1:喜んで離宮に参ります
1話の文字数が多めです。(つまり長め)
小国ながら資源豊富なアズリー公国。大公であるロベルト・アズリー大公の統治の元、国民は穏やかに過ごしていた。
ロベルト大公の統治5年目にして、アズリー公国は窮地に陥った。その年、公国で発掘調査が行われていた古代遺跡から見た事も無い量の金が発見された。
当然、その所有はアズリー公国のもののはずだが。ただでさえ鉱山からエメラルドやルビー・サファイア等の宝石の原石が豊富に取れる国に、今度は古代遺跡からの金。
元々周辺国はアズリー公国を手中に収めようと、大公とその家族を亡き者にせん、と暗殺者を送り込む国も有れば、政略結婚を結ぼうと大公に側妃を送り込もうとする国、或いは貿易で有利になるよう大公の懐刀と言われる家臣達を籠絡しようとする国など、常に狙われていた。
侵略戦争が起こらないのは、公国の半分が鉱山で下手に侵攻すると資源が無くなる可能性が有り、迂闊に手を出せないこと。残りの国半分のうちの更に半分は海に面しており、残りの半分は、元々友好国として交流していたレーゼル王国と地続きだから。
つまりアズリー公国に侵攻するならば、レーゼル王国を何とかしなくてはならないが、生憎レーゼル王国は簡単に侵攻出来る程弱小な国では無い。結果的に侵略戦争が起きていないだけ。
レーゼル王国は遥か昔はアズリー公国と共に一国でその頃は国名も違ったが、当時のレーゼル王国国王陛下が年の離れた弟に領地を与えたのがアズリー公国の始まりとされる。
その頃のレーゼル王国はアズリー公国より豊かで栄えていたから、そこから数十年下ってアズリー公国が一領地から大公を国主とした国になっても、別段レーゼル王国は気にならなかった。
その頃には名前もレーゼル王国とアズリー公国に変わったし、遠い遠い親戚みたいなもので、友好国として国同士の交流をする事にも違和感が無かった。そうして月日が立ち、アズリー公国と友好の誼を築くか大公一家を暗殺して国を乗っとるか、そんな国ばかりでもレーゼル王国だけは昔から変わらなかったし、やや国力は落ちたものの、だからと言ってアズリー公国をどうこうしようとは考えていなかった。
ーーこれまでは。
ところが、厄介な事にレーゼル王国からの交流を目的とした使者が来ていた所で、古代遺跡からの金発見。レーゼル王国とアズリー公国を含む周囲の国々にとって、金は富の象徴だ。
その一報を使者が滞在中に受けた。もちろん、使者には知られないように極秘扱いしたが、慌ただしい空気は一国を代表する使者には誤魔化しが利かず……。
使者が秘密裏に調査して古代遺跡の金の存在がバレた。
それにアズリー大公が気付いたのは、レーゼル王国国王陛下からの密書を貰ってからだ。アズリー公国も慌ただしかったが、レーゼル王国からの使者がやけに慌てて帰った事にアズリー大公は気になったものの、気のせいにしてしまった。
おかげで金の情報をレーゼル国王陛下に知られてしまい。さすがに金の存在は無視出来ないレーゼル国王陛下から、詳細な情報を寄越せ、と言われる次第になった。
此処でアズリー大公は己の甘さを痛感したが、起こってしまった事はどうしようもない。今更隠しても無駄だった。かと言って、放置しておけば、事態は悪化するのが目に見える。それこそ、レーゼル王国以外が本気でこの国を侵略しようとレーゼル王国を巻き込んで戦争を起こす可能性の方が高い。
アズリー大公は密書の返事に金を友好の証として献上するから周辺国には内密に、と申し出た。レーゼル国王陛下も周辺国に知られれば自分達の国を巻き込んで戦争になる可能性は理解していた。
とはいえ、一度や二度の献上ではたかが知れる。レーゼル王国は、少しずつ繁栄に陰りが見えていた。そこでこの金発見だ。大量に流通させれば周辺国に目を付けられるが、だからと言って国を衰退させたくない。
そこで、考えられたのが、アズリー公国の公女とレーゼル王国の王太子殿下との婚姻だった。
公女を輿入れさせる事で一度や二度の献上ではなく、定期的に献上させる事を国王陛下は考えたのである。
