6:作られた幸せだった・2
検品された後、国王自らが膝掛けを確認する。王位に着いた後で王城・離宮の宝物庫を確認した時に見た膝掛けで間違いない。監視役の手紙には確か聖獣が直々に、との事だった。監視役も含めてあの離宮の者全員が聖獣が姿を現した場に立ち合ったのだったか。普段は実体化していないという事だが、セレスのために、実体化したというところか。
となると、やはり王太子の“正妃”が離宮に閉じ込められているのは色々拙いとしか思えない。さて、どうするか。等と考えていれば宰相が戻って来た。無言で監視役からの書簡を見せれば宰相が顔色を変えた。護衛に退室を命じて2人だけになったところで。
「王太子正妃殿下を離宮に閉じ込めておくのは……」
「やはり拙い、と思うか?」
「はい。このような慶事を引き寄せる正妃殿下なれば」
「だが。例の件も有る。アレが片付かないのにセレスを王城へ戻すわけにはいかぬ」
「左様でございますな」
一体誰が国王の視察ルートという必要最低限の人間以外が知り得ない情報を洩らしたのか。それはつまり視察ルートだけでなく極秘扱いの情報を外部に洩らす輩が居る、という事。言わば裏切り者だ。その件が片付かないうちに、セレスの存在を危うくするわけにはいかない。
他国にセレスが聖獣の庇護に入った事が周知される事は構わない。
だが、他国若しくは自国の裏切り者が、セレスが聖獣の庇護に入った事が気に入らず秘密裏に殺そうとするのなら、それは王族を弑する叛逆者と言える。もっと言えば、現レーゼル王国の王朝に対する簒奪とも言えるのだ。
さすがに黒幕も判らないうちにセレスを王城に呼ぶ事は出来ない。
「早急に見つけねばなるまい。それまでは余とその方の胸の内だな」
「御意」
***
それから時が過ぎて花々が移ろいゆき。
日に日にそれ、と判るマイラ妃のお腹の膨らみ具合に、城中の者達は健やかな子が生まれるのを王太子共々心待ちにしていた。
但し。
国王並びに宰相だけは、そんな空気に呑まれる事なく調査員の報告を聞く度に神経を尖らせていく。
ーー曰く。
ーー確実な証拠を手に入れられてはいないが、陛下の御身を危険に曝しているのは、おそらくジテルデ侯爵であるレンダ・レノクその人。
国王も宰相もその名に衝撃を受ける。
彼の男が視察といえど、秘する必要の国王の行き先を他者に洩らし、警戒を高めさせていた、というのか。
そんな気持ちと。
一方で、アズリー大公を見下す発言からも解るように、我が国の者ではないと下に見る発言が多々有ったり、時に国王に対しても不敬擦れ擦れの発言をしていた所が有ったから納得出来る。
そんな気持ちも有る。
だが、それでも大臣職まで得ながら、国王を、若しくは国そのものを裏切っているというのは信じたくない。
一方で、この件について調査を担当している調査員は、信頼に足る人物。国王に心酔し、国王のために粉骨砕身で働く気概を負った、国王の3番目の弟。弟とジテルデ侯爵が組んでいない、とも言い切れないがその可能性はかなり低い。
何しろ弟は国王が王太子の位に継く前から王位継承権を放棄し、国王に忠誠を誓ったのである。
ジテルデ侯爵の真意は不明だが、万が一弟を傀儡にして国を牛耳るつもりならば、弟は傀儡にされる事を良しとせずに自害するだろう。そういう一本気なところが弟には有ったからこそ、今回の件の調査を依頼した。
その弟が言うのだから信を置ける。
それにしても、発言が度々他者を下に見る所が有った男では有るが、まさかジテルデ侯爵・レンダ・レノクとは……。
「厄介な」
国王は吐き捨てるように述べ、宰相も強く深く頷く。
「子が産まれてから考えるべきか」
「いえ、別に切り離して考えるべきでしょう」
国王は子どもが産まれてから決着を、と考えるが宰相は、それとこれは別だという。どちらにしても面倒になる事は理解している。
