派遣勇者-SENT BRAVE-(31)
ホバーバイクに乗ったノアがキッロー山脈の斜面を全速力で駆け抜けてゆく。ユースケを連れ戻すために箱舟へと向かう彼女だったが、脳内では渦巻く思考を処理できずにいた。
(まさかユースケがこのような行動をとるとは……。)
人間の行動が完全に予測することが不可能だということは、メシアの件で十分思い知っていたはず。己の不甲斐なさに打ちひしがれながら、ハンドルを握りしめるノア。
『人も、人が作った機械も間違いを起こす』ノアの脳裏に“彼”の言葉が思い出された。
◇◇◇3XX年前◇◇◇
「ねえ、ノア。勇者の物語を聞かせて!」
幼い頃のメシアは眠る前にはきまって勇者の話をせがんだ。世間で広まっていた噂話を適当に繋ぎ合わせて作り上げた物語だったが、メシアはそれをとても気に入っていた。
「ねえ、ノア。物語の中で気付いたことがあるんだ。」
そんなある日、いつもと同じように寝物語を聞いていたノアが言った。
「勇者が元の世界に戻った後、鎧はこの世界に残ったんでしょ。」
「ええ、この世界に残された勇者にまつわる物は、それらの3つだけと言われているわ。」
「ん-鎧が残ったのは、勇者がこの世界に呼ばれてから作った物だったからじゃないかな。」
メシアは利発で聡明な子供だった。まだ教えるには早いとノアが隠していた勇者の真実について、メシアは独力で辿り着こうとしていた。
「元の世界でまた使うかもしれない鎧を、この世界に置いたままにするかな?だぶん3つの鎧はこの世界にやってきてから作られた。だから元の世界に持って帰ることができなかったんだよ。でもそれだと勇者は最初に呼ばれた時は鎧が無いまま空の民と戦ったことになるから、きっと勇者は鎧が必要無いくらい元々強かったんだよ!」
戦いが終わって10年。勇者の戦いについて詳細な情報を持つ者は殆どいない。人々の間で広まっていた噂には整合性が取れていない部分も多々あり、勇者についてまともに叙述された書物は無かった。
それにもかかわらず、ノアは独力でここまで辿り着いたのだ。
「メシア。今からあなたに真実を教えましょう。空の民と勇者、そしてあなた自身について。」
ノアがそう言うと、部屋の天井に取り付けられた映写機がひとりでに動き出し、壁に光が投射された。暗い部屋の中、壁に映し出されたのは大きな町だった。
その町の周囲を包囲する銀色のボディを持つ機械の兵士達。その機械兵達の中から選ばれた視点が一定期間で移り変わり、様々な方向から町が映されてゆく。
火災でも起きているのか町の中からは煙が上がり、敵の侵入を防ぐはずの巨大な正門は粉々に砕け、既に防衛能力が喪失しているのは誰の目にも明らかだ。
すると機械兵の群れを掻き分け、異質な雰囲気を放つ白銀の異形達が歩み出た。巨大な翼を持つ者や、鋭い爪や牙を持つ者、巨大な四肢を持つ者等、異形達の姿形は様々だ。
「虫けら共の最後か。」
細く長い体を持つ異形が声を発した。聞こえてきた声はその外見には似つかわしくない程、普通の人間と同じもの。すると隣にいた全身を分厚い装甲で包まれた異形がそれに返事をする。
「おれは現状2位だし、ここで巻き返してトップ賞は俺が頂くぜ。」
「新しい体一番乗りで海に行くんだろ?いいな~、俺も本物の海で思いっきり泳ぎて~な~。」
体から何本も触手を生やした異形がおどけた様子でその触手をくねらせる。彼らからは戦闘中だという緊張感がまるで感じられず、まるでゲームをしているかのような口振りだ。
「気を抜くなよ、奴らは必ず根絶やしにするんだからな。」
全身のありとあらゆる個所に刃物が取り付けられた異形が鋭い声で注意を促す。
「なーに、戦力はほとんど残っていないんだ。勝ち確、勝ち確、ん・・・。1人近づいてくるぞ」
巨大な目をギョロギョロとさせていた異形が街から誰かが近づいてくるのに気づいた。
「命乞いじゃないか?にしても大した勇気だ。いや無謀だと気付かぬバカなだけか?」
