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9:何故かお茶会を行うそうです。・3

 着々と準備を急ピッチで進めて行く中で、突然、ミヤビ様がわたくしの前に現れました。いえ、まぁ突然なのは、いつものことですが。なんて言うか。わたくしが忙しい時には現れなかったもので、ちょっと驚いています。しかも、どうやらケイとラッスルとジョナスが「ミヤビ様」 と呟くようにお名前を呼んでいる所を見れば、皆に見えるように実体化されておられるようで。


「ミヤビ様? どうかなさいました?」


 わたくしが尋ねれば、ミヤビ様が頷かれました。……いえ、本当に頷いたように見えましたので。


『忙しない所、済まぬな。少々尋ねたい事が出来た。良いか?』


 ミヤビ様がわたくしに尋ねたい……? なんでしょう。もちろん、ミヤビ様の為でしたら時間を割きますとも。わたくしでは王太子殿下の好みは解りませんし、執事長と侍女長にお願いしたとはいえ、庭園の様子やエントランスホールに茶会を開くに辺り、晴れれば四阿。雨でしたら離宮のサロンを使用するべく、整えております。普段から使用していない部屋も掃除をしてくれるメイド達のお陰で、サロンも綺麗ですが。何しろ、わたくしはこれまでサロンも使用していなかったので、どのような室内なのか、確認をするために出入りしていました。


 さすが、アズリー公国の城とは違うレーゼル王国の建築です。あ、隣国なので、建築の系統は似ていますが、アズリーは小ぢんまりして、そうですね、日本人が思う西洋の城というよりは、館に近い感じでした。レーゼル王国の王城や離宮は建築系統は童話のシンデレラを元にしたテーマパークのお城のような感じです。ですので、アズリーのお城は部屋数も多くないし、賓客の為の部屋や食堂はあっても、賓客を招けるようなサロンは無かったので、離宮と言えども賓客を招けるサロンが有るって凄いなぁ……と感心しております。


 そんなサロンの様子を確認したところですから、ミヤビ様の為に時間は直ぐに取れました。ですが、サロンを使用する気にはなれないですし。(前世のイメージも相俟って何となく()()()の場所、という感じがするので)さて、どうしよう? と考えてから庭へ出ました。四阿ならば話を聞くのも落ち着いて聞けますし、庭ならばわたくしも気後れしませんので。


「改めて。ミヤビ様、お話とは?」


『うむ。……其方ら少し下がると良い』


 当然ながらわたくしに着いて来ていた、ケイとジョナスとラッスルにミヤビ様が仰る。3人がわたくしを見たので、頷きました。わたくしとミヤビ様が見えても声が届かない範囲に下がった3人を見てからミヤビ様がわたくしの名を呼びます。


『セレス』


 以前、離宮全体に響いたお声は、その後ミヤビ様が声ならば大きくも小さくも出来る、と仰った通り、度々お話をしてもわたくしが聞こえる程度。今も調整されているようでわたくしの耳に届く声量です。


「はい」


『其方、これからどうするのだな』


 これからどうする、とは?

 質問の内容が理解出来ず、目を瞬かせてしまいます。


『ふむ、もう少し解り易く問おう。其方、正妃としての役割を果たすのか?』


 そういった意図でございますか。

 わたくしは、殿下のお心が治った(と思いますが、多分)頃から考えていましたので、直ぐに返事を致します。


「国王陛下ご夫妻並びに王太子殿下が望まれるのでしたら。臣下の方々や国民の方々から望まれずとも、望まれるように努めるだけでございますので」


『ふむ。それは、公女として。王太子の正妃として、の答えだな?』


「他に何が有ります事か」


 ミヤビ様、ご存知でございましょう? わたくしは政略で結婚した身ですわ。


『其方自身の心は?』


「それは不要なものにございます。わたくしはアズリー公国の唯一の公女として生まれ落ち、そのように育てられました。もちろん、アズリーの父母や兄達はわたくしに政略的な結婚など考えていなかったのですが。わたくし自身が、家庭教師達から己の立場や環境を教わって、考えておりました。小国ながら、周辺国から命を狙われる程の富を有する国。過ぎたる物を持ちますと、他者から恨みや妬みを買うもの。それを理解する環境に於いて、わたくしは万が一の場合、政略結婚を大公夫妻(りょうしん)に申し出るつもりでおりましたから」


