派遣勇者-SENT BRAVE-(21)
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「勇助君のご両親はお仕事は何をされてるの?」
小学6年生の夏休み。公園で行われる朝のラジオ体操が終わってハンコを押してもらう際、ハンコ係だった同級生の母親が聞いてきた。
「母は翻訳の仕事を。父はいません。」
そう答えるとその母親は面食らったかのように、
「えっ!!あ、そうなのね。はいハンコ。はいっ!次の子!」
慌ててハンコを押すと後ろに並んでいた男の子を呼ぶ態度に、これ以上会話を続けても気まずくなるだけと思いすぐにその場を離れた。
母は学校に入学式の時の一度だけしか姿を見せておらず、会話をしたのも担任だけ。母親達の井戸端会議では謎だらけの母について好き勝手に話していたようだった。
それからしばらく経った秋、クラスで事件が起きた。
席替えでA君と初めて隣の席になってからの授業中、彼の机の上に教科書が無いことを気付いた。A君は黒板の内容をただ必死にノートに書いている。
「教科書忘れたのなら席をくっつけなよ。見せるから。」
声を掛けると彼は目を潤ませながら「ありがとう」と言い、席を隣にくっつけて授業を受けた。
「おい、お前なにやってんだよ!」
昼休みになり教室で本を読んでいると、クラスメイトの男子3名が机の前に来ると大声で訴えてきた。
「何が?」
身に覚えが無くそう聞き返すと、
「さっきの授業であいつに教科書見せてただろ!」
A君の席を指さす彼らにのん気に答える。
「教科書を忘れたんなら、普通のことじゃないの?」
隣の席の人間が教科書を忘れた場合、教科書を共用するのはごく普通のことだ。
「ちげーよ、Aの教科書は俺らが隠したんだよ」
その言葉でA君がこの3人にイジメられていることを初めて知った。
「A君をイジメているの?」
「ちげーよ、遊びだよ遊び。隠し場所をあいつが見つけられなかったのっ!」
以前、トイレに行くとA君が掃除道具入れの中で何かをしていたことを思い出す。
「もう止めたら?」
その時のA君の涙ぐんだ顔を思い出した。
「なんでお前に命令されなきゃなんねーんだよ。」
別に命令しているつもりは無いのにと呆れていると。
「そういやこいつも父親いねえじゃん。」
思いついたかのように放たれたBの言葉は僕を苛立たせるには十分過ぎた。
「だから何だよ・・・?」
苛立つ感情を必死に抑えた言葉に3人は気にせず悪態をつく。
「お前の母ちゃんもAのとこと同じで、男に体を売ってんじゃねーの?」
小学6年生ともなれば、それがどういう意味で言っているのか理解できた。母を淫売呼ばわりされたその瞬間、頭の中を怒りが支配した。席から立ち上がり真ん中に立っていたBを睨みつける。
「ナニ睨んでんだよ!」
Bが襟を掴み、顔を近づけてきたところで思い切り頭突きを喰らわせた。グニュッとした感触を頭に感じたと思うと、Bは鼻を抑えながら尻餅をついた。
「は、鼻血が・・・」
しばらく鼻を必死に抑えて顔を上に向けていたBだったが、鼻血は一向に止まる様子が無い。結局、他の2人に付き添われて保健室へと向かった。
やってしまった。母を侮辱されたとはいえ、先に手を上げてしまったことの後悔の念に包まれる。
休み時間が終わってしばらくすると神妙な顔をした担任が教室にやって来て僕を呼んだ。
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オネガ湾はかつて様々な魚貝類が獲れるアイッスル連邦で有数の漁場だった。
しかし20年ほど前、近くに巨大な兵器工場ができると環境は一変。工場から有害物質を含んだ汚染水が垂れ流され、周辺海域の多くの生物が死滅。今ではゴミと油が漂う汚れた海へと成り果てた。
そんな魚も獲れない不毛な海の浜辺を歩く者が。
「な~に~か~ お~ち~てなーいかなー」
歌を口ずさみながら波打ち際を歩き、右手に持った棒で砂浜を浚う。
「お!見つけたー!おっきなてっぱん!」
少年が見つけたの大きな金属製の板。爆発でもしたかのように大きな穴が開いている。
「おっとっと!」
板を抱え重心を崩す少年だったが何とか踏み止まった。
「重いから気を付けないと。また折っちゃったらイニーバに怒られる。」
板を頭の上に乗せゆっくりと歩き出す少年。彼が歩いた後の砂浜には、左足と丸い穴の形が交互に残されていた。彼の右膝から先には肉が無く、代わりに金属製の棒が取り付けられていた。
「ん?」
大物をゲットし洞窟へ帰ろうとする少年の視界の端に何かを捕らえた。胸騒ぎがした少年は何だろうと近づくと驚きの声を上げた。
