派遣勇者-SENT BRAVE-(32)
「観念するんだ。」
だだっ広い部屋の中、青いパワードスーツが金色の機械兵に銃を突き付ける。スクエアレッドと似たデザインのスーツから発せられたその声は、先程の映像の青い戦士と同じものだった。
「まだだ、まだ終わらんよ。」
コンソールを操作する金色の機械兵がボタンを押すと背後の壁が割れ、中から巨大な“奇獣”が現れた。
それは上半身が女の体に下半身は巨大な蜘蛛が融合した銀色の獣。蜘蛛の足それぞれに力がこめられゆっくり立ち上がると、銀色の女が口を開いた。
【私を眠らせてから32日ぶりですねカイン。何故いまさら目覚めさせたのですか?】
機械音声ではあったが、メシアはその声にどこか聞きなれたものを感じた。
「ノアよ、これまでのことは詫びます。後でどのような処罰も受けるつもりです。ですが今は残住民の襲撃によって窮地に陥っています。どうかその男を打ち滅ぼしてください。」
“ノア”と呼ばれた奇獣の女の顔が動き、青い鎧の戦士を見据える。
【青いパワードスーツ。私が眠りについていた間に、あなた方と私達との間で誤解が生じていたようです。まずは話し合いましょう。武装を解除してもらえないでしょうか?あなた方には決して危害を加えないことを約束します。】
「その男が何をしでかすか分からない。」
奇獣の提案を即座に断る青いパワードスーツ。
互いに悠然とした口調による遣り取りに、過去の映像と分かっていてもメシアに緊張が走った。
【仕方がありません。強制的に武装を解除させてもらいます。】
銀色の女性が暫く思考した後にそう呟くと、銀色の液体が天井の穴から噴出。女の手に集まると、まるでその液体が意思を持っているかの様に形を変えてゆく。あっという間に液体は鋭利で巨大な鎌へと姿を変えた。
【はあッ!!】
横に薙ぎ払われた鎌に全く臆することなく、青い戦士は前傾姿勢で加速すると鎌の下ぎりぎりを潜り抜けそのまま胸元へ殴り掛かった。
「チャージスマッシュ!!」
掛け声と共に拳に眩いほどの青い光が宿る。予想外の接近速度に奇獣は銀色の盾を出現させた。「バチィんっ!!」拳が盾にぶつかりプラズマが広がると、銀色の盾は液体になりボトボトと地面に零れ落ちた。
【馬鹿な!ナノマシンを無力化した!?】
驚愕の声を上げる奇獣に対し、青い戦士は攻撃の手を止めない。
「チャージショット!」
銃から繰り出された青く大きな光球が奇獣の胴体目掛け飛翔するも、天井から現れた銀色の壁がそれを防いだ。壁も同じように液体になると奇獣は、
【あなたの攻撃はあらゆる機械に影響を及ぼすようですね。】
その声に青い戦士は銃を突きつけたまま、
「君たちへの特攻武器として開発した。悪いようにはしない。降参するんだ。」
青いパワードスーツの言葉に奇獣は考え込む素振りを見せた。
【あなたが悪人ではないことはわかります。ですが・・・】
その時、天井に無数の穴が開くと銀色の液体が一斉に噴出し、青い戦士の腹部の高さまで溜まった。すると、液体は意志を持つかのように纏まると津波となって青い戦士に襲い掛かった。
【こちらが不利な状況で交渉する訳にはいきません。】
しばらくして波が引くと、片膝をついた青い戦士が姿を現した。装甲表面では青い光がバチバチと迸り、両眼が点滅を繰り返している。
【パワードスーツに大量のナノマシンを侵入させ、機能不全に陥らせました。悪いようにはしません。降参することを勧めます。】
「それはできない。『空の民をやっつけて』というのが召喚者の願いだ。」
パワードスーツが立ち上がると、頭の上からスーツが消え始めた。
「あっ!」
スクエアレッドの中でメシアは思わず叫んだ。パワードスーツの下から現れたのは、先ほど見た動画で異形の軍勢を打ち破った青い戦士だった。
【人間?機械?判別不能なほど技術レベルに差が!?】
動揺を見せる奇獣へ右腕を向ける青い戦士。右腕に眩いほどの光が収束されてゆく。
「これが最終通告だ。これを撃てば最悪この船を墜落させる恐れがある。」
