派遣勇者-極天龍の雛守-(2)
「遅いな・・・」
天井の穴から見える空は暗くなりつつあり、星も輝き始めている。
ジェロが行ってから洞窟内を探検していたが、極天龍がいた場所と村への道以外に何も見つけることができず、することも無いので卵を観察したり触ってみたりして過ごしていた。
卵の表面は鶏のモノとは違ってごつごつとしており、何か金属のような光沢を放っている。
「ゴンゴン」
軽くノックすると分厚い鉄板を叩いたような音が響く。これだけ多きれば、殻の厚さも相当なものだろう。手を置くと金属的なつるつるとした肌触りがする。ビッグバンでなければ傷が入らないというのはさすがに冗談なのだろうが、こんなにも美しい殻が一体どんな成分できているのかは興味が湧く。地球にはない未知の成分なのかもしれない。
「ーーーーーーーーー」
中で動く音が聞こえるかなと思い、殻に耳を当ててみるが何も聞こえない。極天龍が言っていたように生まれるのはまだ遠い未来で、まだ何も形作られていないのか。
「ユスケ・・・」
声がした方を見るとそこには涙目のジェロがいた。体のあちこちが泥で汚れ、エプロンに至っては穴が開いている。
「どうしたんだジェロ。」
「ごめん。姉さんに作ってもらった晩御飯、駄目になっちゃった。」
差し出された蔓籠の中身は肉と野菜がぐちゃぐちゃになった状態だった。
「一体どうしたんだ?」
ジェロを石の上に座らせ、持っていたハンカチを使って泥を叩き落としながら尋ねる。
「こけたんだ。」
「本当のことを話してくれ。」
目を伏せながら話すジェロに。そんなわけがないと優しく語り掛けると、ジェロは顔を上げ涙声で、
「ガキ大将のブラクが子分と一緒に嫌がらせをしてきたんだ。」
「いつもこんなことをされているの?」
再びジェロが俯くと、地面にぽたぽたと涙が落ちていくのが見えた。
「“勇者”クアナの息子なのに弱いヘタレ野郎って。あいつら、僕のことを僻んでいるんだ。」
ジェロが“勇者”にこだわっている理由はこれか。
「そうか、ジェロのお父さんも“勇者”だったんだね。」
父親について詳しく聞くべきか悩んでいると、
「ねえ、ユスケ。ユスケは勇者としてどんなことをしたの?」
涙に潤んだ瞳を向けられる。
「わかった、話そう。」
勇助は夜空を眺めながらジェロに語った。
訳も分からず呼ばれた世界でトライブルーに変身して戦ったこと。傷つき、敗北し、挫けそうになったこと。多くの人々がくれた勇気のおかげで戦い抜くことができたこと。
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「すごいよユスケは。最後まで戦い抜いて。」
「運が良かっただけだよ。最初にトライガンがなければ死んでいたし、一緒に戦ってくれた人達がいたから死なずに済んだだけさ。」
そうだ、一人の力なんて高が知れている。そう思ったところである考えが浮かんだ。
“それはこの世界でも同じなのか?”
この世界でも、卵を守るために誰かの力を借りる必要が出てくるのかもしれない。
「僕なんか勇者に絶対なれないよ。力も勇気も無い僕なんかじゃ。」
ジェロの弱々しい声に何とか元気を出させる方法が無いかと考える。
「そうだ!ジェロ甘いものは好きかい?」
「好きだけど、どこに持ってるの?」
洞窟の隅に置いていた缶詰を拾うとジェロの元へ駆けつけ、缶詰に書かれた絵を見せる。
「僕の世界から持ってきたこの缶詰って言う容器の中に、甘くておいしい果物が入っている。桃とパイナップルの2種類あるけど、どっちがいい?」
不思議そうな顔で二つの缶詰を見比べるジェロ。子供ならきっと甘いものを食べれば元気になるはず。
「じゃあこっちのピンクのやつ。」
「わかった。」
「かぱっ!」
桃の缶詰のプルタブを開けたところで異変が起きた。
(ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!)
グラグラと地面が大きく揺れ始めたのだ。地震かと缶詰を放り投げジェロに覆い被さる。もしもの時はトライブルーに変身して落盤からジェロを守らなければ。
「メキッ!メキメキメキッ!!」
背後から金属がひしゃげる音が聞こえ振り向くと、卵にひびが入っていた。
「ベキベキッ!!」
地面の揺れと共にひびも大きくなり、とても立っていられる状態ではなくなる。間違いなくこの地震を起こしているのはこの卵だ。
「ボガァーーーーーーーーンッ!!!」
「「うわああああっ!!」」
卵が割れ、粉々になった殻の破片が洞窟内を飛散する中、地面に伏せてなんとかやり過ごす。
「ガラガラガラ・・・・。」
壁に衝突した殻の音が洞窟内に響き、終わったのかとおずおずと目を開け卵の方を見る。
「生まれた・・・。」
卵には大きな穴が開いていた。だが夜のせいで目を凝らしても中が良く見えない。
しかし、これだけ巨大な卵だ。生まれてくる者も当然、巨大な存在のはずだ。
「ジェロ動くなよ。もしもの時は抱えて逃げるから・・・。」
「分かった・・・。」
脇の下に潜り込ませたジェロの返事を耳にしながらも、卵への警戒は怠らない。
鋭い牙が生えたティラノサウルス。ぎょろッとした目を持つワニ。様々なイメージが脳裏をかすめていく。しかし、いくら待っても卵の中から巨大な生物は現れない。
「カランカラン」
ふと、背後から軽い金属音がした。飛散した殻が地面に落ちた音だと無視し、尚も卵の方をじっと見ていると、ジェロが脇腹をポンポンと叩いてきた。
「ユスケ、ユスケ。カンヅメに何かいる!」
その言葉に、先程放り投げた缶詰へとゆっくり視線を向ける。
「カタカタカタ」
缶詰が小刻みに動いている。どうやら缶の中で何かが動いているようだ。
ジェロを地面に降ろし、恐る恐るゆっくりとカンヅメを覗き込む。
「なんだ、これ・・・?」
缶の中では薄桃色をした何かが蠢いていた。ゼリーのようでもありゴムのようでもある柔らかそうなそれをつついてみる。すると、
「モーモッ!」
かわいらしい鳴き声と共に缶から顔を出したのは、恐竜でも爬虫類でもない不思議な雰囲気をしたピンク色の生き物だった。




