派遣勇者-SENT BRAVE-(30)
レジタンスとアシリマ軍との戦闘が始まったその頃、トライブルーは猛烈な吹雪の中を歩いていた。
吹雪の激しさは凄まじく、もしも勇助が生身であったなら10mも進むことはできなかったであろう。
例えスーツを着ていても安全とは言えない。ダッシュで一気に移動しようとして雪に隠れたクレパスに落下したこともあった。
ノイズまみれの視界の中に映る青い三角形とその12時方向で点滅する丸印。勇助が山に入ってから既に1時間が経過しており、丸印にもかなり近づいていた。
トライブルーのカメラアイにこの丸印が現れたのは三日前、アシリマとの決戦のためにこの大陸へと上陸してからだった。物資の運搬を手伝おうとトライブルーに変身した際、画面端で点滅していることに気がついた。
体の向きをぐるぐると変えると自分を中心に丸印も移動したため、これはどこか目標地点を指し示しているのではないかと考えた。
どこを指し示しているのか不思議に思いユーミカに尋ねると、その方角にあるのはキッロー山脈と呼ばれる前人未踏の危険地帯だと教えられた。
どうしてそんな場所が表示されるのか。誰がその場所を表示するよう設定したのか。その疑問について考えたところ、ある仮説に辿り着いた。
“伝説の青い戦士が登録していた空の民の本拠地の位置では?”
このことをロムアとユーミカに相談したところ、件の場所は“竜の息吹”と呼ばれる猛烈な吹雪地帯で、パワードスーツやドロイドでも探索不可能だという。
「その場所へ行きます。」
そこにメシアがいると確信し、二人にそう告げるとロムアは驚きも狼狽えることも無く、
「分かった。アシリマとの戦いは俺達で何とかする。」
その言葉に、勇助は胸が一杯になった。
「もし正しければ、そこで全てが終わるかもしれません。」
例え成功しても失敗しても、もう会うことはできない。その意味を理解したロムアが、
「だったら、最後に酒盛りをしよう!」
深夜にロムアとユーミカがアルコールをくすねてくると、イニーバが送ってくれた魚の干物と魚卵の燻製をつまみに3人で小さな宴会をした。
「お二人は戦争が終わったら何をされるんですか?」
「俺は技師だが、ユーミカは意外だぞ。」
そうロムアが言うとユーミカはバツが悪そうに、
「絵描きになりたいんだ。世界中を冒険して美しい景色を描きたい。」
「へぇー。」
意外な答えに勇助が驚いていると、
「ユースケはどうなんだ。」
勇助は悩みながら、
「医者かこうむ・・・、役人を考えていますが、まだはっきりとは決めていません。」
勇助はまだ進路をはっきりと決めていない。手堅く高給な職業で人の助けになる職業は医者か公務員かなとうっすら考えているだけだ。
(元の世界に戻ったら、中間試験の範囲を一から復習しなければ。)この世界に来てからは勉強など一切していない勇助はそう心に誓った。
それから3人は亡くなった家族や仲間のこと、故郷にについて夜遅くまで語り合った。
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(カルピスの原液みたいな酒だったな……。)
頭部に積みあがた白い雪を払いながら、生まれて初めて飲んだ酒の味を思い出す。この星の料理の味付けには最後までなれなかったなとスーツの下で微笑む。
さらに歩き続けると目の前で起きた奇怪な現象に思わず驚きの声を上げる。
「なんだ、いきなり晴れた?」
たった一歩進んだだけで、今まで猛吹雪だった天気が突如快晴になった。後ろを振り向くと、まるで透明な壁があるかのようにそこから先は依然として猛吹雪だ。
間違いなく超高度な科学力によるものと確信し、警戒しながら前へ進む。
しばらく進むとまるで塀のようにそびえ立つ丘が現れた。その頂上まで一気に飛び上がる。
「これは……。」
辺り一面に白く美しい花が咲き誇り、奥にそびえる山の斜面には巨大な建造物らしき残骸が陥没しているのが見える。美しい花とは対照的なボロボロの建造物が何か悲哀めいたものを痛烈に訴えてくる。
花を踏み潰さないよう慎重に進んでゆくとビニールで塞がれた大きな穴を見つけた。
穴の中を見てみるとコンクリートでできた通路が斜めにずっと伸びていた。その内部の構造に電話ボックスがあった遺跡をふと思いだしながらも、恐る恐る足を踏み入れる。