【分かりました。降伏します。】
青い戦士の言葉に奇獣は即座に返答した。
【教えて下さい。あなたは一体何者なのですか?】
奇獣に戦意が無くなったと判断した青い戦士は右腕を下ろすと答えた。
「私はこの世界のある少女に召喚された“異世界の勇者”。私が呼ばれた時点で、地上の人間は90%が既に殺害されていた。私を呼び出した少女の両親も、彼女に召喚機を託すために命を落とした。」
青い戦士の訴えに奇獣は【なんということを・・・】と呟くと金色の機械兵を睨みつける。
「仕方が無かったのですノア!残住民が私達に危害を加えようとしのです。」
カインの訴えに対し、青い戦士は「白々しい嘘はよせ。」と反論した。
「お前から攻撃を仕掛けたことは回収したデータログに残っている。」
「ノアよ!そんなどこの誰とも分からぬ男の言うことを信じるのですか!」
機械兵の訴えに奇獣は落胆した素振りを見せながら、
【カイン。あなたを拘束します。】
そう言い、鎌を手にカインの元へと歩み寄る奇獣。ところが突然、鎌を地面に落とすと頭を抱えて悶え苦しみ始めた。八本の脚に力が入らないのか、胴体が地面に接地している。
【これは?まさか私を目覚めさせた時点で既にウィルスを!】
苦しむ奇獣をカインは嘲る素振りで、
「私の人格プログラムを転送させてもらった。その体、使わせてもらう。」
【同じ星から 生き 延びた 人間同士で・・・なぜ・・・?】
「何故理解できない!選ばれし存在である我々が、地上の猿と共存などできるはずがないだろ!!あひゃひゃひゃひゃ、その体で地上の人間を皆殺しにしてやる!」
絶え絶えに言葉を放つノアと狂ったような笑い声をあげるカイン。
「グアッ」
青い戦士が放った光弾を受けカインは機能を停止した。
【勇者よ・・・。もう もちま せん。は かい し て くだ さい。】
8本の足で藻掻かせながら己の破壊を懇願するノアだったが、徐々に女性のものだった顔が変形して男の顔へと変わった。
【ふ~う。貴様と下層にいる赤と黄の戦士を倒し、地上の民を皆殺しにする。地上の猿との因縁もこれで終わりだ。】
ノアの体を奪ったことで余裕を見せるカインに青い戦士が問う。
「300年前の彗星の接近による磁場変動から生き残るため、この船で宇宙へと旅立ったのだろう?無事帰還できたのなら、生き延びていた地上の人々と協力すればいいじゃないか。」
青い戦士の質問にカインは拍手を送った。
【ほう。知っていたのか、それともこれまでの会話から察したのか。そうだ300年前、この星へ彗星が接近すると知った我々はこのアーク・シップの建造を開始した。でまかせと信じぬ愚か者どもに後ろ指を指されながらな!!】
激情を露にして語るカインの言葉を、青い戦士はただ黙って聞いていた。
【船が完成しいざ出発となった時、残住民が何をしたと思う?彗星が本当に来るとようやく気付いたヤツらは船を奪おうと襲い掛かったのだ!!船を逃がすため犠牲になった私の両親は奴らに暴虐の限りを尽くされ死んだ!】
両手を握りしめ怒りを迸らせ叫ぶカイン。
【そんな奴らと協力だと?ふざけるな!奴らは許さない!ぜったいに!一人残らず駆逐する!】
カインの両手にそれぞれ液体が集まると長剣の形を成した。
【死ねぇっ!イレギュラーっ!!】
八本の足が高速で駆動して青い戦士に急接近するとカインは右手の剣を振りかぶった。青い戦士はそれを難なく躱すと、既に目前へと迫っていた左手の剣へ右手を掲げた。
「ギンっ!!」
刃物で切断された音が響いた。
【なにぃっ!!】
地面に落下したのはカインの左手と剣先。青い戦士の右腕から放たれた三日月の刃が弧を描き、それらをまとめて切断した。
【馬鹿な!!パワードスーツを失ってこの強さだと!?】
三日月の刃を警戒したカインは後退すると同時に、胴体部から銀色の糸をネット状に吐出した。糸はナノマシン製であり、機械に誤作動を発生させる。
逃げ場がないほど広がった網が青い戦士に触れると思われたその瞬間、青い戦士の姿がまるで景色に溶け込むかのように消え去った。
