派遣勇者-SENT BRAVE-(33)
「理解したか?争いに塗れたこの星の歴史を。お前のような弱者に勇者を名乗る資格は無いことを。」
空の民と地の民が元は同じ星の人間であること。
彗星から逃れる際の確執が300年前の戦争の原因だったこと。
伝説の青い戦士がトライブルーを遥かに超えた力を持つ存在であったこと。
メシアがこれらの事実を勇助へ語ったのは、勇助が己の無力さを痛感するだろうと考えたからである。
「でもそれなら、次の彗星に備えてこの星の人たちが全員で協力すれば!!」
「不可能だ!!」
「シェルターに避難すれば」
「生物は生き残れる、だが機械は無理だ。300年前もシェルター内に持ち込んでいた機械は隕石の発する電磁波によって全て故障してしまった。」
飯は勇助の意見を悉く否定する。
「この星の人間は争うことで文明を発展させてきた。より多くの人間を傷付けられるよう、より多くの命を奪えるように。他者を切り捨て自分だけが生き残るために!!」
勇助は口を閉ざしたままだ。
「何度も争いを、戦争を止めてきた。だが何も変わらない。いつまでたっても同じことの繰り返しだ。ならばいっそ、ノアを救うレベルになるまで戦争を続ければいい!!」
そんなことをノアが望む筈が無いことはメシア自身が一番理解していた。しかしそれ以外にノアを救う方法は無かった。
「これが人類がノアにできる唯一の償い!!この星に生まれた者ができる唯一の!!」
思いの丈をぶつけたメシアに勇助は首を横に振りながら、
「そういう頑固ですぐに見切りをつけるところはそっくりですよ。」
「なに!?」
予想外の言葉に、メシアは勇助が何を言っているのかわからなかった。
「それでも僕のやることは変わりません。」
「理解できていないな、貴様の無力さを。力も無いお前に一体何ができる?お前がここまでこれたのは青き鎧の、トライブルーの力のおかげだろ?なぜお前が勇者としてこの世界に呼ばれたのか不思議でならないな。召喚機が故障していたのかな?」
メシアの煽りに勇助は落ち着いた口調で返す。
「いえ。間違いなくノアの願いに相応しい勇者として、僕は呼ばれました。」
「なん・・・だと・・・?」
「僕も不思議に思っていました。ノアの『戦争を止めたい』という願いを叶えるのなら、特殊な力を持つ強い勇者が相応しい。こんな只の学生なんか失格もいい所です。でも、彼女の本当の願いを叶えるためには僕しかいなかった。」
「はぁ?謙遜しているのか自惚れているのかどっちなんだ。」
分からないという態度を取るメシアに勇助は、
「彼女の本当の願いは『戦争を止める』ことじゃない。『あなたを止める』ことなんです。」
「俺を止める・・・。だがそれで、どうしてお前が呼ばれるんだ?」
「だってそうでしょう?もし本当に強い勇者が呼ばれ、戦争を止めようとすれば必ずあなたと対峙する。そこであなたと勇者が戦えば、あなたが命を落とす可能性は高い。」
ノアの願いを叶えるには、他の勇者では力があり過ぎてメシアを殺しかねない。”メシアを生存させる”かつ”戦争を止める”これらの条件を同時に満たす強さに該当する者が勇助しかいなかったのだ。
アイッスル基地にて勇助がノアに本当の願いを問い質した際、彼女の態度から勇助が至った結論だ。
「あなたもノアも互いを大切に思っている。こんなこと、もう止めにしましょう。」
勇助の言葉にメシアはスクエアガンを構え戦闘態勢を取った。
張りつめた空気の中、説得が不可能だと悟った勇助も構える。戦っても勝ち目は無く、取るべき戦法は一つのみ。
「ハァッ!」
一早くこの場を離れようとダッシュで壁面を駆け下りる勇助。とてつもないスピードで地面へと降下する中、背後に違和感を感じた。
「なっ!」
振り返ったトライブルーの背後にはスクエアレッドがいた。勇助が真っ先に逃走を図ることを予見していたメシアは、トライブルーを上回る運動性能ですぐさま追いつくと、背中を思い切り蹴りつけ壁に叩きつけた。
「ぐっ!?」
外壁を突き破り船内の通路へと転がるトライブルー。攻撃を受けた際に受け身をとり、ダメージは最低限に抑えることができた。
このままじっとしていても追いつかれると判断し、全速力で通路を疾走するトライブルー。通路を塞ぐ瓦礫を体当たりで破壊し、無理やりにでも進んで行く。
破壊した瓦礫の先は無数の柱が建つ広い空間で、日本の治水施設に似ていると勇助は感じた。
ここなら身を隠せる。そう考えたのもつかの間、赤い光弾が柱を破壊しつつ迫る。
「うわっ!」
地面を転がり回避する横を光弾が掠めていった。どうやらスクエアレッドにはトライブルーの位置が分かるようだ。再び駆けだそうと立ち上がった瞬間、スクエアレッドが正面の柱を破壊して現れた。
「セァッ!」
スクエアレッドのパンチを両腕で受け止めるトライブルー。
「ぐうっ!?」
防御したにもかかわらず、すさまじい勢いで吹き飛ばされ柱に衝突する。勇助は痛みに耐えながら立ち上がると、柱を蹴って空中を移動する。地上で2次元的に動くよりも、上空を3次元的に動いた方が捉えにくいはず。そう考え、あらん限りの速さで足を動かし柱を行き交うトライブルーだったが、背中に影を感じ振り向くと、そこには光り輝く銃を構えたスクエアレッドがいた。