町を囲む一般機械兵の数は3万。その全てから一斉に銃口を向けられる中、臆することなく淡々と近づいてくる者が。カメラの焦点が合い、その姿がはっきりと映し出されるとメシアはポツリと呟く。
「これが伝説の青い戦士?」
頭・腕・足・体と全身を青い装甲が覆う中、何故か顔だけは何も覆われずにそのままだ。
「なんだぁ?パワードスーツか?」
「データに無いな。厄災後に開発された物か?」
これまでの戦闘では見られなかった兵器の登場に驚く異形達だったが、それでも怖気づくような素振りはまるで無く、余裕のある態度を崩さない。
それもそのはず。青いパワードスーツは武器を携帯しておらず素手の状態。そして装着者の背丈も160cm程度と小柄で、異形達にとって何ら脅威にはなりえないと判断された。
青いパワードスーツが異形達の前へ到着すると口を開いた。
「君たちが空の民か。すまないがこの場は引き下がってくれないか?」
恐怖を微塵も感じさせない、上から目線とも取れる言葉に異形達は苛立ちを募らせた。
「ズンッ」
この中で最も大きな体を持つ異形がその大きな足を踏み出すと威圧的な声を放つ。
「貴様らを根絶やしにするまで戦いを止めるつもりは無い。命乞いのつもりか知らんが無駄だ。」
その言葉に対して、青い戦士は一瞬だけ悲しそうな表情を見せたかと思うと、
「では仕方ない・・・。君たちを破壊する。」
そう言いながら右腕をかざす青いパワードスーツ。それに対し異形達は笑い声をあげた。
「武器も無いくせによく言う。」「お前じゃ俺達にかすり傷もつけらんねーよ。」
嘲笑する異形達の中で唯一、複合センサーである巨大な頭を持つ異形「エレキスパイダス」だけが、青いパワードスーツの右腕にとてつもない量のエネルギーが充填されていることに気づいた。
「よけろマンドル!!」
『バシューーン!!!』
エレキスパイダスの声が届くよりも先に青い閃光は巨大な異形「マンドル」の頭部を貫き、勢い衰えること無くそのまま空へと消え去った。
「ズンッ」地響きを起こし仰向けに倒れ動かなくなったマンドルの姿に絶句する異形達。
「きさまっ!」
鋭い爪と牙を持つ異形『スラッシュビスト』が目にも止まらぬ速さで接近し、爪を振り下ろす。
が、既に青い戦士の攻撃は完了していた。一瞬で氷漬けになったスラッシュビストはその勢いのまま地面に転がると、その衝撃で粉々に砕け散ってしまった。
「距離をとれ!」
青い戦士が只者ではないと判断した異形達は距離を取り、遠距離攻撃を仕掛ける。
「喰らいやがれ!」
巨大な翼を持つ『ストームホーク』が空中に飛翔し、青い戦士の直上からミサイルの雨を降らせる。だが青い戦士は回避することも無く、右腕を天にかざした。
「ギュオオオオオオオーン」
信じられない現象が起きた。青い戦士がいた場所から突如巨大な竜巻が発生し、ミサイルを破壊しながらストームホークへと迫ってゆく。
「ひっ、引き込まれる!ぎゃあああぁぁっ!!」
竜巻を回避しようとしたストームホークだったがあっという間に竜巻に吸いこまれると、フードプロセッサで切られた野菜の様に細切れになった。
「腕に気を付けろ!そこから攻撃が出ている!」
青い戦士の右腕から先が無くなり、そこから竜巻が発生したのをエレキスパイダスは見ていた。
しかし、最初の超高出力のエネルギー弾、2度目の凍結弾、3度目の竜巻がどのようにして発生したのか、そのメカニズムは全く理解できなかった。
「ぐああぁあぁあぁ、回路がショートするぅ」
新たに繰り出された紫色の球を巨大な盾で防いだ「シールドタートル」だったが、電流を流されたカエルのように体を痙攣させると煙を上げて動かなくなってしまった。
最硬と謳われたシールドタートルの特殊合金製の盾でも防げない攻撃に残りの異形達は戦慄した。
「四方からありったけ叩き込め!」
エレキスパイダスの指示の下、青い戦士の周囲に展開した4機の異形達が射撃を開始する。大口径マシンガンやミサイルがこれでもかと打ち込まれる。
