7話 物騒な出会い
淡い光に包まれた後、アオイが目にしたのは凄まじいものだった。
それは砂丘のような緩やかな起伏を魅せ、優しく吹いた風により葉裏の深緑をチラつかせている…草原だった。
アオイが居た日本では確実に見れないだろうその光景が、アオイの心を奪うのは当然のことだった。
「やべー、すげー、本気で異世界って感じだ。」
語彙力皆無の感想を零す。それほどまでに美しいものだった。
「って、いかんいかん。とりあえず何かしねーと…。って?何すればいいんだ?」
フル・ブルームを救う、それはマキ達から頼まれたし承諾した。だが、転移直後何をすればいいのかは聞いていない。
「よくある展開なら、魔物的なものに襲われてるヒロインを助けるとか?」
と、ここでアオイは自身の記憶を蘇らせて気づく。アビリティを貰ったことを。
「とりあえず、やってみるべきか?こう…感覚で?」
アオイ両手を広げ前に突き出す。そして「はあぁぁぁ…」と言って力を込めようとした瞬間、視界の隅に映った毛並みにまたもや心奪われた。
白いモフモフの毛玉に可愛らしい四本の足、綺麗な三角の耳が二つ。
「もしかして…ネコ?」
それは何処からどう見てもアオイが居た世界でのネコだった。しかもそれが数匹。その愛くるしい姿にアオイのモフりたい欲求がどうしようもなくくすぐられる。そしてその欲求に身を任せモフりに行こうとしたその瞬間ー。
「ー閃電!」
そのモフモフを突如現れた凄まじい速さの電光が駆け巡る。それはアオイがモフモフ触れる直前のことで、突然のそれに腰を抜かしてしまう。
「ぬおわ!で…電撃?どっから…?不意打ちとか、武士の風上にも置けないやつじゃあねえか!!訴えるぞ!!」
アオイはびびった怒りに任せ、術者をとりあえずディスる。するとその声を聞きつけたのか、さっきの電光が現れた背の高い草木の奥から、ガサガサと足音がきこえた。そしてー
「何よ、助けてあげたのに。無礼極まりないわね。武士の風上にも置けない。これだから人間は。ビリろうかしら。」
と、弓を持ったアオイと歳の変わらなさそうな少女が現れたのだった。
現れた少女は薄い緑がかった金髪をサイドポニーにし、緑ののリボンで飾っていた。つり目の緑眼に、口にはほくろ。俗に言う美人であった。
「ビリる前に、顔だけでも拝んでやろうかしら。さぞ、失礼な顔してるんでしょうねって、うっわ、まじじゃん。変なかっこ」
「いや失礼な顔って失礼だろ!つか、誰だよ!俺死にかけた!」
変な格好と言ってきた少女に文句をつける。するとその少女はいかにも心外と言うような目を向けてきた。
「あたしが、あの程度でミスるわけないでしょ?それにあんた、あたしのこと知んないの?ビリるよ?」
どうやら自分は有名人と思っている自意識高い系の
子らしい。あるいは本当に有名人かもしれないが。だが、どっちにしろたった今転移してきたアオイにとって目の前の少女は全く知らないのである。
「いや、ごめん。知らねえわ。」
と言ったら、少女は目を見開き、驚いた。
「そんな…私を知らない?」
愕然とし、持っていた弓を落とす。ガーンという効果音が鳴り響きそうな一場面。だが、少女はすぐに切り替え、弓を拾う。そして腰に手をあて自身の名を宣言する。
「あたしの名前はアプリコット・リボン!そう、あのリボン家の跡取り候補。あのリボン家!このピアスを見ればわかるでしょ?」
そう宣言し、どんと胸を叩く。そして輝く雫の形をしたピアス。だが、それを見せられたところでアオイからしたら、
「ごめん。全くわがんね」
「そんなぁ!?」
どれだけ説明しようとわからないものはわからない。そもそもたった今フル・ブルームに来たばっかなのだ。マキからそんなこと聞いてないし、わかるわけが無い。だが、それも目の前の少女…アンズにとっては知る由もないことで、ガックリと膝を着いている。流石にアオイにもそれは哀れに思えた。
「た…ぶん、俺が知らないだけだぞ?」
その一言で、アプリコットがどれほど喜んだかアオイは分からないが、彼女は拳を突き上げ、ガッツポーズをとった。
「そう…そうよね!知らない方が可笑しいのよね!こんな失礼な顔したやつに…って、あんた、名前なんなのよ?」
「おおぅ、そっか、そーだな、それじゃ、名乗らせてもらう。」
今度はアオイがどんと胸を叩き名前を宣言する。
「俺の名前はリッカ・アオイだ。よろしくな!」
「よろしくも何も、ビリるから関係ないわよ。」
「あまりにも無慈悲!」
そんな野蛮な会話が、アオイのフル・ブルーム住民との初会話となった。