派遣勇者-SENT BRAVE-(22)
「かあ、さん・・・」
温かな空気を肌に感じまぶたを開くと、近くで焚火が燃えていた。ここはどこなのか確認しようと起き上がろうとすると、襲い来る痛みに体が硬直してしまう。
「はぁ はぁ」
痛みをこらえながら息をしていると。
「あ!起きた!イニーバ起きたよー!」
明るい声がすると笑顔の少年がこちらの顔を覗きこむ。
「おーい、だいじょうぶ?」
地球なら小学校低学年ほどの年齢か。とりあえず敵ではなさそうな少年に質問をする。
「ここは?」
そう聞くと奥から現れた男性が代わりに答えた。
「ここはオネガ湾の洞窟だ。俺はイニーバ。浜辺に打ち上げられていたあんたを見つけたのがそこのルアだ。」
「ユウスケ です。ありがとう 」
どこか分からない地名を言われたが、とりあえず名前と礼を言う。
「いいってことよ。しかしユースケ、どーしてそんなに痣だらけなんだ?」
イニーバの言葉がきっかけにクロスイエローとの戦いの記憶が脳裏に蘇った。身動きできない自身へ、黄色く輝く光の刃が命を奪いに迫ってくる。
「うわぁぁぁぁあああぁっ!!」
突然頭を抱え叫びだした勇助に、イニーバは肩に手を置きなだめる。
「落ち着けっ!ここは安全だ。お前を傷つける者はいない。」
呼吸が荒くなる勇助の背中をイニーバがさする。しばらくすると、勇助の呼吸も落ち着いた。
「とりあえず今はゆっくり休め。俺達が傍にいるから。」
勇助はベッドに横たわるとすぐに目を閉じ眠りに落ちた。
「なんであんなに怯えているの?」
小声で話すルアにイニーバも同じく小声で、
「ひどく痛めつけられたんだろう。今はそっとしておこう。」
ユースケは戦闘で負傷した兵士なのかもしれないとイニーバは考えた。戦いに敗れて命からがら戻ってきた兵士をたくさん見てきたが、ユースケはそれによく似ていた。
「体が元気になれば心も元気になるさ。俺達も寝よう。」
そう言うとイニーバは灯りを消した。
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母の服装は入学式の時に着ていたものと同じ。派手ではないが厳かな雰囲気を醸し出しており、B母のケバい化粧に派手な服装と対照的だ。
「集まりましたので始めましょう。まず経緯を確認しましょうか。」
校長が前屈みで手を組みながら落ち着いた様子で口を開いた。教頭と担任は校長の後ろに立っていたが、担任は落ち着かない様子で挙動不審だ。
「勇助君とB君がふざけて遊んでいたところ、はずみで頭が鼻にあたってケガをさせてしまったと。この点で何か間違っていることは無いかな?」
ハイ、アリマセン。僕とBが答えると校長は頷きながら続ける。
「B君は保健室に行って治療してもらって鼻血は止まったけれども、お母様は念のためにと病院に連れて行き、診察して来られたと。」
「そうです。鼻の骨が折れたかもしれないと心配で心配で連れて行きました。幸い、レントゲンでも異常が無いと分かり安心しました。」
B母の甲高い声を聞くと嫌な気分になった。こんな声を聞きながら生活していたらストレスが溜まりそうだとBが気の毒にさえ思う。
「それで、B君のお母様は苛めでケガをしたのではないかと心配されていると。」
そうです。とB母が言う。レントゲンまでして心配性な母親だ。こんな過保護な母親から集団でいじめをするような奴が育つというのが不思議でならない。
不思議と言えば母もそうだ。これまで一言も話さずに校長やB母の話をただじっと聞いている。やはり体調がすぐれないのか。
「まあ子供なので遊びがヒートアップしてしまうということはよくあることです。いじめではなく物の拍子だということが分りましたので。あとは一応、怪我をさせたことの謝罪だけ勇助君にしてもらえれば。」
Bの口から白い歯が見えた。僕に謝罪させて優位に立とうという浅はかな作戦なのだろう。
自分が悪いとはこれっぽっちも思っていない。しかし、A君へのいじめを止めるように言ったことが発端だと言うつもりはなかった。言っても、Bが白を切れば証明のしようが無い。
そして何より、A君の母親をBが娼婦呼ばわりしていたと言った場合、同様の侮辱をされたのではないかと母が察してしまうかもしれない。
母を心配させる、母の負担になる。そんなことは絶対に避けなければならない。そのためなら謝罪でも土下座でも何だってできる。
さっさと謝ってしまおうとソファーから立ち上がり、一気に言ってしまおうと息を吸い込んだところで、『バンッ!!』
突如扉が勢いよく開かれ、息を切らしたA君が入って来るなり大声で叫んだ。
「待って下さいっ!!勇助君は僕を助けようとしただけなんです!!」
A君の叫びの後、その場から音が無くなり静寂が訪れた。母はA君の顔をただじっと見つめていた。
「どういうことかなA君?ほら、とりあえずそこのソファーに座って。」
校長のなだめる様な声に従いソファーに座るA君。その間、Bは顔面蒼白になっていたが、もしかすると自分もそうなっているのかもしれない。
「落ち着いて、ゆっくりでいいから話してごらん。」
目を真っ赤にさせながら涙ぐむA君は「ひっ、ひっ」と呼吸もままならない様子だったが、目を閉じ深呼吸をすると正面に座る校長の目を見つめながら話し始めた。
「最初は5年生になって、クラス替えが終わってしばらくしてだから、5月くらいから。B君C君D君が授業中にゴミを投げつけてきたり、鉛筆を折ったり嫌がらせをしてくるようになったんです。」
そんなにも前から苛められていたとは知らなかった。これまでA君は後ろの方の席だった。席替えではいつも自分は不人気の教卓前に交換してもらっていたので、これまでいじめに気づかなかった。
「それで、なんで、なんでこんな嫌がらせするの。止めてよって、ヒッグ、言ったら。」
再び嗚咽が大きくなる中、校長は変わらず優しい笑顔でA君の肩に手を置く。
「大丈夫。ゆっくりでいいから。言いたくなければ、今ここで言わなくてもいいんだよ?」
A君は俯くと両膝に置いた手をぎゅっと力強く握ると、
「お前の母ちゃん水商売やってんだろ。何人も男に体売ってキタネーっ、バッチィーて」
その瞬間、自分の体温がグッと低くなったのを感じた。これが血の気が引くという感覚なのか。
A君が涙を流し、校長がハンカチでそれを拭っている間に母の表情を窺うと、母は悲しげな表情でA君を見つめていた。B同様に担任も顔面蒼白に、B母は逆に真っ赤になっていたのが見えた。
「それから、”汚い”とか”臭い”って教科書やノートを破られたり隠されたりして・・・。うぅ。」
「先生にはイジメられてるって相談しなかったのかな。」
その言葉に一瞬だけ担任の肩がビクッと震えた。
「相談、できませんでした。もし、もし相談したら。うっ、ひっぐ。」
確かにどうしてもっと早くに担任へ相談し、対処してもらわなかったのだろう?もしかして担任は既に相談されており、碌に対処もせずに放置していたのか?
A君は顔を上げると、その真っ赤にした目でBの母を睨みつけながら、今まで一番力強く言った。
「相談したら。相談したら母さんのせいで僕がいじめられたと、母さんが知っちゃうから。母さんを傷つけたくなかったから。」