 正直な話、レーゼル王国ではなく、更に歴史の古い国の何処かをわたくしは予測していました。特に古い歴史を持つ事に重きを置いている、とある国とか。……見方を変えれば歴史だけ古くて新しいものを取り入れられず、それ故に貧している国辺りは頻繁にアズリー公国に暗殺者を送り込んで、あわよくばお父様の死を狙っていましたものねぇ。ダメでもわたくし達アズリー大公家の誰かが死ねば、付け入る隙が出来る、と思っているのが丸わかりな暗殺者を寄越してました。……懐かしい。悉く捕らえましたけども。


 まぁそんな国に敢えてわたくしが嫁げば、少なくとも暗殺者に煩わされる事が無くなるなぁ……と思っておりましたので、あと2年程経過したならば、父母を説得する予定でした。確か、あの国は王妃が病で儚くなられたので、わたくしが後妻として国王に嫁ぐのも有りかな、と5年程前に考えたものです。


『成る程。そうか。其方はそのように考えておるのか』


 あらいけません。わたくしとした事が、折角ミヤビ様とお話をしておりますのに、意識がミヤビ様から飛んでいましたわ。わたくしは再びミヤビ様を見つめます。


『いや、側妃が居らぬ故な、其方を正妃として王城へ戻す者達も多そうで。其方はどうするのか。と』


 わたくしを王城に戻したい、と思う方々が多く……? 言われてみればその通りかもしれません。元側妃が事件を起こした以上、王太子妃の役目を果たす立場の者はわたくしのみ。王太子殿下とその婚約者の仲を裂いた悪女と思われているわたくしですが、それでもわたくしは“正妃”の立場なのです。


 王太子妃の役目を果たす者を早急に王城へ戻すのは、仕方ないこと。そして、元側妃の事件により、再度側妃を召し上げるにしても、慎重に慎重を重ねる事でしょう。背後関係や思想など、微細に入って調査をして側妃を選定する必要が有ります。


 その間も王太子妃の仕事は有りますし、王妃殿下が病で伏せがちなのは有名ですから、国王陛下と王太子殿下が王妃殿下の仕事を補っている事でしょう。それを元側妃が輿入れして、漸く少しは楽になる……はずだった矢先のこの事件です。再び国王陛下と王太子殿下に負担が掛かっている、と考えなくても解る事。


 新たな側妃を迎える時間を思えば、わたくしが正妃として役目を果たすのも当然。


 ーーもしや、王太子殿下が急ぎの茶会を開きたい、と言った理由とは、お礼目的も然る事ながら、わたくしを王城へ呼び寄せて王太子妃の仕事をさせる、という理由が? 成る程、それならば早急なお茶会も頷けます。


「もしも、王太子殿下がわたくしに王太子妃としての役目を果たせ、と仰るのでしたら、それを受け入れますわ」


『そうか。その折りは、王城に出向いて其方に会う事としよう』


 まぁ! ミヤビ様がわたくしと会いたいために王城へいらっしゃる、と? それでしたら、わたくしは王城に呼び寄せられても構いませんわ! そうして迎えたお茶会当日。わたくしはミヤビ様のお考えが当たった事に感銘を受けました。





***





 離宮に到着し、使用人達が両脇に並び頭を下げて私を出迎えるその先で、未だ成人していないはずなのに、既に離宮の女主人のような佇まいのセレスが、私を待っていた。


「ようこそおいで下さいました、王太子殿下」


 綺麗なカーテシーは、結婚式を挙げ、別れを告げた時と違わず。私は所作の美しさに見惚れて言葉を掛けるのが遅れた事に気付き、「面を上げよ」 とやや上擦った声を出してしまった。セレスはそれに気付かなかったのか、ニコリと笑んで顔を上げるとサロンへ案内する。

 良い天気だったならば四阿の予定だった、と説明を受けながらサロンに一歩入った所で清々しい香りが鼻を擽る。


「香りの良い……花、か?」


「はい。花では有りますがカモミールというハーブの一種でございます。気持ちが安らぐか、と。殿下におかれましては離宮までの旅路、お疲れであられた事にございましょう。旅の疲れを僅かでも癒やして頂けましたら……と思いまして。庭師に頼んで摘ませました」


