派遣勇者-SENT BRAVE-(23)
「う・・・。」
尿意に目を覚ました勇助。頭を上げ周囲を見渡すと自分は簡素なベッドで、床には見知らぬ男と少年が寝ていた。立ち上がろうした途端、背中と腹にかけて痛みが襲い呻き声を出す。
「どうしたトイレか?俺が付き添おう。」
朝日が昇り始めて次第に明るくなりつつある砂浜で用をたす。
「すみません。こんなことまで。」
感謝を伝えると男は、
「気にするなよ。困った時はお互い様だ。」
とだけ言うと勇助に肩を貸しつつ洞窟へと帰る。
「ふぁー、トイレに行ってたの?」
と少年が寝ぼけまなこで言うと、
「ルア、火をつけて温かい飲み物を用意してくれ。」
ルアと呼ばれた少年が手慣れた様子で種火に火をつけると、小枝に火を移しそれを大きくしてゆく。
やかんを火にくべながらルアが「ユースケはどこから来たの」と聞いてきた。
「アシリマとアイッスルの間の大陸からです。」
大陸の名前や地名についてうろ覚えだったために大まかにしか伝えることができない。
「アセアニオから?あそこには砂漠か難民の隠れ村ぐらいしかないはずだが・・・。」
何かを察したのかイニーバさんはの顔つきが変わった。詳しく言い過ぎたかと考えたが、こんな洞窟に隠れて住んでいる人達がアイッスル軍に密告するようなことはしないはず。それに命を救ってくれた人に嘘は言えない。
「僕はレジスタンスです。」
正直に言うと「やはりそうか」とイニーバが頷く。
「アイッスル軍に捕らえられた仲間を救うために基地を襲撃しましたが、反撃を受け廃水処理場の水路に落下して・・・。それから先は覚えていません。」
ノアさんは無事に逃げ延びたのだろうか。ロムアさんはまだ生きているだろうか。
「大変だったね。はいこれ。」
アルが差し出したコップの中には温かく、ほのかに香る液体が入っていた。
「薬草を天日干ししたものを煎じた茶だ。体を芯から温め、回復力を高めてくれる。」
イニーバさんの言う通り、口に含むとスッと鼻が通るようなミントに似た味わいがした。
「運動がてら、ルアのゴミ拾いについて行くといい。」
提案に従いルアと浜辺へ行くと、そこには大小様々なゴミがあちこちに散乱していた。
薬品が入っていたと思われるポリタンクやドラム缶に注射器等、様々なモノが漂着している中、それらを掻い潜りスイスイと進んでゆくルア。
「発見ッ!」
ルアが化学繊維製のバッグを掲げた。それからも2人で探し続け、缶詰や瓶詰の戦闘糧食の他にゴムチューブや服などを拾い持ち帰る。
勇助がプラスチック製のたらいに食料を載せて、ルアは高く積みあがった機械部品を頭に載せながらバランスよく器用に運んでいく。
義足でよく落とさずに運べるものだと感心して眺める勇助。ルアは義足に注がれる視線に気づくと、
「すごいでしょこの足!イニーバが作ったんだよ!」
「ごめん、じろじろ見て。」
「え?なにが?」
地球でも実現されていない自動制御の義足が気になってしまいじろじろ見てしまった。ルアが気を悪くしたのかと心配してつい謝罪したが、特に気に留めてもいないようだ。
「イニーバさんはエンジニアなの?」
「発明家だよ!洞窟にも色んな発明品があるんだ!」
2人が洞窟に戻ると香ばしい匂いが漂ってきた。
「おつかれ。朝食の用意ができてるぞ。」
青い黄身の目玉焼きが載ったナンとサンマに似た焼き魚の2品。これまでレジスタンスで食べてきた滅茶苦茶に甘い食事と比較すると、地球の食事に一番近い。とりあえずナンをかじる。
「美味しい!」
ほのかな塩味が卵の甘さを引き立て、崩れた青い黄身?がナンの上に広がり味を染み込ませている。久しぶりの食べ応えがある食事に、ナンはあっという間に胃袋へと消えた。
続いて焼きサンマを食べようとしたが箸が無い。2人がどう食べているのか窺うと、手でつかんでから頭からそのままバリバリと食べていた。同じようにして食べてみると意外と骨は少なく柔らかい。サンマと言うよりもシシャモに近い感覚で食べることができた。
「これも美味しいです。初めての感覚です!」
そう言葉にして後悔した。この世界ではこの食事が実は一般的なのかもしれない。怪しまれるかもしれないと心配したが、
「このご時世、魚なんか特権階級しか食べられないしな。」
「この魚はどこで?」
上手く誤魔化せたと安心しながら話を続ける。
「海水を浄化して造った池が洞窟の奥にある。食事の後に連れてってやるよ。」
「色んな魚がいっぱいいるんだよ!こんなにでっかいのが!」
両手をこれでもかと広げるルアに「そんなに大きい訳ないだろ」とイニーバが笑う。2人の暖かなやりとりに釣られ、一緒に笑う。
「灯りをつけるからまだ動くなよー。」