【全センサーに反応無し!そんな馬鹿なことがあってたまるか!!】
銃を持たせた複数の腕を形成し、出鱈目に撃ちまくるカイン。だが弾丸は何かに当たることも無く、空しく空間を通り過ぎて行くだけだった。
【どこだ?どこにいるぅ!?】
青い戦士を完全に見失ったカインが狂乱状態で叫ぶ。すると天井に張り付いていた青き戦士が急降下すると、光が込められた右手でカインの顔面を殴りつけた。
【ぐおっ!!】
質量では圧倒的に勝るはずのカインの体が大きく揺さぶられた。
【じ、人格プログラムが消えてゆく!!】
頭を抱え、もがき苦しむカインへさらなる追撃を仕掛ける青い戦士。
【GUAAAAAAAAAAA、貴様らも・・・、道連 れ に・・・】
カインは最後の手段に出た。周囲に幾重も銀色の砲身が現れるとそこから激しい光の奔流が放たれるが、青い戦士は慣れた様に全ての光を回避した。
するとカインは不敵な笑みを浮かべ、
【バ カめ・・・。これ で、 お前 も おしま いだ。】
放たれた光は船体の壁を広範囲で貫通し、大きな穴を幾つも開けていた。穴から船内の空気が流出してゆく中、カインは途切れ途切れに、
【間も 無く、この船 地表 に落下す る。衝撃で 汚染 物 質がばら撒 かれる。】
そう言うとカインは地面に倒れ伏しピクリとも動かなくなった。
船が引力によって落下速度を増す中、青い戦士は左手を奇獣にかざした。
【アリガトウ ゴザイます。青き戦士よ。】
奇獣から前と同じ女性の声が発せられた。
「自我を取り戻したようだな。ノア。」
【ハイ。あなたの攻撃でカインの人格プログラムが消去され、私のプログラムを回復することができました。】
「カインの攻撃で船が落下している。止める手立ては無いか?」
【動力部が破壊されており、落下を防ぐ術はありません。ですが、】
建物全体の揺れが増大する中、黄色と赤色の戦士が現れた。
「トライブルー!下層の機械兵が停止した。やったんだな!」
「船が落下している。すぐに退避しないと!」
新たにやって来た赤と黄のパワードスーツを気にすることなくノアと青い戦士は話を進める。
「船内の全ナノマシンを放出、船を包み落下の衝撃を和らげます。」
「それでは地上を汚染してしまうんじゃないのか?」
【ナノマシンを世界中に散布し、地上の生物の適応能力を活性化させます。】
「本当に大丈夫なのか?」
黄の戦士の言葉に青い戦士は、
「彼女を信用しよう。」
青い戦士の一言に、他二人の戦士はすぐさま了解の意を示した。
視点が変わり、巨大な船が炎上しながら地上へと落下してゆく。
すると突然、船から銀色の液体が一斉に噴出すると船を包み込んだ。銀色の液体が地面に衝突するとブルンと全身を震わせ衝撃を吸収し、船はバラバラにならずに静止した。
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「ノア。君の言っていた素体で無事だったのはこれだけだった。」
巨大な試験管を持った青い戦士が地面上の銀色の球体に話しかける。
【本当によろしいのですか、青き戦士よ。空の民の生き残りにこの星の未来を託すなど。】
他の2人の戦士が瓦礫から掘り起こした部品を集め、青い戦士はそれらから何かを組み上げていく。
「彼らも了承してくれている。地上の人間は数が減り過ぎたし、私もいつ元の世界に戻されるか分からない。長期間この世界を管理できる存在が必要だ。」
莫大な量の部品がまるで人間の内臓と骨のような位置で配置され、青い戦士がその上に銀色の球体を置く。すると、液体が機械部品を包み込むかのように覆い、次第に液体の色が銀色から肌色に変化する。
最終的に枝分かれをした液体は形が整えられ、頭・体・腕・足を持つ女性の姿となった。
「調子はどうだ?ノア。」
青い戦士の呼びかけに女性は目を開くと口を動かす。
「良好です。ですがなぜ女性のボディに?」
「素体の性別が男だからな。育ての親はやはり女性の方が良いだろう。」