 そんな心遣いが出来るセレスに、私の心はホッと温かくなる。このような女性が私の妻として、ゆくゆくは王妃として、私の隣に立ち、国民を導いてくれるので有れば。我がレーゼル王国は私の代でも国民は心安らかに暮らせるのではないだろうか。

 そのように考えれば、やはり私はセレスに王太子妃教育……延いては王妃教育を受けてもらいたい、という想いを強くする。

 さて、どうやって切り出そうか。


「殿下」


「なんだ?」


「どうぞ、そちらへ」


 どうやら色々考えていて、私は立ったままだったらしい。優しく諭され腰を下ろせば、離宮の侍女長が茶を淹れて給仕してくれる。香りを嗅げば私が好む茶葉のようで。先ずはこの茶を愉しむ事にしよう、と暫し無言で喉を潤した。


「セレス」


「はい」


 半分程口を付けた後、私は名を呼ぶ。


「頼みが、ある」


「それはどのような」


「王太子妃教育……王妃教育を受けてもらいたい」


 要件を切り出したものの、その返答を待つのは少し、緊張を伴った。


「……畏まりました」


 了承してもらい、安堵の息を吐く。


「そうか。受けてくれるか」


「もちろんでございます。わたくしはアズリー公国よりレーゼル王国に王太子殿下の妃として嫁いだ身。夫である王太子殿下が乞われるのであれば、承諾は当然の由にございます」


「そうか」


「はい」


「では、我が妃として、私の隣に立ってくれるのだな」


「もちろんですわ。政略的な婚姻でしたが、わたくしは殿下の正妃ですから」


「うむ。頼む」


「畏まりました、殿下。ただ一つだけ条件が」


 セレスが条件が有る、という。一体なんだと言うのか。だが、妻の要望を聞くのも夫の務め。私は「申してみよ」 と促した。


「では。……殿下もご存知のように、わたくしは未だ成人もしておりません。当然ながらお世継ぎを産める身体にもございませぬ。妃としてお世継ぎを産むのは義務では有りますが、今のわたくしでは無理にございます。そのような理由から、殿下のお世継ぎを産める成人女性を特例として側妃若しくは愛妾としてお側に上がるよう望みます」


 私は飲んでいた茶を吐き出さなかった自分を褒めたくなった。まぁそのような失態は犯すわけにいかないのだが。要するにセレスの発言にそれだけ驚いた、という事だ。


「世継ぎ、か」


 確かにそれは大事な話だ。寧ろ、現国王であられる父上には、子は私しか居ない。私に万が一が有ったら……と父上に側妃の打診が有った、とは聞いている。だが、父上は突っ撥ねた。私が居るからだ。

 だが、私はセレスに突っ撥ねることは出来ない。

 私には子が居ないからだ。兄弟も無い私は、早急に世継ぎを設けねばならない。

 しかし……。


「セレスの言い分は解った。だが、私はその要望を飲む事が出来ぬ」


「それは」


 何故なのか、という続く言葉を呑み込んだセレスに、私は困ったように笑った。


「迎えた側妃であれ、愛妾であれ、我が子、が、真に生まれて来るのか。子が産まれるまで私は安堵出来ぬ。おそらく疑って掛かるだろう。だから早急な事は承知しているが、今は未だ」


 セレスは痛ましいものを見るような目を私に向けたが、それも一瞬の事で。黙って頭を下げた。


「世継ぎの話は、もう少し先でも構わぬか」


「畏まりました。殿下の良いように」


 疑って掛かる自分が想像出来るが故に、私は未だ世継ぎについて、考えたくなかった。王族の、王太子の、未来の国王の役目から逃げている、と理解していても。

 それだけ、マイラの仕打ちは私の心に傷を付けた。表面上は癒えたように見えても、まだ中は痛む。


「いつか……純粋に心待ちに出来る時が来るだろうか」


 不意に零れ落ちた自分の本音に、なんたる失態、と目を閉じる。王族で有るにも関わらず、本音を零すとは何をやっているのか。私の言葉一つで足元を掬う者が居る、と忘れていたのか……と自分の迂闊さが憎くなる。


