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7:壊れかけの王太子はいつの間にか癒される・2

 直ぐに陛下に拝謁を賜れるよう願えば、どうやら侍女長(かんしやく)から連絡が行っていたようで。


「セレス。シェイドのため、との事。今回は咎めはせぬ。よろしく頼む」


 というお声を頂きました。


「かしこまりました、陛下。陛下は王妃殿下のお側に居て下さい。わたくしは王太子殿下が立ち直られるまで、お側におりますから」


「うむ。シェイドが立ち直った暁には少々話したいのだが」


「……それはもしや、わたくしが聖獣様の証を額に抱いている件でございましょうか」


「さすが、賢いな」


「周辺国への周知はお任せ致しますが、だからと言って王城に戻って来る気はございません」


 おそらく、その辺りでしょう、と見当をつけて断言すれば陛下の目が少し細められました。


「ほぅ。そこまで理解していて、戻らぬ、と?」


「陛下。わたくしが誰の娘か、ご存知でございましょう? 本当に怖いのは父では有りません。穏和で控えめでニコニコと笑っている人……の印象が強い、母の方です」


「大公妃か……」


 陛下は最近は止めたようですが、それまで暗殺者をアズリー公国に送り込み、今でも間者を送り込んでいるから、アズリー大公と呼ばれる父ではなく。本来のアズリー公国直系の血を継承している母の方が怖い存在だ、と理解しているようです。父も充分怒らせると怖いですが、父は家族に手を出されるのが怒るスイッチ。母の場合は、何が怒りのスイッチと変わるのか解らない怖さが有るのです。娘のわたくしも偶にどうして今、怒ってますの⁉︎ ということが数年に一度有りました……。尤も普段あまり怒らない人ではありますが。


「お母様は……何故そこで怒りましたの? と、わたくしでも不明な所で怒る事が偶に有りましたので。陛下。アズリー公国とレーゼル王国の友好関係を続けたいので有れば、わたくしが望まない事を行わないのが一番か、と」


「成る程。其方の望まない事を無理やり行わせれば、大公妃は解らぬが大公は確実に怒るな?」


「陛下の慧眼には畏れ入ります」


「ふむ。上手く煽てたな。……まぁ良い。元々其方を離宮に、という話は余が出したもの。余が退くのはまだ先故な。その時は其方には離宮を出て貰わねばならぬ」


「それは……他の離宮では?」


「まぁ、この話は後々だな。……シェイドを頼む」


「御意」


 上手く躱されてしまいましたわ……。でも、取り敢えずは王太子殿下が立ち直られたらわたくしが離宮に戻る事は許されました。陛下が退位なさり、王妃殿下と共に離宮に入る頃に、もう一度この話をするようですわねぇ……。それまでの猶予、という事でしょうか。まぁまだまだ十年以上は先だと思いますが。

 まぁさておき。

 王太子殿下を立ち直らせるお手伝いをしましょう。


 ーーわたくしにそれが出来るかどうかは分かりませんが、同じ傷を持ったわたくしだって親友のおかげで立ち直れたのです。あの時の恩を親友に返せないまま、わたくしは死んでしまいましたが……王太子殿下に還元する事で、親友には許してもらいましょう。





***






 陛下からは、王太子殿下専属の侍従と側近をご紹介頂きました。側近の方は顔色一つ変わらなかったのですが、侍従は嫌そうなお顔ですわ。久しぶりにこんな表情をする方を見ました。あれですわね。王太子殿下と側妃との仲を引き裂いた悪女というやつですわ。……でも側妃が殿下を裏切った事、ご存知有りませんの? まぁ、良いですわ。


 侍従に案内されて王太子殿下の私室へ向かいます。私室は当然ながら執務室等が有る政務を行う区域と違いますので、先に側近のサミュエル殿から王太子殿下の執務室も案内して頂きました。その後、王族が住まう区域へ足を運んで、王太子殿下の私室です。


「殿下は、どのようなご状況ですの?」


「嘆かれ……虚な目をされ……正気では無いご様子」


 わたくしが尋ねれば、専属侍従は痛ましげな表情を浮かべて教えて下さいました。わたくしの事は嫌っても、陛下やサミュエル殿が藁にも縋る思いでわたくしに頼んだ事の重要性を理解しているようで何よりです。


 ちなみに、わたくしの額にチラチラと視線を向けて来ています。説明、するべきかしら。……なんて思う矢先に、わたくしの背後から殺気を覚えます。チラリと視線を向ければ、ケイが視線で人を殺せそうな目をしていました。あら、怖い。止めなさいな。侍従もその目に気付いたのか、顔色を青く変えましたわ。あらあら、可哀想です。


「その、こ、此方が殿下のお部屋にて」


 ケイの目に怯えた侍従が、わたくしの額に視線を向けなくなってから少し。足を止めて教えて下さいました。


「ありがとう。あ、下がらなくて良いわ。わたくしがどんな事をするのか知りたいでしょうから見ていて下さいな」


 侍従が部屋を開けたのと同時にミヤビ様が入って行きました。……ええ、ずっとわたくしと一緒ですの。ですから額がずっと熱を持ってますわ。

 でも、ミヤビ様は何もしないのか、入ったと思ったら部屋の片隅に座りました。ヤダ! 可愛いー! ちょこんですわよ、ちょこん!


