派遣勇者-極天龍の雛守-(10)
「あと少し。あと少しですべてが終わる・・・」
父や祖父、一族の男達が眠る山が見え自ずと呟く。村から離れれば離れる程、彼らと心が離れていくような気がしてしまい、声を出して自分を鼓舞しなければ押し潰されそうになる。
「上手くいきさえすれば……。いや、上手くいくさ。」
そう自分に言い聞かせながら籠の中を見てみると、余程遊び疲れていたのか極天龍はまだ眠っている。しかし、そろそろスヤスヤ草の効果も切れるため、振動は極力抑える必要がある。
なるべくスーホ―が歩きやすい道を選びながら斜面をしばらく登っていくと、花が咲き乱れる広場に出た。
花は赤、青、黄の花びらにそれを支える長い茎と根元に大きな葉がある。亡くなった父がこの花が好きで埋葬後に埋めたが、年月を経てここまで広範囲に繁殖した。
父の墓の隣、自分用の墓穴の前に到着すると、その墓石の上部分だけを180度回転させる。
「カチッ」
音が鳴ったことを確認し引き抜くと、中の空洞に隠していた装置を取り出す。この星から採れる材料で自作した簡単な電波発生装置。だが電波は大気圏を越えて宇宙空間まで届く。
スイッチを入れ、規則的にONとOFFを繰り返す。しばらく待機し、遠眼鏡で上空を見つめていると赤い光の点滅が見えた。
「よしクレイジ。今から“上”に行ってくるから、ここで待ってるんだ。」
愛馬の頭を撫で、載せていた籠を地面へそっと降ろす。赤い光の点滅は既に肉眼でも確認できるほど近くなっている。連絡した通りサイレント飛行で降下しているのでエンジン音は聞こえない。
接近してくるにしたがって風の勢いが強くなったので籠を抱え後ろに下がる。連絡船から噴出される風で花達が押し潰されるのを目の片隅にして着陸する様子を眺める。
「プシュウゥン」
船が着陸すると横側面のラッチが開き、アーマーを着用した獣人が3名降り立った。その内の一人が手に持っていた液晶端末を掲げる。
『テカムセ大尉、任務ご苦労様です。』
音を出さないための処置なのだろう。こちらが頷くと液晶の文字が変わる。
『では搭乗してください。』
3人の兵士達と共に船に乗る。中は薄暗く床に埋め込まれた非情灯だけが光源として用意されていた。
『すぐに上昇します。籠を不重力発生装置の上に載せ、あなたもシートベルトを。』
装置の上に載せた籠を見つめ、しばらく考え込む。
『何か問題でも?』
質問をしてきた兵士に向かって顔を横に振ると席に着きシートベルトを締める。ゆっくりと船が浮き上がり漆黒の夜空へと進むのを尻目に、どうしても視線はこれまで暮らしてきた大地から離すことができないでいた。
(任務を果たしたら、必ず帰ってくる。)
愛する女性の顔を思い浮かべながら心の中でそう叫ぶ。
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「くふふふふふ、うはははははは!!」
煌びやかな装飾が施された巨大な玉座の前で男が1人。込み上げてくる期待と歓喜に耐えられず、体を捻じったり床を蹴ったりしている。
はたから見れば奇行にしか見えない行動を取るこの男、名を「フォックス・マクラウド・ファースト」と言い、フォックス帝国の第一皇太子である。
見るに見かねたのか傍にいた老人が声を掛ける。
「殿下。今この場で喜ばれるのは構いませんが、雛の前ではお止めくださいませ。迂闊な行動はこれまでの準備をすべて無に帰してしまいます。」
老人の諫言に殿下と呼ばれた男は深呼吸をすると、手を組みこすり合わせながら息を吐いた。
「ハァ~。いや、すまない博士。興奮が抑えきれず、つい。」
博士と呼ばれた老人は縮れた銀色のひげを指で挟むと、スーと先まで伸ばす。
この博士と呼ばれた男はこの万能戦闘艦「ドラゴンイーター」の設計者であり、現フォックス帝国で最高の頭脳を誇ると言われる天才、アーイン・シュターインである。
「スモールシップ到着まで2分。」
通信兵の声にファーストの目つきが鋭いものへと変わる。
「工作兵に解剖ツールの点検を再度行うように通達しろ。万が一にも故障しようものなら、担当者は全員処刑すると伝えておけ。」
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もっと大きな口が欲しい。
たくさんの料理を食べることのできる、大きな口が。
語り合うことのできる大きな口が。
もっと大きな手が欲しい。
たくさんの料理を掴んで口へ運べる、大きな手が。
手をつなぐための大きな手が。
もっと大きな足が欲しい。
逃げ回る鳥をすぐに追いつける、大きな足が。
隣を並んで歩くことの出来る大きな足が。
もっともっともっと、大きな体が欲しい。
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不重力装置で浮かぶ籠と共に指令室に通されたテカムセがファーストの姿を見るやいなやすぐに平伏した。
ファーストはそれに目もくれずに装置を自身で抱えると、部屋の中央に置かれた台の上へと運ぶ。
「テカムセ大尉、ご苦労であった。それでは早速、極天龍の雛を籠から取り出すぞ。」
平静を装ってはいたが、テカムセの目から見てファーストの状態は異常としか言えなかった。目は血走り、息は荒く、手は激しく震えていた。
「ようやく、ようやくだ……。龍の心臓を食い、超越の力を……。」
ファーストから漏れた声を聞いたテカムセは戦慄した。
「今・・・、なんと?」
「極天龍はこの世界で絶対なる存在。しかし、生まれたばかりの極天龍は違う。傷つきもするし、血も流す。生まれたままのその時だけ、その身を裂いて心臓を取り出すことができる。そしてその心臓を喰らったものは極天龍の力を得ることができる!!」
テカムセは即座に声を荒げた。
「“星に戻るべからず”という極天龍様から与えられた罰、これを許して頂けるよう御子龍様に口添えをお願いする計画ではなかったのですか!!」
テカムセがファーストへと詰め寄ろうとした瞬間、背後にいた兵士たちが背後から体を抑える。もがきながらファーストを睨みつけ叫ぶ。
「モモ様ーっ!起きて、逃げて下さいっ!」
「無駄だ。装置内に音は伝わらん。」
ファーストがスイッチを押すとアームが2本現れ、籠の両側面を掴み中を開いた。
「おぉっ!!」
ファーストやシュターイン、その場にいた全員が初めて見る極天龍に驚きの声をあげた。
「えっ!!?」
テカムセ一人を除いて。
籠の中から現れたのはテカムセに全く見覚えのない、ピンクの体に大きな手足と口を持った奇妙な生き物だった。
「ふわぁ~あ~。」
その生物はその大きな口を開け、これまた大きな欠伸をすると辺りを見渡した。
「ん?お兄ちゃんどこ?」