「“バースト”」
次々と連射される真紅の光弾を浴び、受け身もできずに地面へと落下するトライブルー。そこへスクエアレッドは銃を撃ち続けながら、右足でトライブルーの体を踏み抜いた。
「ベキッ!」
地面に大きく亀裂が入ると共にトライブルーの体が跳ねた。
「ぐあっ! がハっ!」
悶えるトライブルーをスクエアレッドは左手で軽々と掴み上げ柱に押し付けた。右手に持つ銃から目が眩むほどの光が放れている。
「これで終わりだ。“マキシマムチャージショット”」
引き金が引かれ発射された巨大な光球がトライブルーに命中。光球に押し出される形で柱と壁を突き破りながら進んでゆく。
「うわあああああ!?」
スクエアガン最大出力の攻撃にトライブルーは抵抗することもできず、壁という壁を全てぶち抜くと、とうとう船外へ。それでも勢いは衰えること無く、そのまま光弾と共に空へと飛ばされる。
装甲表面ではナノマシンキラーが障壁となり何とか肉体が破壊されるのを防いでいた。だが、に限界は近く、ヘッドパーツ内のモニターは真っ赤に染まっていた。
『ナノマ 残・・・10%。0パー でスーツ 強制解除されます。』
スーツ内部から聞こえた声に焦りながら、最後の力を振り絞り脱出を試みる勇助。だがどうしても抜け出すことができない。とうとうスーツが強制解除がされてしまうかというその直前、トライブルーの体を何かが覆った。
グルンッ。
慣性が働き体が大きく揺れると共に地面に向かってゆっくりと落下を始めた。空には体を包んでいる網を吊るすパラシュートが見えた。
「電磁ネット!?」
トライブルーが地面に落下し電磁ネットから抜け出すと、そこへホバーバイクが近づいてくる。
「あなたは一体、何をしているのですか!!」
その声を聞き、消えかけていた勇助の気力が戻った。
「ノア・・・さん。」
トライブルーの装甲が消え、中から傷だらけの勇助が姿を現す。大量のナノマシンキラーを浴びたせいで体のいたるところに火傷があり、それを見たノアは再び怒鳴る。
「どうしてこんな無茶を!!あれほどメシアと戦ってはいけないと忠告したのに!」
勇助の頭を膝の上へと乗せるノア。勇助は痙攣する唇を動かすと笑みを浮かべながら、
「彼が戦争を続けたのはあなたのためでした。彗星を破壊できるレベルまで科学力を引き上げるために。彼はあなたを今もずっと愛している。」
「そんな・・・」
勇助の言葉を聞いたノアはグッと目を閉じしばらくすると、両手で優しく勇助の顔を包んだ。
「私が間違っていました。人類は私の手で永遠に導かれなければという思い上がりが、あの子を狂わせてしまった。」
そう言うとノアはトライガンを包み込む様に胸に押しあてた。
「ありがとうユースケ。これで気兼ねなく役目を終えることができます。」
「なにを・・・」
ノアの瞳に並々ならぬ決意を勇助は感じ取った。
「私に残されたすべての力を使い、トライガンに残留するナノマシンとあなたの中を巡るナノマシンキラーを除去します。」
「そんな・・・ことをすれば」
涙交じりになる勇助にノアは優しく微笑む。それは母親が子供に見せる優しい表情だった。
「私は恐れていました。あの優しかったメシアが本当に人類を見限ったのではないかと。ですが確かめることもできなかった。真実を知るのが怖かった。でも・・・、」
トライガンから発せられる放電が収まるにつれ、ノアの体からは煙が上がる。
「あなたが私の願いを叶えてくれた。」
ノアの右手が崩れ落ちると、残った左手で優しく勇助の頭を撫でる。
「あなた に 最後の お願いがあります。あの子 を止めて くださ い。そし て わたしの オリ ジ ナルの ボディを 破壊し て。」
その言葉と共に激しいプラズマがノアの体を包むとまるで糸が切れたかのように倒れた。
「ノア・・・。わがり、ました。」
今や人形のような虚ろな瞳になり果てたノアに勇助は涙声で答える。
「アリガ トウ 。コノセカイニ ヤ テキタ ユーシャ が アナタデ ヨカッタ。」
感謝の言葉を最後にノアは機能を停止した。勇助は涙を拭い立ち上がると、ノアの体をそっと抱え花畑の中に横たわらせた。
「見ていて下さい。きっとあなたの願いを叶えます。」
勇助はそう語りかけると、ノアだった物の前でトライガンを掲げた。
「トライッ チェーーーーーンジッ!!」
これまでと同様に青い三角形の光が頭上に現れるとゆっくりと下降を始め、頭・体・腕・脚と光が通り過ぎた個所に装甲が展開される。全身がスーツで包まれると、今までとは違い胸の三角形の部分から青い光が全身へと隈なく行き渡っていった。全身に漲る力を勇助が実感していると、ヘッドパーツ内からクリアな音声が聞こえた。
『“トライガン及びスーツ内部の残留ナノマシンの除去を確認。システムチェック中……。”』
聞こえてきたのは若い男の声。きっとこの声の主がトライブルーの製作者である青き戦士なのだろうと推測する勇助。だが、次に聞こえてきたのは聞き慣れた女性の声だった。
【システム、オールブルー。全システム復旧完了】
このトライブルーにはノアの思いが宿っている。勇助は心からそう理解した。
「一緒に、一緒にゆきましょう。」
花畑に横たわるノアに向かって勇助はそう呟いた。