イニーバさんが洞窟の奥に消えしばらくすると設置された電球が次々に点灯し、次第に洞窟内が明るくなってゆく。
「すごい!」
地面に開いた25mプール程の広さの穴に海水が満たされ、その中を魚が何十匹も泳いでいる
「ほーら餌だ。」
イニーバさんが練り餌を投げ込むと、ナマズによく似た魚がバシャバシャと音を立てて餌に食いつく。その間にルアが長いタモ網を使い、生け簀の底をさらう。
「卵あったよー。」
手元に引き寄せた網から青い卵を2つ取り出した。きっと朝食べた卵なのだろう。この世界の魚は鶏のような卵を産むらしい。底をよく見ると海藻だけでなく、泡を出すエアーコンプレッサーが見えた。
「すごい設備ですね。電気も通っているんですか。」
「外に置いたソーラーパネルから電気を引いてる。ここにあるモノはみんな漂着物だ。」
「これを全て2人で?」
これだけの設備、どれほどの労力と時間がかかるのか見当もつかない。
「そーだよ5年前から2人で。大変だったんだから」
誇らしげに言うルアに対してイニーバさんは笑いながら、
「お前は大したことしてないだろ。」
イニーバさんのツッコミに「餌やりとか掃除とか、いつもやってるじゃん!」とルアが反論する。その微笑ましい光景にふたりの絆を感じた。
それからは二人の手伝いをしてその日を過ごした。地球と同じように水平線に太陽が沈み空が赤くなる中、洞窟で焚火を囲みながら夕食を食べる。
夕食の献立は、スパイスの効いた魚の蒸し焼きと戦闘糧食のスープ。柔らかな魚の肉汁はこの世界で初めて味わう辛さで、スープを飲むとコクのある味が口内に広がる。
後片づけの手伝いで外へゴミを捨て洞窟に戻ると、イニーバさんは電球の灯りの下で何か機械の部品を扱っていた。ルアは疲れたのか、いびきをかきながら床で眠っている。
「片足なのに、人一倍動き回るもんだからすぐガス欠する。」
「あの義足はイニーバさんが?」
イニーバさんは工具を置くとポットを火にくべる。
「座れよ。」
イニーバさんの言葉に従い向かい合って椅子に座ると、神妙な面持ちで話し始めた。
「5年前、俺はアイッスルの修理工兼兵士、脱国者を捕獲して本国に送還する任務に就いていた。」
イニーバさんは揺れる炎をじっと見つめながら話し続ける。
「ある日、1人で海岸をパトロールしていると、機装兵の部隊が脱国者の船を攻撃している現場に遭遇した。応援しようと近づくと、船に乗っていた男たちは既に皆殺しにされていた。兵達は女子供を一か所に集め、誰がどの女をモノにするか相談していた。」
争いがあれば必ず弱者が酷い目に遭う。それは地球もこの世界も同じなのだろう。
「許せなかった。脱国したとはいえ同じ国の人間を殺し、慰み者にしようとするそいつらを。俺は油断していたやつらの頭を狙い銃で撃った。」
イニーバさんは両手を組むとギュッと力を入れた。
「2人は撃ち殺せたが残った奴らに反撃された。船を急発進させ海に振り落としたがすぐに追いつかれ、『もう駄目だ』と思ったその時、レジスタンスの機装兵達が駆け付けた。」
レジスタンスのパワードスーツと言われロムアさんのことを思い出す。
「助かったと思ったところで戦闘の流れ弾で爆発が起き、子供が1人海に投げ出された。」
イニーバさんがルアを見つめた。
「俺は急いで海に飛び込み海中から子供を拾い上げた。海面に上がると船は既におらず、仕方なく俺は陸地まで泳ぎこのオネガ湾に辿り着いた。子供は爆発の衝撃で右足の膝から先が欠損してしまったが、何とか一命だけはとりとめた。」
「それがルアなんですね。」
顔を俯かせ重々しく語るイニーバさんに、まるで懺悔を聞いているような気持になる。
「ああ。国に戻っても裏切り者として処刑されてしまう。途方に暮れ海岸をうろついて見つけたこの洞窟で生活することにしたんだ。」
2人のやり取りから親子ではないと思っていたが、まさかそんな過去があったとは。ルアの笑顔からはとても想像もできない。
「あいつの右足を奪ったのは俺だ。俺がもっと上手くやれていれば、あいつは足を失わずに今頃家族と過ごせていたかもしれない。」
“上手くやれていれば”という言葉が胸に刺さる。僕も上手くやれていれば、ロムアさんを死なせることは無かったのだろうか。
『パチンっ!!』
沈黙した二人の間に薪がはじける音が響く中、突如けたたましいノイズが鳴り響いた。
<<<ザッ、ザザザザザッ!! レジスタンス諸君!聞こえているかな?>>>
洞窟の外から大音量で人の声が聞こえ、何事かとイニーバと勇助は洞窟の外に出た。
<<<私の名前はクロス・アーク。>>>
本来であれば星がきらめいているはずの夜空。そこにまるで大きな画面があるかのように映像が映し出されていた。




