派遣勇者-極天龍の雛守-(1)
「たまご・・・ですか?」
《そうだ。よっこらせと。》
そう言いながら極天龍が巨体を動かす。
「でかい・・・。」
300メートルは優に超える大きさの極天龍の腹?の下から現れたのは、やはり巨大な卵だった。高さは20m程度だろうか。
《恐らく二週間程度になるだろう。この銀河を離れるから念話はできなくなるぞ。》
「ちょっ!ちょっと待って下さい!!」
とんでもないセリフをサラッと言われ困惑してしまう。
「その・・・、宇宙で何か危機的な問題が起きているのですか?」
《いや?たまには羽を広げてのんびりしようと思ってな。》
何を当り前のことを聞いているんだと言わんばかりの返事。ベビーシッターを頼む地球の母親と同じなんだと無理矢理に頭を納得させるが、対象が赤ん坊ではなく卵であるという点が異なる。
「ですが、留守中に卵が孵ったらどうするんですか?」
こんな巨大な卵から生まれてきた存在に対してどうこうできる自信は全くない。すると、極天龍は念話の中で声高に笑い出した。
《フハハハハハ!!心配するな。卵が孵るのは遥か未来。それに卵の殻はビッグバンでも起きぬ限り傷一つ入らんよ。》
その言葉に安堵すると共に、本当にただの卵の見張りとして呼ばれたという事実に情けなさを感じるが、一つ疑問が浮かぶ。
「ここにはあなたしかいないのですか?」
その質問に対し、極天龍の影から人影が現れた。その体はふわふわとした毛で覆われており、獣人と呼ぶに相応しいものだった。
《この山の麓に住むナイドゥニ族のジェロだ。身の回りの世話をするよう頼んである。》
警戒しているのか緊張しているのか、ジェロは目を伏せゆっくりと近づくと小声で、
「お世話をさせて頂くジェロ・ニモです。よろしくお願いします勇者様。」
「よろしく。」
絵本によくいる二足歩行の動物キャラの様にエプロンを付けた姿に戸惑ってしまう。
《では後は頼んだぞ》
そう言うと極天龍の体がふわりと浮き上がると、いつの間にか天井にできていた黒い渦の中に入ってゆく。渦の中へ尻尾の先まで入ると、渦はみるみる小さくなり焼失した。
極天龍がいなくなった天井には丸い穴が開いており、そこから夜空が見える。
「ここは洞窟なのかい?」
「はい、元々は火山だったものを極天龍様が作り変えたらしいです。」
あの天井の穴は噴火口なのかと推察していると、熱い眼差しで見られていることに気が付いた。
「何か?」
恐る恐る聞くと、獣人は息を荒くしながら、
「勇者様は、勇者様なんですよね?気高く、強い。多くの人々救ってきた英雄なんですよね!?」
ジェロの質問にどう答えようか考えていると、背後で大きなしっぽが左右に揺れているのが見えた。犬と同じで嬉しかったり興奮すると尻尾を振るのだろうか。
「まあ、そうかな。ただジェロ。」
あまりのこそばゆい感覚にそう答えると、ジェロはさらに激しく尻尾を振った。
「僕の名前は空乃勇助。勇助って呼んでくれないかな、あとそんなに畏まらなくていいよ。」
卵の台座に腰掛け、互いに自己紹介をする。
「僕は村で姉と二人暮らしなんだけど、極天龍様に会いに何度もこの山にて来ているので周囲に詳しくて。だからお世話を仰せつかったんだと思う。」
両親は?という疑問は胸にしまう。地球人とは生態が全く違うことが理由で両親がいない可能性もある。
「そういえば、ゆう ユスケは晩御飯どうする?一度村に帰って用意して、それからここに戻って来るけど、ユスケは何を食べるの?」
前の世界では甘い食事ばかりだったせいで、もう当分甘いものは食べたくない。持ってきた缶詰も、もしもの時に備えて残しておきたい。
「肉とか野菜が少しあればいいよ・・・」
とんでもない料理が大量に出されることを懸念して控えめに言う。
「わかった。姉さんに作ってもらったら持って来るよ。」
ジェロと共にトンネルを通り洞窟の出口へと辿り着くと、山の斜面から麓の村を見渡すことができた。木製の家屋が幾つもあり、火を使っているのか灯りも見える。