 あ、いけないいけない。さすがに今の状況でミヤビ様を堪能している場合では有りませんわ。


「殿下、失礼致しますね」


 侍従に何処にいらっしゃるのか尋ねます。殿下の私室は日本でいう居間と寝室に分かれます。所謂スイートルームってやつですね。そういえば若い頃(日本人としての若い頃)は、スイートルームって甘い部屋だと思ってましたっけ。続き部屋という意味なんですよね、スイートルーム。そんなわけで入って直ぐはその居間部分です。ソファーにテーブルに本棚も置いてあって、言わば部屋、です。ベッドだけ無いお部屋。但し、広さは日本のワンルームなんかとは桁違いですね!

 いえ、離宮のわたくしが使用している客間も同じですけども。


 畳じゃないけど、100畳程は有りそうですかねぇ。いや、判りませんけど。庶民感覚で転生した上、一応大陸屈指のお金持ちの国らしいですが、土地が狭いからずっと暮らしていた公都にあるアズリー城(わたくしが勝手に名付けました。名前なんてなくてただ、城ですので)も当然これほど広くないんですよね……。

 さておき。


 侍従に目を向ければ、当たり前のように続き部屋、つまり寝室へと足を向けます。寝室の前の扉を開ける前に聞いておきたい事が有ります。


「お待ちになって。殿下は、人の区別は付きますの?」


 この質問をした瞬間、侍従は目を丸くしてわたくしを、ハッとした表情で見て来ました。……なんですの。


「何故、その質問を?」


「わたくし、人の心に関する本を読んだことが有りますの。あまりにも心に衝撃が与えられた場合、人によっては、人の区別も付かないそうですわ。人の判別がついても相手に興味を抱かない、とか。何もする気が起きず、それこそ寝るのも食べるのもしたくない、とボンヤリして気絶するように眠ったり、人が与えてくれた食べ物を無理やり口に押し込まれてようやく食べたり……という事も有るそうですわ」


 尤もらしく言ってますが、殆ど前世のわたくしの経験です。あの時の事はうろ覚えですが、親友が側で見守ってくれて立ち直った後に教えてくれました。本当に親友には感謝してもしきれません。


「実は……その通りでございます。私が無理やりスープを飲ませないと食事も取れず。眠るのも億劫なようで、ずっとボンヤリしていて泣きながら気付いたら眠る、の繰り返し。正妃殿下! どうか、どうか、その博識さを持って、王太子殿下の事を……!」


 ああ、わたくしを博識だと思われたのですか。いえ、いくらなんでも医者並みに勉強はしてませんけど。そして何故、正妃殿下とか呼ばれてるんでしょうね。さっきまでわたくしの事を嫌っていましたでしょうに。まぁそれは今は良いですわね。


「何処まで何が出来るか、わたくしも侍医では無いので解りませんわ。ですが、今回の件は痛ましく思いますの。精一杯の事を致したいと思っております」


 これは本音です。侍従も心打たれたような顔になって、その勢いで寝室の扉が開かれました。先程と同じくらいの広さの部屋に片隅にソファーとテーブル。先程よりも小さめですわね。そして中央にはベッドが。天蓋がついていますが、閉められたまま。


「眠っていらっしゃいますの?」


 もし眠っているのなら、と小声で侍従に問えば、何とも言えない顔で首を振ります。


「眠っていらっしゃるのか、起きていらっしゃるのか、判らないのです。目を開けているか閉じているかの差だけで。御不浄の時は何とか寝具から出て下さいますが、それも此方が連れて行くから、で。御不浄に参りましょう、と声を掛けるとそれは理解して頂いているご様子」


「という事は、此方の声は届いていますのね?」


「殿下、と呼びかければ少し此方を見るような感じは致しますし、お食事や御不浄或いは清拭の声には少し反応されますが……」


 成る程。一応声が届いているのなら、回復の兆しは有ります。わたくしは、侍従とケイにそこに留まってもらい、1人天蓋のベッドまで近寄ります。


「殿下。王太子殿下」


 閉まったままですから解りませんね。そっと開けてみますと、目が開いてますから、どうやら起きていらっしゃるようです。


「殿下、王太子殿下」


 今度は布越しではないので反応が見えるはずです。掛布から出ていた右手の指が僅かに揺らぎました。ーーやはり聞こえているご様子。


「殿下、今は昼間ですから、開けますね」


 天蓋から降りていた布を全て開けていきます。王太子殿下は無反応。別にそれで良いのです。悲しみを無理に覆う必要は無いのです。


「殿下、太陽の光が分かりますか? お手を失礼致しますね」


 掛布から出ている右手にそっと触れます。何の反応も有りません。拒否されたら引っ込めるつもりで、ゆっくりと両手で右手を包むように触れます。何の反応も有りません。でも拒否もされていません。反応が無いから当然かもしれませんが、殿下がわたくしを嫌っているのなら、拒否されそうな気もします。