これを断ればレーゼル王国も戦火を免れぬと理解しながらも周辺国へ情報を漏らす、と言われればアズリー大公としては選択肢が無かった。
そうしてアズリー大公の娘・セレス公女の輿入れが急遽決まった。
***
「どういう事ですか! 陛下!」
レーゼル王国王太子・シェイドは怒りに震えながらも、先触れを出して父であるレーゼル国王に時間を取ってもらい、今、こうして此処に居る。
「どういう事も何も無い。お前は王太子。国の為の婚姻も有る事は教育を受けていて知っているだろうが」
息子であるシェイドの怒りの内容など理解している国王は、「王命だ」 と一言告げた。王命では仕方ない。ぐっとシェイドは怒りを呑み込む。けれど言いたいことは言わねばならない。
「我が婚約者・マイラはどうするんです?」
「マイラ嬢は側妃として迎えよ」
「マイラを側妃に⁉︎ 公女を側妃にさせればいいでしょう⁉︎」
またシェイドの気持ちが揺らいで興奮する。それも仕方ない事。レーゼル王国の侯爵家では有るが、公爵家に令嬢がいなかったから、シェイドの婚約者は侯爵令嬢なのだが、シェイドと同い年。
美しく、賢く、王太子妃教育も程なく終わりを迎えよう、としていた相思相愛の婚約者を側妃にするなど、シェイドは有り得ない、と父王に問い詰める。
「そうだ。マイラ嬢は何も無ければ正妃として迎える予定だった。だが、セレス公女を正妃に迎えなければ、彼女を守れん」
「公女を守れない? そんな事、私は知らない。娘も守れない無能な大公の責任でしょう!」
「そうではない。お前は聞いてないのか」
父王に訝しげに問われ、シェイドは少し落ち着く。聞いてない、とは何のことか。
「本当に聞いていないのか? 宰相から話をするよう伝えたのだが」
「宰相からは……公女を正妃にしろ、としか」
おそらく、その理由を話そうとした矢先に激昂したシェイドが父王の元に来てしまったのである。
「はー。少しは冷静になれ。この国の王太子だぞ!」
父王に叱責されてようやく口を噤んだシェイドは、この婚姻の背景を聞かされる。
「金が?」
「そうだ。さすがに金が発掘されたのに我がレーゼル王国への献上品に入れないわけがないだろう。だが定期的に此方は献上されるに辺り」
「理由が無ければ、他国から目を付けられる……」
「そうだ。我が国を巻き込んで戦争になる事は避けられない。これは我が国が戦地になるのを防ぐ為の婚姻だ」
つまり、周辺国に金の存在を内密にする代わりに婚姻を結ぶ、と言っているのだ。
確かにこれ以上あの小国に富を持たせれば、レーゼル王国を蹂躙してでも他国は攻め入るだろう。戦火に巻き込まれれば国民の命は呆気なく儚くなる。だが側妃でも問題無いはず、と考えてハッとした。
「アズリー公国の公女を側妃にすれば、アズリー公国に何かが有ったと判断される……。そこから金の存在がバレないために、友好国の絆を深める為、としての正妃入り……」
「そういうことだ」
父王の言う事は理解出来た。
感情としてはついていかない。
だが、受け入れないわけにはいかない。
国を蹂躙されるのは、アズリー公国もだろうが、レーゼル王国も受け入れ難い。
「マイラ嬢にもこの背景は口にするな」
「説明もするな、と?」
「友好国同士の絆を深める為の国同士の婚姻、と伝えよ」
「そんなっ」
「お前には未だ話さないつもりだったのだが」
「未だ何か?」
「どうも、我が国の情報が他国に漏れている可能性が有る」
「どういう事です⁉︎」
「余の視察行程を知らないはずの大臣が、視察地に現れた事がある」
「……偶然では?」
「大臣とは何の関わりも無い視察地に余が視察中に偶然、か?」
「……可能性は低いですが、有り得ましょう。ですが」
シェイドはそれよりも情報が漏れている事の可能性が高い事を疑った。それは父王でなくてもそう考える。
「誰なのか探らせているが」
「判明しないうちは、誰で有っても話すべからず、という事ですか」
元々聡明さで有名な王太子だ。
今回は相思相愛のマイラの事が有るため激昂してしまったが、こういった話を冷静に聞いて思考・判断出来る人物である。渋々だが納得した。