ドォンと大きな爆発音があがり、煙が立ち込める。破壊したことを確認する異形達。
「やったか?」
異形達の内の誰かから願望が洩れた。しかし、煙が徐々に収まってゆくと絶望を含んだ叫び声が上がった。
「そんな馬鹿な!!」
そこにいたのは無傷の青い戦士だった。
「バリアーだと?」
青い戦士の周囲を薄い膜状の光が包み込んでいる。ここにきてようやく異形達は青い戦士の科学力がこちらを遥かに凌駕していることに気付いた。
「く、くるなあぁぁ!」
恐慌状態に陥った「ランチャーオクトパス」が8本の触手からガムシャラにミサイルを撃ち込むと、青い戦士はシールドで防ぎつつ高速で突進、バリアーと衝突したランチャーオクトパスは粉砕された。
衝突の際にバリアーが消えたのを見た「ホイールカッター」はチャンスとばかりに脚部の高速ローラーシューズをフル稼働させて急接近し、背後から両手のアームカッターを振りかぶる。
「ハッ!」
青い戦士は空高く飛び回避すると右腕からミサイルを射出した。弾速の遅いミサイルに余裕をもって回避するホイールカッター。だがミサイルは向きを変え追尾を開始。何度回避しても追尾し続けるミサイルに対し、カッターを投擲して破壊と回避を繰り返す。ところが次々と放たれるミサイルを処理しきれず、とうとう被弾して爆散した。
「ば、ばけものだ~」
ミミズのような細い体を持つ「メタルスティンガー」は絶叫を上げ、地面に潜り込み逃走を図った。
「ハァっ!!」
青い戦士が地面に拳を叩き込むと突如地震が発生。3秒ほどで地震が止むと地中から爆発が起き、メタルスティンガーだったと思しき部品が辺りに飛び散った。
「なんなんだ!お前は一体何なんだ!!」
最後に残ったエレキスパイダスが半狂乱で叫び声をあげる。エレキスパイダスの視点からは、青い戦士が掲げた右腕に眩いほどの光が集まっていくのが見えた。
「勇者だ!!」
青い戦士の声と共にエレキスパイダスの視界が青い光に包まれると映像は終了した。
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「すごい・・・。」
口をポカンと開け放心したメシアにノアが告げる。
「それでは下層へ行きましょう。あなたに渡すものがあります。」
「え!崩れやすくなって危ないんじゃ?」
「それはあなたが入らないようについた嘘です。」
灯りを片手に階段を下りるノアの後ろをメシアが着いて行く。
「渡すモノって?」
階段を降りながら、怯えと期待を含ませた表情で聞くメシア。
「“使命”」
大きな扉のある部屋の前でノアが手をかざすと自動で扉が開く。薄暗い部屋に2人が入ると、床から円柱状のガラスケースが現れた。ケースの中には赤い銃が入っている。
ノアが手をかざすとケースからガラスが取り払われた。丸印が刻まれた赤い銃が持つ異質な雰囲気にノアは魅了され目が離せないでいた。
「これは?」
「伝説の勇者が残した赤き鎧“スクエアレッド”に変身するためのデバイス“スクエアガン”です。これをあなたに授けます。」
恐る恐るケースから銃を取り出すメシアにノアは言い放つ。
「その銃を頭上にかざし、引き金を引きながらこう叫ぶのです“スクエアチェンジ”と!」
意を決したメシアは大声で叫んだ。
「スクエアチェンジ!!」
赤い光の輪がスクエアガンから頭上へ射出されると降下を開始し、メシアの体を通過してゆく。光が地面に消える頃には赤い鎧の戦士が誕生していた。
「す、すごい・・・」
ボディーラインに沿って寸分違わず装着されたスーツに驚きを覚えるメシア。手や足を動かして感触を確かめていると、アイカメラでは動画が再生され始めた。
「ノアっ!何か動画が再生されてる!」
「落ち着いて下さい。これから勇者と空の民の最終決戦の映像が再生されます。それを見て理解するのです。あなたに与えられた使命を。」