 ……それとも、拒否する気も起きないのでしょうか。


「殿下。太陽の光は気持ち良いですねぇ」


 全開にしたので、窓から陽射しが殿下のベッドにまで届きますが、何の反応も有りません。


「窓を開けてみましょうか。風が気持ち良いかもしれませんよ」


 侍従に目で窓を開けるように促します。実際にはそんなに風が吹いてないですが、空気が澱んでいましたから入れ替えるのは大事です。

 明るくなり、空気を入れ替えた所でチラリと周囲に目を向ければ、このような王太子殿下を見せたくないからなのか、室内の片隅に埃が見え始めました。此処は王城。区域としては王族のプライベートの居住区域ですが、国の顔である以上、どの部屋も……使用されていない部屋も、埃一つ落ちていないのが城というものです。


 つまり、王太子殿下がこのような状態になってからというもの、掃除をしていない、という事です。これはいけません。


 実は前世で親友に助けられてマトモな思考に戻った後。自分の部屋を見て、あまりにも埃だらけで洗濯物がちっとも洗われていなくて溜まったままな事に愕然としました。立ち直った直後、取り敢えず掃除機をかけました。洗濯物も回しまくって干しました。綺麗な部屋を見て、心もスッキリしたものです。


「殿下のこの姿を見せたくない、と思われているのかもしれませんが、殿下が正気に帰られたら部屋が汚い事に愕然としますよ。直ちに掃除を」


 侍従に叱責を含めて命じれば、ハッとした表情で頷かれて部屋を出て行きます。わたくしはその間も殿下の手を握って、反応が出ないか、と強く握って弱く握る繰り返し。やっぱり反応は有りません。

 その間にメイド達が部屋の掃除を始めました。綺麗になると心も綺麗になった気がしますよね。


「殿下。部屋が綺麗になりましたし、空気も綺麗になりました。太陽も暖かいので、少し身体を起こしてみませんか?」


 声を掛けながら、殿下の背に両手を添えます。侍従が慌てて殿下の身体を一緒に起こしました。メイド達が掃除が終わっても未だ居ましたので、下がらせます。殿下は無反応ですが、身体を起こす事は嫌がりません。


「食事の時は起こしていました?」


「あ、いえ……その、スープだったので……。御不浄の時と身体を拭く時くらいでしょうか」


「まぁ、そうですか。まだ時が経っていないから良いのですが、寝てばかりいると、床擦れと申しまして身体に異変が起きますのよ。肌が赤くなったり水膨れが出来たりそれ以上に悪くなったり。ですから、なるべくお身体を起こしてあげるのも他の病気にならずにすみますのよ?」


「そうなのですか。やはり正妃殿下は博学ですね」


「本を読んだだけですわ。王妃殿下も寝たきりでは良くないので、王妃殿下付きの侍女様等にお話下さいませね」


「はい。ただ王妃殿下は、寝たきりではなく、起きている時間も多いそうなので、大丈夫か、と」


「そうですの。では、王太子殿下の事に気を配りましょう」


 上半身をベッドから起こした後、クッションを背中に入れて身体を楽に致します。それから掛布の足の方を剥がします。


「せ、正妃殿下⁉︎ 何をっ」


「寝たきりですと、手や足を使わないでしょう? そうすると、今度は起きあがろうとしても身体に力が入りませんの。ですから足を無理に動かす方がいいのですわ。同じように手も無理に動かすのです」


「はぁ……成る程。そういえば、侍医も寝たきりだと力が戻らない、と仰ってましたが、そういう事なのですか」


「説明されませんでしたの?」


「はぁ。寝たきりは良くないってばかりで。王妃殿下にもそのように仰っていたので、何が良くないのかサッパリ」


 それは侍医の怠慢ですわね。きちんと説明をしなくては理解出来ませんわよ。


「確か御不浄は行けるのでしたわね?」


「はい」


「では、動けますわね?」


「ええと、私や護衛が支えれば」


「でしたら、わたくしも殿下の御身をお支えしますから、散歩を致しましょう。歩けば力を取り戻せますから、殿下が落ち着かれても困らないですわ」


 それに身体的な怪我で寝たきりなのとは違いますからね。心の場合は見えない傷ですから、少しでも気分転換になることは行った方がいいのです。













お読み頂きまして、ありがとうございました。

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