ジテルデ侯爵。レンダ・レノクの娘が、マイラ・レノク。王太子の長年の婚約者にして、正妃として嫁ぐはずが側妃として迎えられてしまった悲劇の令嬢。相思相愛の王太子との仲を邪魔した正妃であるアズリー公国の公女・セレスは王城内どころか国内では不人気で反感を買っている。その、マイラの父が裏切り者かもしれぬ、となれば。
「国民達からどのような目を向けられるか」
ポツリと国王が溢す。
ジテルデ侯爵はマイラ妃の父だ。国王に不満を抱いていたのではないか。くらいならともかく、ジテルデ侯爵を破滅に追い遣るために誰かがーー正妃・セレスがーー罠に嵌めたのでは、などと根も葉もない事を噂されては、アズリー大公も黙っていない。
「さすがに大公に出て来られては……」
宰相も苦い表情を浮かべる。セレスが王太子とマイラと共に結婚をした時、殆どがセレスを邪魔者と思っていたようだが、大公はそんな空気も丸無視で号泣していた。それをレーゼル王国の貴族達は失笑していたようだが。
国王と宰相は、その大公の怖さを知っていたために笑えなかった。
アズリー大公は、その気になればレーゼル王国を易々と手中にするだけでなく、周辺国を黙らせる程度の実力は有る。ただ、その気にならないだけ。レーゼル王国としても寝た子を起こすような事はしたくない。のんびりしていて穏やかな気質だからこそ、金の発見の情報を掴んだ国王が、金を献上しろ、と飾り立てた言葉で暗に要求した事を受け入れた。それを国王も宰相も理解している。
だが、大公は家族に手を出す者に容赦は無い。
アズリー公国へ暗殺者が送られても1人も帰って来ないのが、その証拠。国王はそれを理解しているから、セレスの事も手出しをする気が無かった。だが。セレスの存在は離宮に押し込めたまま、というわけにはいかないものになり。もしもそれに気づいたジテルデ侯爵が、何かーーセレスに対して仕出かすようだと厄介。
そう考えるともう産月に入っているマイラとは切り離してジテルデ侯爵家……レノク一家を捕縛の方向で考える必要が有るかもしれない、と国王も宰相も考えた。
そこへ。
慌ただしくノック音が聞こえ、扉の向こうから護衛の声が聞こえてくる。宰相が応えれば
「マイラ妃殿下、産気付かれた由」
という。
どうやら生まれてから対処する事になりそうだった。
***
同じ頃。毎日、執務の間や寝る前まで、とにかく時間さえ有ればマイラを労っていたシェイドは、産気づいたという報告に、慌ててマイラの元を訪れる。産婆や侍医からは、出ているように言われてしまい、仕方なしに部屋の前で待つ。
どちらの子が生まれても喜ばしいとは思うが、国民は男児を期待していよう。次代を望むのは、シェイドの心にもある。国王や宰相もやって来てシェイドに落ち着くよう告げるが、そうもいかずにソワソワ・ウロウロとシェイドは動き回る。出産は人によって違うそうで、父である国王からは、自分が産まれて来るのに1日以上かかった、という。その間に絶え間なく痛い、と声を上げていたようで、今でもその母の声が耳に残っているそうだ。宰相からは、息子はあっという間に産まれた気がしたが、娘はやはり1日以上かかったそうだ。シェイドは、こんな状況を1日も……と息を呑んだ。
尚、王妃はシェイドを産んでからは体調を崩しがちで、執務は午前のみ。公務も“王妃”が必要なもののみの最低限だけを行っている。シェイドが結婚した時も最後までは出席出来なかったが、それでも嬉しそうだったし、マイラが懐妊した事を聞いても嬉しそうだった。今も部屋で生まれてくるのを待っている事だろう。
そんな母である王妃の事を思いながら、だからこそ、落ち着け、という父の言葉は理解出来たものの、やはり落ち着かない。ソワソワ・ウロウロ。ソワソワ・ウロウロ。シェイドの中では、既に1日が過ぎたような感覚だというのに、実際は未だ半日にも満たない、という事を何十回と繰り返した頃。
オギャア