「ひ、ひとだ!!」
頭上の鉄板を地面に放り捨てると砂浜に倒れていた人間の下へ急いで駆け寄った。
男が薪の上の鉄板に魚や卵を載せると、ジューと音が鳴り響く。十分に火が通ったころ合いを見て塩を振りかける、すると香ばしい匂いが洞窟内に充満した。
「いーい香りだ。」
男は鉄板の空いたスペースに白い液体を載せ焼き始める。しばらくすると液体は膨れ上がり、表面がきつね色に焼きあがっていった。
「よしできた!しっかしルアの奴おそいな。料理が冷めちまうぞ。」
これ以上焼くと焦げてしまうため、手にはめた厚手の革手で鉄板を地面に降ろし、代わりに温かな飲み物を用意しようと夜間に手を伸ばしたところで洞窟の外から声が聞こえた。
「イニーバー!手伝ってーっ!」
大物でも拾ったのかなと慌てて洞窟の外に出たイニーバ。しかしその目に映ったのは背中に人を担いでゆっくりと進むルアだった。
「どうしたんだ!」
「この人が浜辺に打ち上げられてた。」
イニーバが両脇を、ルアが足を抱えて洞窟内へと運んで行く。
「乾いた布を持ってこい。」
イニーバの指示でルアが行く間、イニーバはずぶ濡れの服を脱がす。
「何だこいつの体・・・。」
体のあちこちにある痣を見てイニーバが顔をしかめる。
「持ってきたよ」
ボロボロの布を両手に抱えてルアが来ると、イニーバはその中から数枚抜き取り、
「沸かしてある湯にこの布を漬けてくれ。」
イニーバが布で濡れた体を拭き上げると湯から布を取り出し、温度を確認してから脇の下や首、足へと巻いてゆく。
「熱い方がいいんじゃないの?」
「低体温症で身震いが無いのはかなり不味い。だが一気に温めるとショックを起こす。次の布は今より暖かめで準備してくれ。」
輸液注入や空気吸引ができない以上、できる限りのことをするしかない。そう考えたイニーバはお湯を口に含んですぐに吐き出すと人工呼吸を開始した。
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「勇助君!どうしてB君に頭突きなんかしたんだ!」
担任の詰問に対し、勇助はどう返答すべきか悩んでいた。『母を淫売呼ばわりされたことでついカッとなってしまった』と正直に言ってしまえば、それを担任は母に伝えるだろう。
息子のクラスメイトにそんな風に思われているなんて、絶対に母に知られてはいけない。
「彼らは何と言っているんです?」
質問に質問で返されたせいか、担任は苛立ちから腕を震わせ始めた。これまでの授業の拙さから勇助は担任のことをそこまで信頼していなかった。
「彼らは遊びのつもりで服を掴んだら、勇助君がいきなり頭突きをしてきたと言っていたよ。」
担任の隣に座っていた教頭が担任よりも先に答えた。揉め事にも慣れているのか落ち着いた口調である。
「僕も遊びのつもりだったんです。でも力加減を間違えて、つい強く頭を突き出しちゃって。B君にきちんと謝りたいです。」
向こうが遊びのつもりだったと言うのなら、こちらも話を合わせておこう。謝罪して学校内で話しが終われば、母に知られることはないはず。
「本当にそうなのかい?」
謝罪をすると発言したことで安堵した担任とは違い、教頭はこちらの目をじっと見てきた。
「はい。」
そう答えると教頭はそれ以上は何も言わなかった。これで何とかなると心の中でほっと胸をなでおろす。するとドアをノックして現れた副担任が教頭を呼んだ。
どうやら誰かと電話で話しているようだ。担任と共に黙って待っていると、戻ってきた教頭が口を開く。
「B君のお母さんが当事者で集まって話がしたいと校長室にいるそうだ。」
(ご苦労なことだ)と心の中で皮肉っていると「それと」と教頭が続ける。
「君からB君にきちんと謝って欲しいと言っている。謝ってくれるのなら治療代もいらないし、大事にはしないとも。」
ついてる。これなら担任から母に話がいったとしても、伝わるのは遊びがヒートアップして怪我をさせたということだけ。謝罪もして相手の親も納得したとなれば、淫売呼ばわりの件は無かったことになるはず。
少し気持ちが楽になりながら教頭の後ろに付いて校長室へと向かう。
教頭が校長室の他とは違った豪華な扉をノックすると「どうぞ」と声がした。そういえば校長室に入るのは初めてだと考えながら中に入る。
「ぇ!?」
校長室の中には大きなソファーが3つあった。座っているのはBとその母、校長、そして・・・。
「かあ・・・さん・・・」
そこには病のせいで外出など到底できないはずの母が座っていた。




