派遣勇者-SENT BRAVE-(27)
「332年前、勇者によって船は破壊され空の民は全滅しました。しかし、たった一人だけ、奇跡的に生存していた赤ん坊が船の残骸の中から発見されました。」
物語の様に話すノアさんの顔を注視しながら、話の内容に奇妙な点が無いか注意して聞く。
「召喚者の願いを叶えた以上、元の世界に戻るまでもう時間が無いことを知っていた勇者は、赤ん坊を育てるためにある者を船の残骸から造り上げました。」
「ある物?」
そう聞き返すとノアさんは左手を胸にあてた。
「私です。勇者はその赤子を育てるために私を造り上げたのです。」
「ノアさんはつまりロボットなのですか・・・?」
戸惑いながら質問をする。
「正確にはアンドロイドです。勇者はさらにクロスガンとスクエアガンを預け、この星の未来を託せる人物になるべく赤子を育てよと命じました。」
「赤ん坊と言っても敵の生き残りに、勇者は何故そのようなことを?」
「空の民による戦いによってその時点で人口は1万を切り、人類が存続できるかどうかのギリギリの状態でした。勇者は自分が去った後、人類を長期的に管理・守護する存在が必要不可欠だと考えたのです。空の民の技術によって不老処置を受けていた赤ん坊はまさに最適な人材でした。」
アフターケアの徹底振りに青い戦士がやり手の勇者だということが窺える。
「私は赤子にメシアと名付け教育し、成長した彼にスクエアレッドの力を授けました。」
目を細めるノアさんの表情は遠い記憶を呼び起こしているかのように見えた。
「それからおよそ300年間、私とメシアは人類のために歴史の裏側で活動しました。大量殺戮兵器が開発されれば闇に葬り、独裁者が虐殺を始めれば暗殺し、新種の伝染病が流行れば治療薬を開発。その甲斐あって世界の人口を増加させることに成功しました。」
300年も世界のために生き続ける人生など、自分にはとても想像できない。それを実際に行ってきた2人に尊敬の念を覚えてしまう。
「ところが30年前、メシアがある計画を提案してきたのです。」
「ある計画?」
ノアは目を伏せながら話を続ける。
「人類はその闘争本能ゆえにどうしても戦争を起こす。ならばルールを決めた戦争を定期的に行い、闘争意欲のガス抜きをしつつ最小限の犠牲者で世界を維持する。彼は管理された戦争を提案してきました。」
“管理”という不穏なワードに眉をひそめてしまう。『最小限の犠牲者』という言葉に、これまでに出会ったレジスタンスや収容所の人々、ルアやイニーバさんのことが想起された。
「計画に反対した私をメシアは軟禁するとすぐに計画を実行に移しました。私は彼の隙を見て何とか脱出し、対抗するためのレジスタンスを組織しました。そして戦力不足の状況を打破するためにあなたを呼び、今に至るという訳です。」
これまでのノアの話に嘘や矛盾は無かったように思えたが、まだ何かを隠している様な気はした。
「クロスイエローに変身した人物は?今の話には出てきませんでしたが、彼も空の民を名乗り、メシアのことを兄と呼んでいました。」
「あれは私が軟禁される直前にメシアが拾ってきた孤児です。恐らく後天的処置によって体内のナノマシンを除去し、クロスイエローへ変身可能になっているようです。」
2つの国を裏で操り戦わせているのが、かつて人類を救った勇者の鎧を受け継ぐ者たちだとは皮肉めいたものを感じる。
「この戦争を終わらせるには、やはりメシアを倒す必要があるのでは?」
そう言うと、ノアは目を伏せかぶりを振りながら、
「不可能です。あなたが戦ったクロスイエローにでさえリミッターが掛けられ、本来の50%程度の性能しか出ていません。スクエアレッドにはそのリミッターがありません。もし今のあなたが全力で戦っても1分と持たずに敗北するでしょう。」
何かノアさんの言動に違和感を覚えた。だがその違和感の正体が分からない。
「要は戦争を継続できない状態にすればいいのです。ウラジ亡き今、アイッスルを制圧することは難しくありません。同様にアシリマも戦争続行が不可能の状態に持ち込めば、メシアの管理戦争を破綻させることができます。」
確かにそれなら、この戦争は終わらせることはできるだろう。
「それでは根本的な解決にはならないのでは?しばらくは大丈夫でも、将来メシアが同じことを計画して繰り返すだけになるのでは?」
そう問いかけるとノアさんは再びかぶりを振りながら、
「しかし、何の力も無い弱いあなたではこれが精一杯です。」
