派遣勇者-極天龍の雛守-(9)
「モモ様、隠れるのでしたら、この籠の中なんてどうでしょう?」
御子竜が村の子供達と一緒に遊んでいると聞き、捕らえる機会が無いか昨日からずっと見張っていた。これまでの遊びでは難しかったが、隠れ場所を探すため一匹になった隙を突いたが上手くいった。
「もーもー?」
何を言っているのかはさっぱり分からないが、籠の蓋を開け中を見せると喜んだ様子でするりと入っていった。疑うことを知らない御子龍の純朴さを利用するという自責の念が、胸を締め付ける。
(しかし、これが我ら一族の使命。上手くいけば彼女と夫婦に。)
蓋を少しだけ開け中を見てみると御子龍は寝転がり目を閉じていた。睡眠誘発物質を多く含むスーヤ草の濃縮液を予め籠の中に噴霧していたことが効いたようだ。
籠を背にからって何食わぬ顔で村の中を歩く。幾人かの村人とすれ違ったが嗅覚の鋭い獣人でもスーヤ草の匂いが邪魔をし、籠の中の御子龍の匂いは判別できない。
厩に着くと相棒のスーホ―を引き連れ村の外へと出た。これまでも村の外を往復して薬草の採取に出掛けたことは何度もあるので不審がる村人は皆無だ。
村の外へと出ると籠をスーホ―の上に載せて自分も跨る。御子龍の姿が見えなくなったと分っても、まず周囲の捜索から行うはず。連れ去られたと分るまでには時間がかかる。
「必ず帰って来るよ、ポカ。」
村の方角へ振り向き呟くテカムセだったが、前を向き直ると荒野へと駆け出した。
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「勇者殿。森の中も捜索してみましたが、やはり見つかりません。」
「そうですか・・・。」
かくれんぼでモモちゃんを見つけることができず、子供達と探しても見つけられなかった。嫌な予感がして村長に嘆願して村人による捜索をしてもらった。
別行動でトライブルーに変身して集音機能も使ってみてもモモちゃんの声は聞こえず、もしかしてという藁にも縋るような希望で村に帰った。
(目を離すべきではなかった。)
モモちゃんに危害を加えるような存在はいないと高を括った自分を殺してしまいたいほどの後悔が襲う。今頃お腹を空かせて助けを求めているはず。一刻も早く見つけ、ご飯を腹一杯に食べさせてやりたい。
「日も沈みました。夜が明けてからまた探しましょう。」
大失態を犯したにもかかわらず、村人達から非難の声は出ない。罵声を浴びせられないことの方が逆に心に突き刺さる。
俯いて手を強く握りしめていると村人のひとりが言った。
「村長、テカムセの姿が見えません。」
「テカムセが?捜索にも参加しておらんのか?」
「薬草を採りに昼頃に村を出たようなんですが……。」
村人との遣り取りの後、顎に手を当てながら何か考え込む村長に声を掛ける。
「行商の人が何か?」
「薬草採りでこんなに遅くなることは無いのですが……。」
村長によると他の村からやって来る獣人達と宴会に彼も一緒に参加することになっており、村を発つことは無いとのことだ。
その時、また村人がやって来ると小声で村長に告げる。
「村長、ントンシワ村の奴らが到着したんですが、あいつら道中、変な物を見たって言うんです。」
「変な物じゃと?」
村長が訝しむ様子で声をあげる。すると奥から村人達を掻き分けながら、3人の獣人が現れた。その中の一人、頭に鳥の羽で装飾されたバンダナを巻いた獣人が口を開いた。
「平原を歩いて村に向かう途中、スデンア山の方に赤い星が降るのを見ただ。その星ぁ奇妙なことにゆっくりゆっくりと落ちてったんだが、しばらくすると今度は逆に空に戻っていったんだ。ありゃ流れ星なんかじゃねえ。」
「スデンア山……。」
「そこに何があるのですか?」
村長が目を限界まで開くと声を詰まらせた。その尋常ではない様子に質問をすると重々しい口調で、
「スデンア山には、テカムセの一族の墓があると聞いております……。」
その言葉にはとてつもない緊張感が滲み出ており、村長の肩は震えていた。
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虹色に光り輝く鍵盤が、まるでピアノを弾くかのように滑らかに次々と押されてゆく。その鍵盤を押す存在の体は水晶体で、中心に炎のようなモノが揺らめいているのが見える。
鍵盤が押されると出るのは音ではなく、代わりに多種多様な光が空を駆け巡る。押される鍵盤の種類で光の色や濃さが異なっているのだが、その異なる光が混じり合わさることでまた別の光が生み出されてゆく。
物の数分で空は虹のオーロラで埋め尽くされた。地球人がそれを見たならば、その美しさの暴力に心を奪われずにはいられないだろう。
水晶体は尚も鍵盤を弾き続けていたが、何か気配を察したのか手を止めると空を見上げた。
空に現れたのは白い渦。瞬く間に大きくなった渦の中からは大きく、美しく、力強さを感じさせる龍が現れた。
Жこれはこれは極天龍様!ようこそおいで下さいましたЖ
水晶体が丁寧な口調で龍に思念波を飛ばした。
《久しぶりだなライブラ。製本作業の邪魔をして申し訳ないな。》
空を見ながらそう伝える極天龍に、ライブラと呼ばれた水晶体は鍵盤を一瞬で片付けた。
Жとんでもございません。1万3231§ぶりの御来訪に勝る作業など、この世界には存在しません。して、何用でございますか?Ж
《何か面白い物語はあるかな?ジャンルは不問だ、任せる。》
そう言われると水晶体はその尖った先端を炎へと当てると。
Жそうですね。辺境の銀河の星、“地球”で生み出された物語は如何でしょう。名前に極天龍様と同じ“龍”がある作者の物語なのですが、心理描写が巧みで味わい深い作品です。Ж
《ほう、地球か。》
Ж地球をご存じなので?Ж
水晶体にとっては下から数えた方が早い文明レベルの地球のことを極天龍が知っているとは驚きだった。
《今、地球人に卵の見張りを任せている。》
その言葉は水晶体にとっては驚愕の内容だったのか、角ばっていた体が一瞬で丸まった。
Ж大丈夫なのですか!?地球のような低い文明レベルの者に任せても?Ж
受け取った思念波があまりにも波打っていたので極天龍は笑った。
《アッハッハッハ。問題ない。外から殻を破ることなど不可能だ。》
Ж確かにそうでした。お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。Ж
水晶体の体が再び尖った。
《それに、卵を守っているのは召喚機で呼び出した勇者だ。持ち去られる心配も無かろう。》
Ж勇者!!呼び出した者の願いを叶えるというあの勇者ならば、間違いなく卵を守り切るでしょう。それでしたら心配無用というもの。Ж
もとの体に戻ったライブラを見つめる極天龍の脳裏にある考えが浮かんだ。
(勇者を呼ぶ際、私は卵を守り切れる者を願った。だがもし、心の中にある我が子に会いたいという思いが願いに反映されていたとしたら?)
馬鹿馬鹿しい考えだと極天龍はライブらから受け取った本を読み始めた。
(極天龍の誕生は宇宙の誕生“ビッグバン”と同義。もしも生まれていたとしたら、既にこの世界は存在していない。)
そう結論付けた極天龍は地球の書物を読み始めた。




