派遣勇者-SENT BRAVE-(5)
「この世界を救う・・・」
余りにも漠然とした、かつスケールの大きさに呟きが洩れる。
「今この世界には2つの国家があり、その2国で戦争が行われています。AI搭載のドロイドによる無人戦闘を得意とするアシリマ合衆国。機動性に優れたパワードスーツ部隊による電撃戦を得意とするアイッスル連邦。この2か国の戦争を終わらせることが私の願いです。」
戦争を終わらせる。そんな大それたことが僕にできるのか?
話の内容からゴーレムと呼ばれていたロボットはアシリマ合衆国のものだろう。あれ一体を倒すのでさえ満身創痍。もう一度あれと戦えと言われても勝てる自信は全く無い。思い悩んでいるとノアさんが僕の手を強く握ってきた。
「勿論、私達もあなたと共に戦い、最大限バックアップします。私たちに頼れるのはあなたしかいないのです。どうか私達を、この世界を救って下さい。」
あの時と同じような瞳で見つめてくる。握られた手から彼女の驚くほど低い体温が伝わり、再び母の言葉を思い出してしまう。
どうせ彼女の願いを叶えなければ元の世界には戻れないのだ。ならば、
「僕なんかが力になれるのなら、やらせて下さい。」
そう言うと彼女は笑みを浮かべながら、感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます」
不思議だ。声も顔も似ている訳では無いのに、何故か彼女と話していると母を思い出す。
「詳しい話は明日にしましょう。今は十分に体を休めて下さい。」
そういうと彼女は部屋の入口の方へ行くと灯りを消し、
「お休みなさい。」
久しぶりにする挨拶をこちらも返す。
「お休みなさい。」
彼女の足音が遠くなるのを聞きながら、布団を被り瞼を閉じる。僕にこの世界を救うことなど本当にできるのだろうか。一体これからどうなるのか。またすぐに戦うのか。頭の中を様々な不安が通り過ぎて行く。
元の世界は僕がいなくなってどうなっているのだろう。何日もこの世界で過ごすことになれば、連休も過ぎて当然学校を無断で欠席することになる。担任には実家に帰る旨を伝えていたので、学校は連絡を取ろうとするだろう。しかし、電話も繋がらないし、訪問しても家には誰もいない。そうなれば結果的に行方不明扱いになるのではないか。
その考えに至りハッとした。ひょっとすると叔父も勇者としてこの世界に呼ばれたのではないか?それなら家の鍵も掛けずに突然消えた理由も説明できる。明日ノアさんに確認することを忘れない様、強く念じながら目を閉じる。体が疲れているのか瞬く間に眠りに落ちた。
_______________________
医務室を後にし、会議室へと向かう途中にロムアから話し掛けられる。
「司令。彼は大丈夫でしたか?その・・・。戦ってくれそうですか?」
戦ってもらわなくては困る。
「ハイ。共に戦うことを快く約束してくれました。」
そう伝えると彼は、
「でしたら百人力ですね!伝説の勇者が味方なんですから!!」
興奮した面持ちで言うロムアを見つめる。どうやらゴーレムに殺される寸前でユースケに助けられたことで、彼をかなり過大評価している様だ。
「そうですね。ユースケを新たな戦力とした作戦の説明を30分後に行います。全隊長に出席するよう連絡して下さい。」
指示を出すと彼は「了解しました」と足早に駆けて行った。
指令室に入り、金庫からトライガンを取り出す。目を閉じユースケとゴーレムの戦闘記録を再生する。ユースケに力が無いため、あの場は仕方なくトライブルーに変身させた。
たかがゴーレム、しかも量産型一体にあれだけ手間取るとは。
トライガン内部に残留する大量のナノマシンにより機能が阻害され、本来の性能の3割も発揮できていない。これではアシリマやアイッスル相手では数で押し切られてしまうだろう。
仮にトライブルーが100%の性能を出せる状態であったとしても、装着者の差で”あの子”に勝つことは難しい。前回召喚された勇者がまた現れてくれてさえいれば何の問題も無かったのだが。
ユースケは決して悪い人間ではない。突然、訳も分からない状況の中でさえも彼は戦ってくれた。人間として素晴らしい勇気を持っている。しかし、勇者としては不適格と言わざるを得ない。
何かしら力を持つ者が現れると思い込んでいたが、まさか勇者でもない普通の人間が召喚されるとは想定の範囲外だ。
やはり彼にこの星の命運を託すことはできない。別の、より強い力を持つ勇者が必要だ。しかし、そうすると1つ問題がある。既に勇者が存在する状態では、召喚機を使用しても新たな勇者は召喚できない。
ならば、すべきことは決まっている。非情な決心をした彼女の表情にやはり変化は現れなかった。