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2/22

1:喜んで離宮に参ります・2

 ーーその頃、アズリー公国の公女・セレスは事情が事情なだけに婚姻を了承はしたが、相思相愛と言われている隣国の王太子殿下と婚約者の間を裂くような環境で己が正妃になる事が嫌で嫌で仕方なかった。


 彼女は、大公夫妻、つまり両親にしか打ち明けていなかったが、異世界の日本という国で生まれ育った記憶を持つ転生者で有った。本人は転生者チート的なものは一切無い。

 食事? 前世日本人だった頃、高級寿司店の寿司と回転寿司店の寿司の味の違いが判らない味覚持ちだったので、相当不味い物でなければ構わない、と文句は無い。


 和食が懐かしいと思わなくも無いが、週に3日はハンバーガーチェーン店でモーニングを食べ、週に3日は自炊での朝食は前夜に作った味噌汁の残りとスーパーで買った漬物に納豆と鮭。

 後は得意な出汁巻き卵と白米が定番だったし、日曜日はパンに目玉焼きとインスタントのコーンスープで満足していた人間だ。和食が無くても生きていける。精々年に一度くらい味噌汁飲みたい、と思う程度の和食愛。


 そんなわけで日本人だった記憶を取り戻しても食事にこだわりはない。


 では、例えば、衣装革命。別にプリンセスラインのドレス一択だったとしても文句は言わないが、そんな事も無い。なんだったらワンピースも有るし、女性がパンツスタイルでも構わない国のようなので、尚更何の文句も無い。

 例えば、ペン革命。羽ペンどころか万年筆どころか、平民も普通に鉛筆を持てる。時代的には20世紀初頭から中間のヨーロッパ? とセレスは思う。


 ただ、やはり異世界、と思うのは世界の成り立ち……所謂神話だろうか。


 何でも神様が世界を創り人間を創造した。(この辺は日本やあちらの世界も同じだが)その後、神様は神の国から管理者として聖なる獣を世界へ遣わした。


 この聖なる獣は人語を解し話せるという。


 その姿は誰もが見られるわけではなく、見た者もその姿について言及出来ない。但し、聖なる獣の意思を知る者として、その人間は聖なる獣の代行者となり……その代行者が各国の国王の先祖である。という話。


 聖なる獣は聖獣と呼ばれ、聖獣の代行者(神話で言えば各国の国王の先祖)は、その額に聖獣の紋章が刻まれた。

 各国の国王も時代時代で、その紋章が額に刻まれた者が現れたら現れなかったりしたが、紋章が刻まれた国王を戴いた国は、稀に見る平和と富を築いた……とか。


 前世、歴史だの神話だのと好んだセレスは、そんな神話を聞いて滾った! だけでなく、考察も行っていた。


 彼女の中で聖獣とは何かの象徴だと思っている。


 前世でも、日本だって八咫烏とか十二支とか。他国でも象やら牛やら猿やら……が聖獣扱いされていた。

 だからこちらの世界でも聖獣とは富や権力の象徴なのだろう、と。


 紋章云々は神話に真実味を与えるためのアイテムと考え、要するに賢王が富や平和を築いた時に飼っていたペットが聖獣扱いになったのではないか、と推測したので有る。

 人語を解し、話せるというのは神の変化とか前世でも神話で有ったし、これもまぁ真実味を与える逸話という所。


 まぁ長い間には賢王も居れば愚王も居ただろうな、とセレスはふむふむと考えていた。


 セレスは、そういった事が楽しいので有って、だから古代遺跡の発掘の話はワクワクするが、宝石は「綺麗ね。上質ね」 で終わらせるし、シルクのドレスは「肌触りは良いけど普段着は綿にしてね。破いたら汚したりが怖いから」 というド庶民の感覚でしかないので、あまり興味が無い。


 勉強は好きな方なので(原書で本を読みたいがために)外国語を学ぶし、生まれた所が生まれた所なので身を守る術として体術を覚えるのは、タダのスポーツジムでダイエットボクシング的な感覚で学んでいた。(内容はそんな軽いものではなくハードだが、気持ちの問題で有る)


 後は娯楽が少ないので花壇の手入れの手伝いや父の古いトラウザーズを改良して庭を駆け回り、木登りもしていた。


 感覚は20世紀末から21世紀の普通の日本人で、美容より知識にややお金を掛けがちでは有ったから服飾センスはあまりない。

 アウトドア派では無かったが、美術展だの博物館だのと行くのは大好きだったし、誘われれば夏は海水浴にピクニック程度は楽しんだお一人様だった前世を割と気に入っていたが、だからといって生まれた時から育って来た環境に四の五の付けるつもりもない。


 海が無いのに海水浴をしたい、なんて我儘を言う程空気の読めない子じゃないのだ。


 多少は言いたいことを口に出したが、どちらかと言えば、日本人全体の“まぁまぁ”と長い物に巻かれろ気質では有るから、生まれが偉い人の娘なので恋愛結婚ではなく政略結婚という考え方も否定しない。


 その為のマナーや教養や知識は頭と身体に覚えさせたし、前世恋愛で痛い目に遭ったので政略結婚万歳派だ。


 妻として尊重してくれるなら、愛情無くても構わないし、愛人を作られても正妻の座を脅かされる事が無いとか、夫も愛人も弁えてくれるとか、それなら構わない。


 一夫一妻制に頭から足先までどっぷり浸かっているので、出来れば愛人は持って欲しくないのが理想だが、一夫多妻の国も有れば、一夫一妻制では有っても恋愛が出来ないから、と夫も妻も弁えれば愛人オッケーなのが普通らしい。