「公女は正妃に迎えます。ですが、離宮に追いやって宜しいですね?」
「その方が命を守るのに良いだろう。構わん。公女との間に子を作るつもりが無くても良い。どのみち3ヶ月後のお前とマイラ嬢との婚姻に同時にセレス公女との婚姻も行うからな。3ヶ月後では、セレス公女も閨を行える年齢では無い」
「マイラとの婚姻式に合わせて婚姻しろ、と?」
「そうだ。マイラ嬢には申し訳ないと思っている。侯爵家には明日登城するよう申し渡した。お前も立ち合え。お前は明日もう一度余に反発しろ」
「どういう……?」
「それくらいの気概を見せねば、マイラ嬢はお前を疑うだろう。それは余も忍びない。お前達の仲を裂こうと思っての事では無いからな」
「……ありがとうございます、父上」
「うむ。だが、セレス公女にお前達は冷たく当たるな。公女自身、自らの立場を理解しつつも急な婚姻なのだ。お前達同様、突然の事に戸惑っているはずだ」
シェイドは、父王の優しさを垣間見てようやく落ち着いた。
そうだ。この婚姻、セレス公女の我儘などで割り込んだ話ではない。公女自身、この婚姻が成されなければ公国が戦火の渦に呑み込まれてしまう事を理解して来るだろう。それもこのレーゼル王国を巻き込んでの。そう思えば、公女だってこの政略結婚の犠牲者なのかもしれない。
公女との間に子を作る必要も無く、ただ、身柄を預かるのであれば……。
シェイドは少し溜飲を下げた。
だが。
この婚姻の背景をきちんと説明されないマイラが納得するかどうかは、また不明だという事も、シェイドは危惧していた。
結論から言えば。マイラは納得しなかった。当たり前と言えば当たり前だが。
「父上! いえ、陛下! 発言の許可を」
マイラを含めた侯爵一家は登城早々に聞かされた話。さすがに侯爵は表情には出さなかったが、夫人・マイラ・弟であるモレノは顔を歪めた。そして、夫人は許可無く「何故、いきなり!」 と悲鳴を上げる。その気持ちは理解出来るため、レーゼル国王は不敬としなかった。
それに、この侯爵夫人は元々男爵令嬢でマナーの下地が下位貴族のものなので、咄嗟の事になるとどうしてもこうなってしまう。本来なら不敬として咎めるべきだし、マナー違反で叱責してもおかしくないが、大目に見る事にする。
「これは国同士の契約だ。異論は認めぬ」
と非情な言葉を紡いだ国王の言葉の直後にシェイドは発言の許可を求めたわけである。国王が許し、昨日と同じ遣り取りを行って、父王に抗議する姿を見せた事で、夫人もマイラもモレノも溜飲を下げた。
特にマイラはシェイドが自分の事を変わらず愛してくれている、と安堵もした。侯爵も僅かに表情を変えたのでおそらく納得したのだろう。
「では、友好の証として、急遽なのですね?」
だが、やはりあまりにも突然の事。侯爵の問いに国王はもう一つ、と声を落とした。
「元々あの国が周辺国から狙われているのは知っているな?」
侯爵は首肯する。
「大公はどうやら公女を守り切れないようで、此方に守って欲しいと内々に連絡して来た」
「無能な大公ですな」
たとえ、非公式の場で有る今でも、侯爵の発言は他国への侮辱だ。
昔からこの男は、やや自信過剰な所が有ったが……と国王は思いつつ、その言葉に賛同はしない。当たり前だ。
とにかくそんなわけで、公女の身の安全を確保するための婚姻で、公女は離宮へと迎え入れる事を話した。但し、国内に3つある離宮のうちのどれ、とまでは話さない。それを知るのは国王と宰相のみである。
シェイドにも通達はされない。そこまで説明して、ようやく夫人・マイラ・モレノは矛先を収めた。
しかし、少しくらいは我儘を、とマイラの意向を国王は尋ねる。
「では、婚姻の際にわたくし付きの侍女を連れて来る事をお願いして有りましたが、もう2人侯爵家から侍女と、わたくし付きの護衛を1人、王家へ」
「良かろう」
それくらいなら、と国王は鷹揚に頷く。こうして表面上は納得して侯爵一家は引き下がった。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
猫が登場する作品を書きたくて仕方なかったから始まった作品です。