「すぐ持ってくるから。」
ジェロがこちらに手を振りながら村へと続く道を行く。
「慌てなくていいからー。」
手を振り返して見送り、洞窟の中に戻ろうとしたところで入口に装飾が施されているのに気付いた。様々な紋様が描かれた石のレリーフが幾つも嵌め込まれている。村へと続く道もきれいに整備されており、雑草やごみも全く無い。極天龍がどれほど村人に崇められているのかよく理解できる。
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村へと続く道のりを行くジェロの足取りは軽い。
無理も無い。亡くなった父と同じ“勇者”と呼ばれる存在にようやく会うことができたのだ。家に近づくにつれその歩幅は広く大きくなり、家の前に着くころには全速力になっていた。
「姉ちゃん!姉ちゃん!勇者がやって来たよ!!」
扉を開くなり大声で叫ぶジェロ。
「そんなに大きな声出さなくても聞こえるわよ。」
床に座り蔓で籠を編んでいたジェロの姉、ポカ・ニモが呆れた様子で返事をする。
「姉ちゃん!勇者の晩飯作ってよ。」
「はいはい。勇者様はどどんな人なの?」
口に手を当て考え込むジェロ。
「僕らと見た目は大体は同じだけど、頭にしか毛が無かった。」
興奮していたせいで勇助の姿を上手く伝えることができないジェロ。
「私たちと同じものは食べられる感じ?」
「肉と野菜を少しって言ってた。」
「ならスタレとジンニンのサラダに、ケンタキーの手羽焼きにしましょう。飼育場から一匹、血抜きしたやつをもらってきてくれるかしら。」
「わかった!!」
そう言うや否やジョアは駆け足でケンタキーの飼育場へ向かう。その慌てようにすれ違う村人からは奇異の目で見られていたが、興奮のあまりジョアは気が付かなかった。
ジョアは飼育場に着くとケンタキーの血抜きを行っていた老人に大声で話しかけた。
「村長!極天龍様が勇者を呼んだよ!これから料理を作って持ってゆくから一羽ちょうだい!」
村長と呼ばれた老人は持っていた鉈を勢い良く地面に突き刺すと、目を見開き叫んだ。
「おお!勇者様が!!ならばジェロ、村総出で極天龍様への感謝と勇者様の歓迎の宴をせねば!!」
「何言ってるんだよ村長!!極天龍様がしなくていいと言ってただろ!それに極天龍様はもう旅立たれてもういないよ。」
村長の鬼気迫る勢いに押されながらジェロが大声で言い返す。長年村の人間を束ねてきた良い村長だが、最近は耳も遠くなりぼけてきたのか物覚えが悪くなっていた。
「いい?お世話は僕が任されているんだから。余計なことはしないでよね!」
ケンタキーを受け取ったジェロは村長に念を押すと、来た道を全速力で駆けだす。
ジェロの姿が見えなくなると、村長は近くにいた若い衆を呼び耳元へ何かを囁く。若い衆は驚いた様子を見せ頷くと、勇者が現れたことを村民たちへ告げに向かった。
極天龍が勇者を呼ぶということは事前に村の人間全員が知っており、その世話をジェロがすることも知っている。
しかし、先祖が受けた大恩は子子孫孫に渡りお返しせよと子供のころから教育されていた彼ら。勇者が極天龍によって呼ばれた存在ならば、歓迎しない訳にはいかないと心構えていた。
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「いってきまーす。」
「慌てて持って行って料理を崩さないようにね~。」
料理が入った蔓籠を片手に意気揚々と道を行くジェロ。
「勇者様によろしくな~ジェロ。」
「ジェロ―。今度勇者様のお話聞かせてね。」
道の途中、すれ違った村人たちに声を掛けられたジェロは鼻高々だった。自分だけが、極天龍直々に勇者の世話を任されたのだと村中の皆に自慢したかった。
「待ちなジェロ!」
道の真ん中塞ぐように現れたのは村一番のガキ大将、ブラク・ホスだった。背後から現れたのか、気付くとジェロの周囲をブラクの子分たちが囲んでいる。
蔓籠を掴むジェロの手に力が入り、持ち手が大きく歪んだ。