「必ず、とは申しません。それは殿下にしか解らぬ事。ですが、わたくしは心待ちに出来る時が来る、と願いましょう。それくらいなら、わたくしにも出来ますわ」


 私の本音を否定もせず、あからさまに媚びるような肯定もせず、静かにセレスは応えてくれた。その静かな声に目を見開いて彼女を見る。セレスは穏やかな目を私に向けて。初めてーー私はセレスをきちんと見た、気がした。


 サミュエルや父上から聞いていた彼女の額に有る聖獣様の証も、視界には入っていたのに、見てはいなかったようで。5歳も年下だと若干侮っていた自分の愚かさに恥じ入る程の、凛とした姿勢。顔の美醜より、その姿勢や所作や心根に見惚れている自分に気付く。

 確かに後数年もすれば美しい女性になろう、セレスの顔。だが、どちらかと言えば、ただ好ましいと思う顔立ち。


 この女性が我が妻なのだ、と改めて認識すると共に、やたらと頬が熱くなっていくのが自分で解る。

 この女性が私の隣に立ってくれるので有れば、この先、国王の座に着いた時の不安や重責にも耐えられそうな気がする。


「頼みが、ある」


「何か」


「あなただけは……私を裏切らないで、欲しい」


 頼みではなく懇願に近い私の言葉に、セレスは目をパチリと瞬かせた後で、ゆっくりと花が咲くような笑顔で頷いた。


「もちろんですとも。私は、殿下の妻として、妃として、嫁いで来たのですもの」


 その言葉が嬉しいはずなのに、今は嬉しくない。

 花が咲くような笑みを見て、私はセレスを女性として好ましく思う自分に気付いたから。

 “レーゼル王国の王太子”としての私ではなく、“シェイドという1人の男”としての私の妻になって欲しい、と欲が出る。


 だが、“今”の私ではダメだ。

 彼女は私を“レーゼル王国の王太子”として見ているだけだから。そして、私の望みは、王太子妃として叶えるもの、としか思われない。

 良く考えもせずに「王太子妃教育を受けて欲しい」 などと言うものでは無かった……と後悔したが、今更それを撤回する気もない。


 セレスは我が妻。王太子妃。未来の王妃なのだから。私の隣に立ってもらうのだから、教育は必要。


「執務も公務も、我が国の歴史や王家の歴史も学んでもらう事になる。出来るだけ早く王城へ来て欲しい」


「では、本日は1の日でございますから、30の日を迎えるまでには離宮を出立しましょう」


「では、王太子妃の部屋を整えさせる。其方の好む部屋にしたいから、追って手紙にでも指示を送って欲しい」


「今のままで構いませんが。費用も勿体ないですし」


「しかし、其方と元側妃とは、好む物も違うだろうに」


「それはそうでしょうが……。殿下がいずれ国王陛下の座に着かれた時は、わたくしも王妃にございます。その際には王妃の部屋をわたくし好みにしても構わないのでしたら、今のままで」


「分かった。では、内装はそのままに、其方が使い易いように変えられる所は変えて構わない」


「それは有り難く思いますわ。わたくしも自分用の物を使用したい物も有りますから」


「王妃の部屋は其方の好みの部屋にする、と約束しよう」


「畏まりました」


「本日の茶会は以上で良い。私の用件も済んだ。これから其方の事を知って行くから城では私との時間も取ってくれると嬉しい」


「畏まりました、殿下」


 自分の要望ばかり押し付けても仕方ない。この辺が引き退る潮時だろう、と判断して。私は案内された客間で一晩泊まる事もせずに帰城する。御者や護衛達は大変だろうが、仕事が溜まっているのも有るし、一刻も早くセレスを迎える準備を進めるよう、サミュエルに手配を頼みたかったのも有る。


 5歳も年下の女性に未だ成人もしていない少女に、恋に落ちるとは思ってもみなかった衝撃を、誰にも見せたくない事が、多分帰城する一番の理由だったかも、しれない。この衝撃を悪いとは思っていない。ただ。まだ私の中だけで温めておきたい、という本音が胸を過ぎった。

















お読み頂きまして、ありがとうございました。

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