そう言われてしまえば、もはや何も言い返すことはできない。しかし、ロボットでありながらも苛立ちを含んだノアの言い方にルビレの言葉を思い出す。
『呼び掛けた者の願いに最も相応しい者が呼ばれる』
もしかすると、これが僕がこの世界に呼ばれた理由なのか?意を決し、ノアに問う。
「ノアさんにはメシアを倒す意思が無いのでは?」
「あなたが何を言っているのかわかりません。」
ぞっとするほどの冷たい声で否定されるが臆せずに続ける。
「ノアさんの戦争を終わらせたいという願いが嘘だとは言っていません。収容所で、ある人が教えてくれました。勇者は、呼び掛けた者の願いに最も相応しい者が呼ばれると。」
すぅーと深呼吸をして肺に息をため込み、意を決して言う。
「ノアさん。あなたの本当の願いを言ってください。」
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アシリマ合衆国の北に位置するキッロー山脈。世界一の標高を誇るこの山脈の中心部では巨大な低気圧の渦“竜の息吹”が常に発生している。過去何度も冒険家や登山家がこれを越えようと挑戦したが、帰って来た者は誰一人いなかった。
そんなキッロー山脈の上空を白い鳥が一羽、大きな羽を悠々と羽ばたかせて飛行してゆく。竜の息吹から流れてくる風が白い鳥を揺らしたかと思うと突然、吹き荒れていた嵐が収まった。
それまでの猛烈な嵐がまるで嘘だったかの様に雲が消え去るとその一帯を太陽が明るく照らす。白い鳥はそれを気にすることも無く、悠々と飛び続ける。
白い鳥の向かう先には大きな船のような建造物が山の斜面に陥没していた。
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部屋には緑色の液体が満たされたカプセル置かれ、その中ではコードに繋がれたクロスが横たわっていた。すぐ傍に置かれた端末にはクロスの脈拍や脳波等のあらゆるパラメーターが表示されており、それを見たメシアがコンソールのボタンを押す。
カプセル内の液体が抜かれ、クロスの人工呼吸器が外された。
「にい さん・・・」
クロスが目をうっすらと開け、うわ言を呟く。
「無理をするなクロス。眠っているんだ。」
瞼を閉じて眠りについた弟を見つめながらコンソールを操作し、治療を次の段階に移す。クロスイエローに変身するための後天的処置によって体内のナノマシン量が通常より少ないとは言え、脳に攻撃を受けたのは危険だった。少しでも処置が遅れていれば、間違いなくクロスは死んでいただろう。治療に2週間も費やしてしまったが、弟のためであれば止むを得まい。
しかし・・・。クロスガンに残った異世界の勇者との戦闘を閲覧したが、はっきり言って拍子抜けだ。
性能で勝るクロスイエローを打ち負かしたことで、よほど戦い慣れした勇者なのかと慎重になり過ぎた。
もしもあの場で戦闘を開始したとしても1分と要さずに倒せた。だがそれではクロスを死なせていたかもしれないので、仕方がなかったと諦めるしかない。
椅子の背もたれに体を預け、幼い頃に見た青い戦士の戦闘記録を思い返す。
「コンコンコン」
白い鳥が嘴で窓ガラスを叩いていた。メシアが窓を開けてやると鳥はひょこひょこと室内に入り、机の上まで来ると首を垂れた。
『メシア様。ゲイツ、ここに参上致しました。』
白い鳥の頭頂部から音声が流れる。この白い鳥の内部にはアシリマ合衆国の総司令であるゲイツの人格CPUが収納されている。人の体では数日かかる距離でも、この鳥型ドロイドならば数時間で移動できる。
「何か動きがあったのか?」
「アイッスル軍本部がレジスタンの襲撃により陥落しました。各都市に潜伏していたレジスタンスだけでなく、不満を持っていた国民や兵士達もレジスタンスに合流し、各地の基地や軍事施設も次々に制圧されております。」
最高権力者であり総指揮官でもあったウラジが死んでしまえば、そうなるのも当然か。統率を欠いたアイッスル軍をレジスタンスが完全に制圧するのも時間の問題。となると次は・・・。
『メシア様。アイッスルの次の攻撃目標はアシリマです。我々も最大戦力をもってレジスタンスとの戦闘に臨みます。特級
本来、“取り決め”さえ無ければ戦力としてはアシリマが圧倒的に優勢であった。しかし、決着はこの管理戦争において望ましいものではない。これまではアイッスルの技術力向上のために、アシリマには敢えて最大戦力投入の許可をしていなかった。
「頃合か・・・。」メシアはそう呟くとゲイツに向かって冷たく言い放った。
「いいだろう許可する。全力をもって迎え撃て。」