シーンとした静寂の中、いつ敵が現れても対応できるようにトライガンを構えながら進む。途中、通路の所々で入口を見つけたが、扉の隙間から見えたのは瓦礫だけだった。
そのまま進んでゆくと階段があったので上へと昇って行く。すると次の階とその次の階は通路自体が全て瓦礫に埋まっていた。
再び階段を上がるとどうやら最上階についたようだ。瓦礫の無い清掃された通路には機材が幾つも置かれているが、侵入者を撃退するような装置は無い。
通路の中から一番近くにあった扉の前に立つと扉が自動で開いた。まるで侵入者が来ることを全く想定していないようだ。
部屋に入るとそこにはベッドや机、タンス等の人が普通に生活するための道具が。机を調べてみると引き出しの中に伏せられた写真立てを見つけた。
写真に写っていたのは笑顔の女性と幼い少年。勇助はその写真の女性が誰なのかしばらく分からなかった。
「これは・・・、ノアさん?」
これまで見てきたノアさんからは想像もできない優しい笑顔に困惑する。恐らく一緒に写っているこの少年が子供の頃のメシアなのだろう。
他に目ぼしいものが見つからず隣の部屋へ移動すると、そこには大型のコンピューターやディスプレイが所狭しと置かれていた。
前に入った部屋が生活用で、この部屋は研究用なのだろう。ディスプレイには様々な文字や数字が書かれており、黒電話のおかげで読むことはできるが、何を意味するのか分からない単語も多い。
「ん?」
そのディスプレイの中で1つ、宇宙を3Dで表しているものを見つけた。それをよく見てみると、幾つもある星々の中で一つだけ数字が添えられている天体があった。
『324629807・・・?』
特に気になったのが数字が少しずつ減っていることだ。これについてもっと詳しく調べようとコンソールを適当に動かすと、また別の画面に切り替わった。
パラボラアンテナのようなCGモデルが惑星表面に設置され、アンテナから空に向かって光線が放たれる。光線は宇宙を突き進み、先程の星に命中すると星はきれいに消え去った。
それからさらに周囲を調べると、通路とは逆方向にある扉の存在に気付いた。扉を開くとそこは青い空が広がっており、そこから屋上へと上がることができた。
そこには幾つものケーブルで繋がれた巨大な機械があり、それはつい先ほど見たパラボラアンテナと形状がそっくりだった。もっとよく見ようと近づくと意外なことに気付く。
「未完成なのか。」
外装は金属で出来ているが中は何も入っておらず、アンテナもプラスチックでできた張りぼてだ。
ふと空を見ると、周囲を覆っていた嵐がいつの間にか消えていた。何故と訝しむ勇助の耳元へ、バイクが近づく音を伝える。
それはあの時と同じバイクの巨大なエンジン音だった。
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「ブオォォーンッ!!」
バイクは花畑を突っ切ると推進力に物を言わせ、そのまま建造物の外壁を強引に駆け上がりトライブルーのいる屋上まで駆け上がった。
『キキィっ』
スクエアレッドはブレーキをかけバイクを停止させる。
「まさかレジスタンスの戦いに参加していなかったとはな。」
バイクから降りるや否や言い放ったスクエアレッドの言葉に、前回とは違う高圧的なものを感じたトライブルーはすぐに戦闘態勢をとる。
「これは接近しているあの星、いや、彗星を破壊するための装置ですね。」
「そうか…、見たのか。侵入者を想定してセキュリティを施しておくべきだったな。ご明察の通り、それは彗星を破壊するための荷電粒子砲発射装置、の外装だ。」
「ノアさんは知っているのですか?管理戦争の真の目的が世界の技術レベルを上げ、この装置を完成させることだと。人々を守るためなら、ノアさんも理解するのでは?」
問い掛けに対し「ハハハハハ」とメシアが笑う。
「お前は思い違いをしている。管理戦争が技術レベルを高めるためだというのは正しいが、俺は人類がどうなろうと構わない。」
「えっ?」
予想外の言葉に戸惑うトライブルーに対し、これまでため込んでいた感情を吐き出すようにメシアは言い放つ。
「彗星を破壊するのはノアを救うためだ。あの彗星が再びこの星に接近すればノアは死ぬ。」
「再び?」
「ノアから何も聞かされていないようだな。まあいい、死にゆく者への最後の情けとして教えてやる。そもそも何故、空の民と地の民の争いが起きたのかを。そして理解しろ。お前が勇者を名乗るに値しないということを。」




