子殿下が落ち着くまでは、束縛されても良い、と妃殿下がお決めになられたわけだし、それでコソコソと隠し事をされたら、また殿下が傷つくと、思う」


 どちらかと言えば寡黙なラッスルの助言。

 でも、言っている事は正論です。確かにコソコソしていたら、余計な疑いを招くようなもの。


「そうですわね。では、シェイド様に直接、プレゼントに欲しい物を尋ねてみますわ」


 そんなわけで、本日の執務の合間の休憩中に、わたくしはシェイド様に誕生日を知らなかった事を謝り、プレゼントの準備も出来ていない事を謝り、何か欲しい物が有るか尋ねました。


「では……、私は聖獣様にお会いしてみたいのだが、可能だろうか」


「まぁ! それでしたらミヤビ様に頼んでみますわ!」


 と言っても、ミヤビ様はいつもわたくしの側に居るわけでは無いのです。でも、大体3日〜5日のうちにはいつもいらっしゃいますから、大丈夫でしょう。ちなみに現れるのは王妃教育を受けている部屋の前で、教育を終えるとその姿が見えますの。昨日、お会いしましたから、明後日以降に頼んでみましょう。
















お読み頂きまして、ありがとうございました。

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