オギャア
オギャア
泣き声が……っ
「そんな、妃殿下! この赤子はっ……」
侍医の取り乱す声に産婆の「なんていうことっ」 という声が聞こえて来て、シェイドは待ちきれずに中に入る。シェイドが入って来た事で取り乱す侍医と産婆。
「王太子殿下! まだ、未だ入ってはなりませぬ!」
必死に止めようとする侍医に
「我が子が生まれたのだろう!」
シェイドは一喝する。マイラの生家から共にやって来た侍女が赤子を抱いているが、何故か喜びというより青褪めた表情。
「ああ、マイラ。良く頑張った。ありがとう、マイラ」
産んで直ぐだからか、顔色の悪いマイラに労いの言葉をかけつつ、侍女に子を見せるよう告げるが、首を左右に振るばかりでどうにもならない。シェイドは焦れて我が子を見ようと覗き込んで……
絶句した。
建国神話や世界の成り立ち神話はあくまでも“お話”で有るが、歴史上“聖獣”は度々登場するくらいには世界には不思議と言うべき事象が有る。
その一つが、
【国王直系の子は必ずその血筋の色の子で有る】
という事。
どういう事か、と言えば。そのままの意味だ。シェイドが父王と同じ髪色と目の色をしているように、その父王もシェイドの祖父と同じ髪色と目の色をしているように。その祖父も曾祖母と同じ髪色と目の色をしていたように。
直系だけは同じ髪色と目の色をしている。
この不思議は、何処の国の王家でも同じ事で。
セレスがアズリー大公女の直系である事を示す大公妃と同じ白に近い金髪に白に近い灰色の目をしているように。
レーゼル王国でも直系の王族は薄紫の髪色と金色の目をしている。先代国王も現国王もシェイドも、同じ色合い。
同じ王家でも直系で無くなると色は変わるし、レーゼル王国から分かれてアズリー公国が出来た時のように国が違うとやはり色が変わる、と言われている。そんな不思議な事象が有る。
つまり。
マイラが産んだ子が間違いなくシェイドの子で有るならば、薄紫の髪と金色の目をした子でなくてはならない。
だが。
「何故……」
掠れた声がシェイドの耳に届く。
一体誰の声なのだろう。
その声にシェイドは聞き覚えが有るような気がした。
「何故、我が子の色が……薄い青色の髪とマイラと同じ翠の目なんだ?」
その声は遠くから聞こえているようにも近くから聞こえているようにもシェイドは思う。
絶望した声。
酷く喉が渇く。
届いた声の発した言葉がシェイドの頭に響いてーー
ようやくシェイドは、その声が、その言葉が、自分のものだと理解した。
途端に
「う、うぁあああああ!」
絶叫が室内に響く。
赤子が触発されて泣き出す。
国王と宰相は本来なら入るべきではない、と理解しながらもシェイドの異変と先程の侍医と産婆の騒ぎように、無理に室内に押し入った。
膝から崩れ落ちて頭を抱えて叫ぶ王太子。
国王と宰相は真っ青な顔色の侍女が抱く赤子を見て、何事か悟った。
ーーその赤子は紛れも無くマイラの不貞の証だった。
「貴様っ。王家を謀るとは何事かっ!」
国王はマイラを叱り飛ばす。いや、怒りで顔を赤らめ怒鳴り付けた。宰相に騎士を呼ばせ、この部屋にマイラを閉じ込めるよう言い渡す。やがてやって来るで有ろうジテルデ侯爵一家も捕らえるよう宰相に命じて心を壊しかけているシェイドをその部屋から抱え連れ出し、王太子の執務室で朗報を待つサミュエルに簡潔に情報を伝え、シェイドを託した。
薄い青色の髪は、マイラが侯爵家から連れて来た護衛と同じ。翠の目はマイラと同じでは有るが、髪と目の色が違う以上、不貞の証でしか無い。これがマイラと同じ銀髪だったとしても、不貞だ。シェイドの子は薄紫色の髪に金色の目で無くてはならない。
怒りは有るが、それを上回る程冷静になって、国王はこれを機にジテルデ侯爵家の罪を暴く事にした。
***
シェイドが徐々に落ち着いて来たのは、マイラが子を産んでから1ヶ月以上経っていた頃だった。