 特に貴族は。

 そういう考えは否定しない。だから、自分が夫以外の男性とどうこうなりたいとは思ってもいないが、夫が務めを果たして愛人の存在を知らせないなら、目を瞑る。

 それがセレスなりの弁えてもらう、だ。


 だが。


「相思相愛の婚姻直前のカップルの所に割り込む上、わたくしが正妃というのは……」


 嫌だなぁ。


 が、本音である。自分が相思相愛のカップルに割り込むのは、とてもとても嫌だ。本当に嫌で仕方ない。だが。


「これが役割じゃ仕方ない。けど、嫌だ……」


 諦めてはいるが、自分がお邪魔虫になるのは本当に避けたかったので、セレスはこの婚姻が憂鬱だった。


 そんなこんなで瞬く間に3ヶ月が経ち。幸せ絶頂の瞬間とも言うべき結婚式。

 ベールで顔が隠れるので、盛大に嫌な顔をしつつ式を終えて、披露宴代わりのレーゼル王国のパーティーを終えたセレスは、前日にレーゼル王国に入国して、国王陛下に挨拶だけはしたが、夫となる王太子殿下には結婚式まで会わなかったため、王太子殿下と側妃に迎えられた彼の婚約者・マイラの2人と共に居住区域へ侍女に案内される前に、声を掛けられて喜んだ。


「セレスよ」


「はい、殿下」


「今夜は遅いから仕方ないが、父上から許可を得ている。其方は明日から離宮へ参れ。無論、其方とは白い結婚で子はマイラとの間に作る。其方はお飾りの正妃だ」


「それは、つまり。執務を含めた公務一切を行わず、妻として子を作る役割を果たさずに生きているだけで良い、という事でしょうか?」


「そうだ」


「本当ですか! ありがとうございます! かしこまりました! やったー! では、明日、離宮に向かわせてもらいますわ! 殿下、マイラ側妃。良い夜をお過ごし下さいませね!」


 父であるレーゼル国王から、其方が夫として公女に伝えよ、と命じられたので、離宮へ行け、と命じたのだが、シェイドは嬉々としているようにしか見えないセレスになんだか少し複雑な気持ちを持ちながら、途中で別れた。

 セレスは客室に一晩泊まって、明日離宮に出立するのである。予定通りシェイドもどの離宮か知らされていない。


「まぁやはり公女様はお子様ですわね」


 呆れた声音のマイラにハッとして、シェイドは頷いた。そして美しい本当の妻の腰を抱いて王太子と王太子妃の部屋へ向かう。

 その間には2人の寝室が有る。今夜は初夜。やっと愛する妻をこの手に抱ける、とセレスの事は頭から消え去った。


 尚、マイラがセレスをお子様扱いしたのも無理無い事で有る。

 アズリー公国・公女セレスは誕生日が来てようやく13歳を迎えたのだから。精神年齢はプラス30ウン歳の平凡な少女だが。(外見は少女でも中身は……言わぬが花で有る)


 つまりまぁマイラは外見だけでセレスを下に見たわけだが、シェイドも心の何処かでセレスを下に見ていたからこそ、マイラの見下し発言に気づかない。だが2人は解っているのだろうか。土地……大公領地は狭いとはいえ、一国の主の娘で在るということ。


 それ即ち、セレスを下に見るという事は、アズリー公国も下に見るという事。

 大公領地が狭いだけで、資源は豊富でレーゼル王国もその資源を頼みにしている、という事。


 そして、アズリー公国の主・大公は基本的には穏やかな性質だが、大切なモノを傷付ける相手は良しとはしない。セレスの事をとても可愛がっている大公が、シェイドとマイラがセレスを見下していたと知ったならば……。


 例えば、見つかった金をレーゼル王国に現在の価値の半分くらいである程度売り付けた後で、残りの金を近隣諸国に全て放出し、金の価値を暴落させて結果的にレーゼル王国に損を出させる……といったことくらい、簡単にやるような人間である、とか。


 或いはマイラが王太子妃の威信のため、という名目で買い付ける宝石の多くは、アズリー公国の鉱山から産出されているため、発掘を停止もしくはレーゼル王国には輸出しない、ということも可能であること。或いは逆にレーゼル王国のみ、相場より高値で売り付けることも可能であること、とか。


 シェイドとマイラが見下した相手の父親はそのような事も出来る力が有り、母国・アズリー公国では、男子が3人産まれて女子が欲しい、と望んでいたアズリー大公の念願叶っての公女がセレスだ。


 アズリー公国の民も皆が待ち望んだ公女を慈しんでいたので、万が一セレスが蔑ろにされようものなら、どうしてくれよう。と国民全てが思っている事を知っていれば、側妃になってしまったとはいえ、一国の王太子殿下の妃という立場を踏まえてそのような発言は、仮令セレス本人に聞こえておらずとも、誰が聞いているのか分からない所で、容易くしない方が良いはずなのだが。


 シェイドも止めなかったし、2人に付き従っていた侍女や侍従達も止めなかったのだが、果たしてこのような事を口にする側妃もそれを止めない王太子も周囲も、レーゼル王国の立ち位置をきちんと理解出来ているのだろうか。


 それは誰にも分からない。


 他国、取り分けアズリー公国の大公一家がいなかったことは幸いだった、かもしれない。

 こうして、少々不穏な種を蒔きながら。レーゼル王国王太子殿下の正妃並びに側妃との婚姻は表面上は無事に終わりを迎えた。



















お読み頂きまして、ありがとうございました。

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