その頃には何故か、セレスが当たり前のように側に居た。いや、何となくセレスが声を掛けて来たり外に連れ出したりしてくれていた……ような気がする。記憶が朧気だが。
ただ、正気に返ったシェイドは、セレスが側に居る事が嫌では無い。なんだか落ち着く気もしていた。
執務室に足を運び、久しぶりにサミュエルを見た気がした。
「サミュエル」
「殿下……だいぶ、落ち着かれたみたいですね」
「うむ。……済まなかった」
「いいえ。シェイド殿下が元側妃を心から愛していたのは解っています。それ故に裏切りは殿下の心に負担を掛けた。寧ろ、良く戻って来て下さいました」
ほつれた茶色の前髪から覗き見る薄いラベンダー色の目は涙で潤みつつ、頭を下げた。
「うむ。……いつの間にか、セレスが隣にいた」
「はい」
「それが不思議な程、悪くなかった」
「……そうですか」
「サミュエル。あの後の事を教えてくれないか」
「はっ」
未だ胸は痛むが、それでも冷静になってマイラのその後の事を聞く。
サミュエルから聞かされたのは。
先ず、国王を裏切っていたのが、ジテルデ侯爵、レンダ・レノクその人だった事。
国王の視察地を関係ない大臣に洩らす事により、国王と宰相と王太子がどのように動くのか、観察していた事。
ジテルデ侯爵の目的は、レーゼル王家から国を奪い、アズリー公国へ攻め込んでその豊富な資源を手中にするつもりだった事。
「そんな大それた事をマイラの父が考えていたのか……。ジテルデ侯爵一家は捕われたのか?」
「はい。ジテルデ侯爵・夫人・嫡男モレノは、あの日のうちに捕縛され、王城の地下に有る牢へ。元側妃は産後の処置を終え、産婆の話から1週間はあの部屋に軟禁。その後、一家と同じ牢へ。そこで、ジテルデ侯爵が元側妃に、このような所で失敗して足を引っ張るとは。と、怒鳴る声から、どうやら元側妃も計画を知っていたと思われる事。全てを鑑みて国王陛下は一家を処刑としました。つい先日、執行されております」
「そう、か。マイラは……居ないのだな」
あれほど愛し合った……と思っていたマイラがこの世に居ない。相思相愛は、シェイドの幻だったようだが、それでもその最期は見届けたかった……気がする。
「元側妃にお心を残されておりますか」
「そういうのとは違う。裏切られ絶望し、怒り、嘆いた。だが、そういったものをマイラにぶつけよう、という気持ちは多分、通り越して。ただ、その最期は見届けるべきだった気が、したのだ」
「左様でございますか」
「うむ。……護衛と赤子はどうした?」
さすがにシェイドもマイラの不貞の相手が護衛だった事は気付いていた。薄い青色の髪はマイラが侯爵家から連れて来た護衛と同じ髪色だ。思えば、侯爵家から連れて来たい、と結婚前の申し出は、もしかしたらその時からマイラは護衛と恋仲だったのかもしれない、とシェイドは思った。
「護衛も共に処刑。赤子は秘密裏に孤児院へ。国民達には、ジテルデ侯爵一家が王位簒奪を企てていた、と説明。赤子は死産だったとも。それが公式です」
「そうか」
思えば、相思相愛で優しく気高く王太子妃に相応しいと思っていたマイラは……
「作られた存在だったのかもしれない、な」
「殿下?」
シェイドのポツリと溢した声にサミュエルが首を傾げる。
「いや。今までの婚約者として、妻としてのマイラとの関係は、作られた幸せだったのかもしれない、と」
「作られた幸せ」
「マイラが作り上げた幸せに、私はそうとは気付かず、幸せだと酔っていたのだろう」
サミュエルは無言で頭を下げた。
取り敢えず仕事をしつつ、シェイドは心の整理を付けねばならない。未来の国王として、こんな事に囚われていてはいけないのだ。
ポッカリ空いた心の真ん中は見ない事にして。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




